70話 アズリアら、裏口から侵入する
正面の入り口で騒ぎになる音が大きくなった頃。
アズリア、そしてカサンドラとファニーは娼館の裏側にある細い路地に入り、他に出入り口がないかを探っていた。
「……さてと、二人が騒ぎを大きくしてる間にアタシらも建物に侵入しないとねぇ」
これはアタシもなのだが、カサンドラはそれ以上に装甲で覆われた金属製の鎧を着ているため、歩くたびに金属同士が擦れ合うガチャガチャとした音が鳴り、隠密行動を取るのは難しい。
だから表でユーノらが騒ぎを起こし、警備が手薄になった隙に囚われている獣人族を助け出したいのだが。
その時だった。
建物から出てきた、二人ほどの男と目が合う。
突然の遭遇に、その場に流れる沈黙。
「……え、えっと、何だあんたら?」
「……い、いや、オレらは娼館で騒ぎを起こす連中がいると、あ、アーラロッソ様に……」
「ま、待て、後ろにいるのって……カサンドラに、ファニー……あいつら捕まってたはずじゃ?」
「というより、今この男たちが出てきたの裏口じゃ?」
その沈黙を破って言葉を発したはいいが、状況を把握出来ずに困惑している男二人に、カサンドラとファニー。
だが、男らの会話に聞き捨てならない内容が含まれていることに気付いたアタシは、相手がまだ戸惑っている隙に無言のまま拳を握ると。
男の懐に踏み込んで、腹に拳をめり込ませる。
「────ぐっはああっっ⁉︎……あ、ぁぁ……」
不意を突かれて防御などを考えていなかったのか、魔術文字による筋力増強を乗せていないただの一撃で。
絶叫を上げた男は、口から泡を吹いて身体を震わせ、白目をむいてその場に崩れ落ちた。
困惑して反応が遅れたもう一人の男も、目の前で仲間が殴り倒されたのを見て、踵を返してアタシらに背中を見せこの場から逃げ出そうとする────が。
男が何か見えないモノにぶつかり、脚が止まる。
「……は、はあ?……な、何だ何が起きた、さ、先にい、行けねえ、だとっ?」
ファニーが無詠唱で男の行く先を阻む位置に「風の壁」の透明な障壁を発動し、足止めされ焦った男がこちらを振り向いた時には。
逃がすまいと追撃を仕掛けたアタシの拳が男を捉え、男を吹き飛ばしていった。
「……ふぅ、助かったよファニー。逃がすと何かと面倒なコトになってたからねぇ」
「ん、最初は驚いたけど大丈夫」
路地に男二人を殴り倒したアタシは、男を逃がすまいと魔法を使ってくれたファニーへと声を掛けてから。
「お、おいっアズリア?……え?これってどういう?」
まだ状況を飲み込めていないカサンドラへとアタシとファニーの二人がかりで説明をしていくのだった。
そう。
あの連中が突然の遭遇に困惑しながらも、カサンドラらを見て「捕まっていた筈だ」と驚いていた時点で。
男らがただの冒険者や娼館やルビーノ商会の関係者ではなく、カサンドラら三人を酷い目に遭わせた獣人売買の組織の人間だと、アタシは即座に判断したのだ。
「……でも、おかげで裏口を見つけられた」
「ああ、これから連中がわざわざアタシらに教えてくれた入り口から建物に侵入して、獣人族が捕まってる地下を探すよッ」
アタシらの説明でようやく事情とアタシの行動を理解したカサンドラは、路地に転がる男らに視線を向けて。
「な、なあアズリア。なら、敢えて娼館に侵入してから探すんじゃなく……地下の場所をこの連中から聞き出せばいいんじゃないか?」
倒れた男の一人に近寄って、首元を掴んた片腕のみで男の身体を持ち上げていくが。
そんなカサンドラを、ファニーが制止する。
「カサンドラ。アズリアがそれをせずに侵入を優先する理由はちゃんとある、それは時間」
そう、商会の拠点を急襲するのは、何も連中に損害を与えたいだけが目的ではなく。
一番の目的は、この場所に囚われの身である獣人族らを救出することなのだ。
侵入や探索、戦闘にあまり時間を食い過ぎてしまうと、馬鹿な連中が「獣人売買」という決して表に出てはいけない悪事の証拠を隠滅するために、捕まっている獣人を抹殺する可能性も、ある。
そして、敵側も時間を稼ぎたい以上は、もし仮に男らを尋問し、こちらが知りたい情報を聞き出したいとしても、沈黙を貫くのならばまだよい。
下手に嘘などを言われてしまい、無駄な行動を取らされてしまえば、最悪ファニーやカサンドラを危険に晒してしまうかもしれない。
だからアタシは男らの口を割り、地下の場所やアーラロッソとの関与など、知りたかった情報をこの連中から聞き出すのを放棄したのだが。
カサンドラが訊ねた質問に、そんなアタシの頭の中を把握してくれていたファニーが代わりに回答してくれる。
「それに……カサンドラの馬鹿力でそれだけ叩いても起きないなら、この連中が目を覚ますまで掛かる時間が勿体ない」
カサンドラはファニーの説明を聞きながらも、男への尋問をするために白目をむいていた男の頬に、気付けとして何度か平手打ちを放っていたが。
依然変わらず、口から泡を吹き目を覚ます様子は一向にない。
腹を一発殴っただけだし。
まさか、死んじゃいないだろうけど。
ようやくカサンドラも諦めてくれたようで、目を覚まさない男を離して路地に転がしておく。
その連中が出てきた裏口の扉を開ける前に、アタシは今一度二人へと役割を確認しておく。
「……建物の中は大きな武器や弓矢なんかの飛び道具はない代わりに、十字弩には十分注意するんだよ。カサンドラ、いかにアンタの金属鎧が上質でも短矢は貫通してくるからねぇ」
アタシは、カサンドラの胸を守る金属鎧の装甲板を拳でコンコンと叩きながら、十字弩への警戒を説く。
「カサンドラはファニーの護衛に集中しろよ。ファニーは魔法の援護や使用は最小限に、怪しい動きをしてる連中がいたらアタシに報告、いいね?」
二人がアタシに無言でコクンと首を縦に振ると。
アタシは背中の大剣の柄に手をかけたまま、裏口の扉を蹴り飛ばして、一気に雪崩れ込んでいく。
もし敵がこちらを警戒し、入り口に侵入するのを躊躇していると、壁役が入り口を塞ぎ時間を稼がれてしまうからだ。
アタシは周囲に意識を張り巡らせ、警戒する。




