71話 アズリアら、娼婦からの助言
だが、裏口から侵入したアタシらへ、警戒していたようにルビーノ商会に雇われた護衛の冒険者らが集まってくることはなかった。
寧ろ、建物の廊下からは個室の扉を閉めて閉じ籠もる客や娼婦の気配しか感じられず、ここからでも正面入り口で大騒ぎになっているのがわかる程だ。
先程からカサンドラが、何度も心配そうな表情で音のする方向へ視線を向けている。
「こっちに護衛が来ないのは嬉しいけど、エルザ大丈夫かなぁ……」
「カサンドラ、心配しすぎ」
「ああ、ユーノなら心配ないさね」
ユーノの正面突破に同行しているエルザを心配しているカサンドラの背中をアタシとファニーで押して、娼館内の探索に集中させる。
彼女が同僚であるエルザの身を案じる気持ちは理解出来るが。
と、同時にああ見えてユーノは、魔王様配下の四天将「鉄拳」として、率いる魔族や獣人らを上手く指揮していたのを間近で見てきたのだから。
「それよりアズリア、地下への階段が」
「ああ、これだけ探し回ってるのに見つからないとはねぇ……こりゃ地下の入り口は正面にあるのか、もしくは……」
確かに、元来この街でも違法である獣人売買だ。その獣人族を監禁してある地下への出入り口を目に見える場所に置くわけがない。
理屈では分かっていたが、やはり実際に見つからないとなると。
「ん、どうしたアズリア?……あたしの顔に何か付いてるのか?」
思わずカサンドラへと視線を向けてしまう。
裏口から突入する前に彼女が提案してくれたように、たとえ時間を稼がれたり偽情報を掴まされる危険があっても、倒れた男から情報を聞き出しておくべきだったか、とアタシは少し後悔していた。
ちょうど、そんな時だった。
アタシらの近くにあった個室の扉がキィ……と小さく開いたかと思うと。
小さく開いた扉の隙間から、中に隠れていた娼婦とおぼしき赤銅色の縮れ髪の女性が顔半分ほどを覗かせ。
顔を知られないためか、手で顔を覆っていた。
「……地下の階段は、そこの廊下を突き当たり、壁にぶら下がる鎖を引っ張れば床に開くよ」
そんな娼婦からの突然の情報提供に、アタシだけでなく傍にいたファニーやカサンドラも訝しげな視線を向けてはいるが。
言われた場所を見ると、確かに怪しげな鎖が垂れているのに気付く。
「……だがアズリア、罠の可能性だってあるぞ」
「そう。さすがにこの機会での情報は、疑う余地しかない」
「まあ、信じる信じないはアンタたちの勝手だけどね」
選択を間違えたかもしれないアタシからすれば、今は喉から手が出る程に欲しい情報だ。
「……誰だか知らないけど情報感謝するよ」
「ふふ、それじゃ、せいぜい頑張るんだね」
わざわざ扉を開け、アタシらに情報を売ってくれた娼婦へとアタシが感謝の言葉を投げると。
無言のままその女性は、パタンと扉を閉めて先程までの沈黙と引き籠もりを守る。
「ん?……アタシ、あの娼婦に前に一度会ったコトあったっけ?」
しかし、アタシが引っかかっていたのが、今情報を提供してくれたあの娼婦の顔と声だった。
何処かで聞き覚えのある特徴的な声をしていたし、少し扉の隙間から見えた身体が娼婦のような細やかな男受けする感じがなかったのだが。
それにあの口調、娼館で完全武装して突入している女のアタシを見てなお、怯えた様子を見せずに寧ろこちらを煽るような口振りだった。
しかも、顔を手で覆い隠してはいたが、その隙間からチラッと娼婦らしからぬ傷痕があった気がしたのだが……
アタシは記憶を呼び起こそうと、その場で立ち止まって腕を組んで考え込んでしまっていると。
「おいアズリア、で……あの情報を信じるのか?」
「時間がない。どうするのか早く決めて欲しい」
二人から声を掛けられ、あるいは背中を叩かれて我に還る。
二人はどうやらアタシが考え込んでいたのを、娼婦らしき女性からの情報を信じるか否かで悩んでいたと思ってくれていたので。
アタシは提供された情報通りに突き当たりへと向かい、その怪しげな鎖を掴むが。
寄ってくるカサンドラとファニーを手で制し。
「時間がないから試してみるけど、カサンドラの言うように罠の可能性だってあるからねぇ。だからさ、二人はアタシから離れててくれよ」
といって二人を突入してきた裏口付近に移動してもらう。
これならば、もし鎖を引いて罠が起動して危機的状況に陥っても、二人を外へ逃がすことが出来る。
「それじゃあ…………鎖を引くよッ!」
だが、その懸念は杞憂だったようだ。
覚悟を決めて鎖を引くと、謎の娼婦が教えてくれたようにアタシの足元の床が大きく開き、地下へと続く階段が姿を見せるのだった。
「いや、まさかホントに地下の情報だったなんてねぇ……アタシゃ驚きだよ」
掛け声の後、罠が発動したり護衛が接近する気配がなかったからか、裏口付近で待機していたカサンドラとファニーが走り寄ってくると。
同じく、床に開いた地下への階段を見て驚いていた。
「い、いやいやアズリアっ、まだ罠じゃないと決まったわけじゃ……」
「カサンドラ、それはない。罠なら仕掛けなんかで隠さずに分かりやすい場所に階段を置く」
「そ、それもそっか……」
カサンドラはこの階段が偽物で、敵や危険な罠、もしくは違う場所へと移動させられることを危惧したのだろうが。
ファニーの説明通り、罠として侵入者を誘導したいのであればわざわざ隠し扉にはせず、これ見よがしな位置に配置するだろう。
「でもカサンドラの言うコトももっともさ。獣人族が捕まってるなら何人かは護衛なんかを配置してるだろうし、その連中が待ち伏せしてる可能性だってある……慎重に降りるよ」
二人もアタシの意見に同意し、無言のままコクンと一度首を縦に振る。
カサンドラは戦杖と盾を構え、ファニーもいつでも無詠唱による魔法が発動出来るよう集中を切らさない。
アタシは狭い地下通路では大剣を使うのは不向きと思い、拳を握り周囲への警戒を怠らず先頭を切って階段を降っていく。
そんなアタシら三人が地下の異変に気付いたのは、階段を半分ほど降りた時のことだった。
複数の男らが慌てふためく声が響いてきたのだ。
「おいっ!倉庫側の入り口が開かねえぞ⁉︎」
「馬鹿なこと言ってねえで早くしろっ!ドレイクさんに同じ言い訳するつもりかよっ!」




