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66話 アズリア、レーヴェンへ報告する

 卓上に置かれた誰のものかわからぬ肩口から切断された腕、そして壊れた武器を見て、思わず顔をしかめるレーヴェン。


「あ、アズリア君……これは一体、何の真似だね?いくら君が私と娘の生命の恩人だとしてもだ、街中で暴れた尻拭いまでするつもりは──」

「……剣匠卿(ソーディアス)


 突然物騒なモノを見せられて、アタシが何かしらの街中での犯罪行為を屋敷まで持ち込んできたのかと疑いの目を向けていたレーヴェンだったが。

 彼の言葉を遮るようにアタシの口から出た単語を耳にすると。


 ────ガシャ……ァン!


 驚きの余り椅子から立ち上がった際に、彼の前に置かれていた茶杯(カップ)に手が当たり、杯が傾き卓上にまだ残っていた茶が溢れてしまうが。

 そんな些事など気にすることなく。


「な……も、もしかして、じゃ、じゃあこの腕と壊れた武器というのは……」

「ああ。ユーノたちを追って火山に向かったらさ、偶然剣匠卿(ソーディアス)とやらに出会(でくわ)してねぇ」


 あくまでアタシは椅子に腰掛けたまま、レーヴェンに剣匠卿(ソーディアス)イングリッドと剣を交えた様を説明していく。


 彼がルビーノ商会が雇った冒険者らと一緒に、ユーノを確保しようとしていたこと。

 この壊れた武器は、その剣匠卿(ソーディアス)が自慢げに振るっていた魔剣、その成れの果てだということ。

 そして……アタシの剣によって、剣匠卿(ソーディアス)の右腕を斬り落とし、偶然に幕を開けた決闘に勝利したことを。


「……ふぅ。まさか、カスバルを説得するために用意した条件だったが、こんな短期間で満たしてしまうとは思わなかったよ、アズリア君」


 説明が終わると、一つ深い溜め息を吐いて後ろに倒れ込むように椅子に腰を下ろすレーヴェン。

 そんな彼に、アタシは剣匠卿(ソーディアス)との決闘を終えてからずっと気に掛かっていたことを、レーヴェンに判断に委ねるために報告するのだった。


「……ところでレーヴェン、あの剣匠卿(ソーディアス)とやらは一体何処の王様か教会が認定した剣匠卿(ソーディアス)なんだい?」

「ん、それは……どういう意味かなアズリア君?」

 

 ずっと気に掛かっていたこととは。

 剣匠卿(ソーディアス)を名乗っていたイングリッドという男が、果たして本物の「剣匠卿(ソーディアス)」という称号を冠していたかどうか、ということであった。


 何しろ、あの男の剣の腕はノルディアやリュゼ、オービットなどアタシが知る人間と比較しても未熟の域を出ていない、というのが手合わせを終えた正直な感想だ。

 しかも自分が持つ魔剣の正体を「伝説の12の氷の魔剣」と偽っていたのも気になる要因だった。

 

「……ふむ、つまりアズリア君は、ルビーノ商会の後ろ盾になっていたあの剣匠卿(ソーディアス)が、その称号を騙る偽物だと?」


 だが、一介の旅人であるアタシではあの男が本物の剣匠卿(ソーディアス)なのかを確かめる(すべ)がない。

 だからアタシはあの男(イングリッド)に抱いた違和感をそのままレーヴェンに話し、その判断を委ねようと思ったのだ。


「まあ……本物の剣匠卿(ソーディアス)だったとしたら、一介の傭兵ごときに斬り伏せられるなんてあまりに御粗末(おそまつ)な実力じゃないかい?」

「確かに、アズリア君のその指摘……興味深い話ではあるな」


 アタシの話を聞いて、腕を組みながら顎に手を当てて考え事を始める様子のレーヴェン。


 何しろ、今朝の領主カスバルとの話では。

 ルビーノ商会に剣匠卿(ソーディアス)という強力な後ろ盾がいたがために、領主もレーヴェンも商会に様々な疑惑を抱きながらも手を出せずにいたのが現状だったが。


 剣匠卿(ソーディアス)という脅威が無くなり、ルビーノ商会へ遠慮する必要がなくなっただけに止まらず。

 もしアタシが今持ち込んだ話が事実となれば、偽物の剣匠卿(ソーディアス)の威光を利用していたルビーノ商会にも重い処罰が下るのはまず間違いないからだ。


 さて、これで要件の一つは終わった。

 それじゃもう一つの報告をレーヴェンにしておかないといけないので、思案に(ふけ)るのはアタシとの面会の後にしてもらうことにして。

 早速、話を切り出していく。


「でね、剣匠卿(ソーディアス)を倒して聞き出した結果さぁ……獣人売買のために獣人族(ビースト)を捕らえてある拠点を知ることが出来てねぇ」

「……その拠点をカスバルに抑えさせれば、無事に解決するというわけ、か……ん?」


 アタシはレーヴェンの「領主カスバルを動かして拠点を制圧する」という案を手で制す仕草を取る。


「悪いけどさ、その拠点……ユーノとアンタからの依頼を見事に達成したカサンドラたちに潰させてやってもらえないかねぇ?」

「……ユーノ君の実力は海賊らを撃退した様子から、そしてあの三名の獣人族(ビースト)らも炎蜥蜴(フレアリザード)を討伐出来る実力があれば、制圧は可能だろうが……」


 ユーノらに拠点の制圧を任せるというアタシの提案に、実力に問題がないと口にしながら返事を渋るレーヴェン。

 アタシは卓上に額を付けるくらいに深く、レーヴェンへと頭を下げてみせる。


「……っ?お、おいアズリア君っ!何を……」

「ユーノは同じ獣人族(ビースト)が酷い目に遭わされて憤慨してる。一度連中に捕まってたカサンドラらもだ。アタシは一緒に旅する仲間としてどうしてもユーノに一発、連中をぶん殴らせてやりたいんだ……頼むッ!」


 確かに、領主であるカスバルに拠点を教え恩を売るのは、グラナード商会を率いる商会長という立場からすれば正解なのだろう。

 だがアタシはユーノと約束した以上、レーヴェンの立場を多少悪くしたとしても、同胞を傷付け、売り捌くような連中をユーノ自らの手で報復の機会を与えてやりたい、そう思ったのだ。


 少しばかり部屋を沈黙が支配し。

 レーヴェンが広げた両手を上げて、口を開く。


「……わかりましたアズリア君。私としてもカスバルとしても、要はこの街(モーベルム)から獣人売買する組織が消えて無くなればよいのです」

「────それじゃあ?」

「ええ。カスバルへはアズリア君が約束通り剣匠卿(ソーディアス)を討ち果たしたことのみを報告することにしておきますよ」


 レーヴェンから、ルビーノ商会が関与する拠点をアタシらが襲撃し制圧することの、暗黙の了解を得ることが出来た。

 と、それと同時に応接室の扉を叩く音がする。


「……旦那様。斡旋所からたった今報告が入りました。指名依頼を出した炎蜥蜴(フレアリザード)を二体分、確認のために立会いをお願いしたい、と」

「わかった。それでは今から客人と一緒に立会いに向かうとしよう。外出の準備を頼む」


 と、扉の向こう側から主人であるレーヴェンに話し掛けてきた使用人へ返事をすると。

 

「それではアズリア君、拠点は君たちに任せた。私はグラナード商会長としてやるべき責務を果たすとしよう」

「ああ、それじゃ。領主(カスバル)を説得する材料に腕と剣の柄(コイツ)は必要だろうし、預けておくよ」


 椅子から立ち上がって部屋を出ようとするレーヴェンに、アタシは卓上に置いておいた剣匠卿(イングリッド)の右腕と魔剣の残骸を指差すと。

 あからさまな苦笑いを浮かべる彼であった。

 

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