75話 アズリアら、娼館を完全制圧する
直後、両膝から崩れ落ちたドレイクが両腕に走る激痛で絶叫を上げる。
「あがあぁぁぁぁぁああ⁉︎……お、オレのう、腕がっ、腕がああ……あああ!」
床へと投げ出された彼の腕はその両方ともが、決して曲がってはいかない箇所や方向へと歪に変形していた。
最早ドレイクが、これ以上戦闘を続行出来る状態ではないのはこの部屋にいる誰もが理解していた。
「……う、嘘だろ、ドレイクさんが……」
「……た、たった素手二発で腕があんな風に……」
武器を構えた冒険者らが口々に弱気な台詞を吐きながら、その場から二、三歩後退る。
そもそも冒険者らが、ルビーノ商会に雇われ好き放題振る舞えたか、というのは剣匠卿の存在があったからと言うのもあるが。
やはり大きいのは、商会長アーラロッソに買われたドレイクの冒険者としての名声と、彼が現場を指揮していたからなのだ。
つまり、冒険者らにとっての心の支柱となるべきドレイクがユーノに戦闘不能にされたということは。
次に八人の冒険者が取る行動は決まっていた。
「……あ、あんなバケモノ、オレたちが束になったってか、勝てるわけねぇ……うわあああああ!」
構えていた武器を床へと投げ捨てて、たった二撃でドレイクを戦闘不能にしたユーノに目を合わさずに、この部屋から走って逃げ出すことだった。
「……ふぅ、ボクがにがすとおもってる……のっ!」
正直、ユーノは落胆していた。
周囲に群がる冒険者と呼ばれる人間らより、多少は強い気配を放っていたドレイクであったが。
まだ本気である「鉄拳戦態」を起動させる前の素手二発で、勝敗が決してしまったのだ。
これでは、同族である獣人族を酷い目に遭わせた事実への憂さ晴らしを、ユーノは未だ達成出来ずにいたからだ。
だからユーノは、戦意を喪失し背中を向ける連中へと。
ドレイクでは満たせなかった憂さを晴らすため、八つ当たりと言う名の蹂躙を開始する。
まず一番部屋の奥、ユーノの付近に位置していた冒険者へとその場から跳躍し、腹への蹴りを直撃させると。
ユーノの脚が腹にめり込んだ男は、口から汚物を吐瀉しながら床へと沈み込む。
「えへへっ、まず……ひとりっ!」
「……がっ⁉︎……ご、はっ……うげぇぇぇぇぇぇ……」
その隙に、部屋の出入り口に程近かった数名を廊下へと逃してしまうが、哀れな犠牲者の腹を踏み板代わりにして、天井の隅に張り付くよう跳び上がると。
そこから逃げ遅れた冒険者らの出口を塞ぐよう着地する。
「あれ?……ひとり、ふたり、けっこうにがしちゃったかな、まあいっか」
部屋に残されてしまった冒険者らは、ドレイクをいとも簡単にあしらい、彼の両腕を粉砕した目の前の獣人族に挑むか。
それとも何とか彼女を振り切り、二階にある部屋の窓から落下による負傷を覚悟で歓楽街へと飛び出して逃走するか。
どちらを選択しても分の悪い決断を迫られる。
「────おそいよっ!」
だが、その判断の迷いをユーノがゆっくりと待ってくれるはずもなく。
躊躇していた冒険者らの頭に、腹にドレイクの両腕を破壊した威力の拳を次々に叩き込み、悶絶した連中を床に転がしていく。
部屋に残った全ての冒険者を倒したのを確認したユーノは、部屋から逃げ出した男らを追撃しようと部屋を出たのだが。
「あ、ユーノ様っ、今降りてきた奴らならオレがぶっ飛ばしておきましたよっ」
「あれエルザちゃん?……したにいたニンゲンたちはどうしたの?」
「それならとっくにぶっ倒して、ほら……一階にはもう敵はいなくなっちまったんで」
一階と二階を繋ぐ階段で、その逃げ出した冒険者の一人の胸ぐらを掴んで何度も顔面に拳を叩き込んでいたのは、一階を任せていたエルザであった。
よく見ると、階段には逃げ出した人数と同じだけの冒険者が倒れていた。
どうやらエルザは完全に、ユーノが教えた攻撃魔法の魔力を全身に循環させる戦技を使いこなしている様子だった。
逃げ出した連中だけでなく、一階の制圧も完了していたのだから。
「うわあ……すごいっ、すごいやエルザちゃんっ!」
弟子と師匠が手を取りながら、自分らの戦果を讃え合っていると。
それに水を差すように、両腕を床に置いたままのドレイクが激痛に耐えながら、震えながらも大声で部屋の外にいるユーノらに警告を発する。
「……お、お前ら、る、ルビーノ商会に喧嘩を売るような真似をして、この街で……いや、この国で無事でいられると思ってるのか……?」
それは最早、脅迫とも呼べる悪態の吐き方。
この街の二大勢力とも言えるルビーノ商会の名を出され、一瞬だけ表情が凍り付くエルザだったが。
勝利の喜びに水を差されたユーノは、再び部屋へと歩いて戻ると。いつもとは違う冷たい表情で敗者であるドレイクを見下ろしながら。
「ふぅん……でもさ、どうやってボクにてをだすつもり、なのかなぁ?」
「……ば、馬鹿がっ、わ、我々には切り札とも呼べる存在がいるっ、それは……」
「────剣匠卿のこと、かい?」
ドレイクの負け惜しみに割り込む声。
「お姉ちゃんっ!」
「き……貴様はあの女傭兵っ?」
部屋の入り口に姿を見せたのは、地下で囚われの身であった数名の獣人族の救出作業を同族であるファニーとカサンドラに任せて。
正面突破していたユーノとエルザの身を案じ、救援にとやって来たアズリアだった。
「まあ……ユーノもいるから苦戦はしないとは思ってたけどねぇ、とっくにカタが着いてるとは想定外だったよ。ドレイク、アンタも存外だらしないねぇ?」
「は……はっ、オレを倒したくらいでいい気になるなよ領主の飼い犬が。剣匠卿が動けば貴様らなぞ……」
ドレイクの主張からして、火山の麓で敗れたはずの剣匠卿はいまだ自分が敗北した事実を商会長に報告していないと見える。
そもそも、ルビーノ商会が違法である獣人売買に絡んでいるのも、剣匠卿の後ろ盾があるからであって。
その後ろ盾が敗れた時点で獣人の監禁場所の警備を厳重にするか、もしくは放棄するかの決断をしていないのがおかしいくらいなのだ。
だから、アズリアはそんな滑稽な茶番を終わらせるべく、ドレイクが持つ希望を打ち砕く一言を口にするのだった。
「あ、剣匠卿ならもういないよ。何故ならアタシが倒したからさ」
一瞬、何を言われたのか意味が理解出来ずに呆気に取られたドレイクだったが。
「……な、何を馬鹿な、貴様がどうやって商会と剣匠卿との関係を突き止めたのかは知らんが、そのような戯れ言など……」
「嘘だと思うなら、飼い主の元に戻って聞いてみるんだねぇ……もっとも、飼い主がまだ無事なら、ね?」
アズリアの言葉に、ドレイクは絶句した。
アーラロッソ商会長の右腕として動いてきた彼だからこそ、獣人売買やそれ以外にも数々の違法行為を今までモーベルム領主カスバルが指を咥え、事実上黙認していたのは、剣匠卿の睨みが効いていたからなのを痛い程良く理解していた。
……十中八九はハッタリだろうが。
もしこの女傭兵の主張が真実であった場合、領主だけではなく対立するグラナード商会もこの機を逃す筈はない。
何しろ、商会長アーラロッソの護衛を兼ねる自分は既にこの様だからだ。
「……おや、そろそろ領主お抱えの衛兵らが来たみたいだねぇ」
大規模な破壊行為はなるべく避けるよう大剣も攻撃魔法の使用も極力しないでおいたが。
それでも歓楽街にある大きな娼館で乱闘騒ぎが起きたのだ、街の誰かが衛兵を呼ぶ手配をするのは当然の流れだろう。
いつの間にか、この娼館の周囲は領主の屋敷から派遣された騎士も含め、多数の衛兵によって包囲されていたのだ。




