65話 アズリアら、モーベルムへ帰還す
────この後。
アタシはカサンドラたちが討伐した炎蜥蜴の運搬を手伝いながら、無事にモーベルムに到着した。
道中、湿地の魔物が出現しなかった理由はきっとより強力な魔獣である炎蜥蜴の死骸を二体分抱えていたからなのだろう。
モーベルムの街に到着した時に、簡易的に設置された街の入り口を守る衛兵らには二体の炎蜥蜴に驚き、こちらを怪しんだ衛兵らに身分や立場を尋ねられたが。
割符とレーヴェンからの依頼であると告げると、意外にすんなりと街へと入ることが出来た。
さすがに街の中に魔獣の死骸を持ち運ぶわけにはいかないので、衛兵に許可を貰って炎蜥蜴の死骸を預かってもらうことになったが。
「くれぐれも頼むよ…………ちなみにその炎蜥蜴はレーヴェンが名指しでアタシらに依頼してきた討伐依頼だからね、持ち逃げとか掠め取る真似したら……わかってるよねぇ?」
とアタシが衛兵の耳元で囁いた言葉に、身体を強張らせて「は、はいぃぃっ!」と返事をしてくる衛兵ら。
そんな面倒なやり取りの後、ようやくアタシたちは街に入ることが出来る。目指すは斡旋所、そしてレーヴェンの屋敷だ。
「いや……アタシらが海で遭遇したのは偶然だったけど、レーヴェンってホントにこの街の大物なんだねぇ」
レーヴェンの名前を出した途端に、衛兵の態度が急変したのを目の当たりにしたアタシは。
依頼の完了を報告するために斡旋所に向かうその途中で、あらためてこの街におけるレーヴェンという人間の影響力に感心していると。
「当然だろうアズリア。レーヴェンさんと言えば、ルビーノ商会と肩を並べる勢力を誇るグラナード商会の長だ……本来ならあたしらとなんて縁のない人間なんだぞ?」
「……アズリアは自分の実力もだけど。幸運に恵まれた出会いだったのを少しは海神に感謝すべき」
カサンドラやファニーに少し冷たい目線を向けられ、アタシの言葉の浅慮さを諌められてしまう。
……まあ、確かに。
影響力云々はともかくとして、あの時レーヴェンらの乗る商船が海賊に襲撃されている場面に出会わさなかったら。
レーヴェンらは海賊らに皆殺しにされていたし。
アタシらもまた、海で彷徨い続ける羽目になっていたに違いないのだ。
そういう意味では確かにファニーの言う通り、広大な海での幸運な遭遇に多少なりとも海神ネプトに感謝の祈りを捧げてもよい、とは思うのだが。
「はっはっは!……いやファニー、残念だったねぇ。アタシゃ神様は信じない主義なんだよ」
アタシはファニーの言葉を豪快に笑い飛ばしながら、途中で斡旋所へと向かう足を止めると。
釣られたようにユーノやカサンドラたち四人も足を止めて、アタシへとその理由を尋ねてくる。
「……どしたの、お姉ちゃん?」
「どうしたアズリア、斡旋所はまだ先だそ?」
アタシは斡旋所のある方向とは別の道を指差す。
そちらは歓楽街から外れた高級住宅街。
魔力が枯渇し、酔いが回って倒れたアタシが運び込まれ、カサンドラら三人が匿われていたレーヴェンの屋敷がある方向でもあった。
「いや……考えてみたら、そもそもアタシは冒険者登録をしてないしねぇ。それに本拠地に殴り込むことなんかを直接レーヴェンに報告しておこうと思って、ね」
と、あの湿地帯で拾い上げておいた剣匠卿が持っていた魔剣の残骸と、懐に隠していた彼の右腕をチラッと四人に見せる。
さすがに衛兵にこの右腕が見つかったら、大騒ぎになっていただろう。
アタシは街の外に置いてある炎蜥蜴の死骸の場所で合流する旨を告げ、別行動を取ると。
一人で人の多い歓楽街通りを外れながら、背後から四人が着いてきていないかを確認すると。
ふと、先程のファニーの言葉を思い返していた。
「……神様を信じろ、ねぇ……」
あの時は四人の手前、大袈裟に笑い飛ばす態度を取って見せたが。
世間の人間が普通に信じている五柱の神すら、アタシが信じられないのには理由があるのだ。
生まれながらに右眼に魔術文字を宿らせたお陰で、幼少期にアタシは周囲の大人や家族、そして同い歳頃の子供らにまで石を投げられ育ったのだ。
そんな生まれ故郷にアタシは見切りをつけて、7年もの間一人旅を続けるうちに魔術文字を宿した右眼と、その運命を次第にゆるせるようにはなってはきたが。
それでも。
そんな偶然か運命かをアタシへ背負わせた神様を恨む理由こそ幾らでもあれ、少し幸運があった程度で神様を許し、信じるなど今更出来ないのだ。
「……おっと、いけないねぇ。何もファニーだってアタシの過去を知ってるワケじゃなく、悪気がなく言ったコトだってのに……まだ子供の頃の話を引きずってるんだね、アタシ」
どうしても過去の嫌な記憶を思い返してしまい、暗く重い感覚に心が塗り潰されていきそうになるのを。
アタシは何度も頭を横に振ることで、黒い感情を振り払っていくと。
レーヴェンの屋敷の前に到着していたのだ。
◇
「旦那様が来るまでしばらくお待ち下さいませ」
屋敷を出てから一日も経たずに「報告がある」と伝えたアタシは、ある程度顔を覚えた使用人らに高級な卓と椅子の置かれた応接室へと通されレーヴェンを待つ。
この街で領主カスバルと並び、三大勢力と称されるグラナード商会の長だ。屋敷で来客に即座に対応出来るほど暇な身体ではないだろう。
そして、待つことしばらくの時間。
使用人がアタシへ出してくれた茶の湯気が上がらなくなり、すっかり茶が冷めた頃に。
慌ただしい足音とともに部屋の扉が開き、肩で息をしたレーヴェンをアタシが出迎えるのだった。
「はぁ、はぁ……ま、まさか今日の朝出立した君から、こ、こんなに早く報告が聞けるだなんて思ってもみなかったから、驚いてしまって……」
「忙しいところ済まないねぇ、レーヴェン。でもアタシのほうでも予想外の事態が起きてね……アンタに是非判断を仰ぎたいと思った次第でさぁ?」
「……予想外の事態、だって?」
アタシの対面に腰を下ろし、使用人から出された茶を一口啜ることでようやく息を落ち着かせたレーヴェンは。
海賊を壊滅させる程の腕を持つアタシが、判断を仰ぐ事態とは一体何なのかが気になり、早速身を乗り出して訊ねてくる。
「ああ、アンタに見てほしいのは……コレさね」
なのでアタシは、懐に隠していた切断された右腕と、刀身が根元から砕けた魔剣の残骸を続けて卓上に並べていく。




