64話 アズリア、これからの計画を話す
アタシがこの場で剣匠卿と呼ばれた男と遭遇し、剣を交えた結果勝利したこと。
四人が見た地面に転がる腕は剣匠卿の男のモノであり、アタシは擦り傷一つ負うことなく昨晩に比べれば魔力も充実していることを話すと。
「い、いや、そんな重大なことをあっさりと言われても、だな……なぁ、皆んな?」
「ああ……ユーノ様も大概だが、なぁ……だってよ、あの剣匠卿だぜ?それを……そんな軽々と『倒した』って言われてもよぉ?」
「それが本当なら、アズリアの強さは異常」
三人はアタシの説明を聞いている間、驚いたり、考え込んだりと何度となく表情を変えるものの、黙って説明を聞いていたのだが。
さすがに我慢出来なくなったのだろう、三人が同時に口を開き、思い思いに言葉を発し始める。
「……まあ、倒したアタシ当人がまだ状況を飲み込めてないんだけどねぇ。剣の腕だけならまだ海で遭った海賊の女頭領のほうが強かったし。頼みの魔剣とやらもこの通り」
と、アタシは剣匠卿の生命を取らなかった代わりに、倒した証拠として拾い上げた魔剣の柄を見せ。
「──アタシの目の前で砕けちまったからねぇ」
それを見た三人は、今度はアタシから背けるように顔を向き合わせて何やら小声で相談事を始めていた。
「(ボソリ)……な、なあ、アズリアの話、どう思う?」
「少なくともアレは本物。魔力の残滓もあるし、剣匠卿が背負っているのを見たことがある」
「……信じられねえが、アズリアが剣匠卿を倒したってのはホントみてぇだな……だとしたら、凄えな……」
そんな説明を聞きながらも、相変わらず緊張感のないまま、嬉しそうな顔を擦り寄せながらアタシを離さなかったユーノが、こちらを見上げながら。
「で、お姉ちゃんっ。いらいどおりおっきなくろとかげをたおしてきたけど、ボクたちつぎはなにをするの?」
疲労困憊な三人とは対照的に、目にやる気を漲らせて鼻息を荒くして、アタシに次の行動指針を聞いてくる。
モーベルムの裏に跋扈する獣人売買の件。
それを一番憤慨しているのは、間違いなくユーノなのだろう。何しろ自分の同族である獣人族が捕らえられ、人間によって酷い目に遭わされていたのをカサンドラらを救出した際に目の当たりにしてしまったのだから。
『────お姉ちゃんっ!ボクはだれをぶんなぐったらいいのっ?ねえっ?』
これは、無惨にも逃亡を阻止するため足の腱を切られ衰弱し、鞭でボロボロにされたカサンドラら三人を見たユーノの怒りの言葉だ。
……こんな言葉をユーノの口から言わせた連中に、アタシは一欠片の情けや遠慮などするつもりはない。
だからアタシはユーノと約束したのだ。
獣人を酷い目に遭わせている張本人を、絶対に殴らせてやる、と。
しかも、監視役の男から聞き出した情報では、どうやら捕まっているのはカサンドラたち三人だけではなく、街で捕まえた獣人族を確保している本拠地があるようなのだ。
だからアタシは約束を守るために、そのことをユーノに伝えようと思い。
「なあユーノ、もしカサンドラたち以外にも捕まってる同族がいたら助けてやりたいよな?」
「もちろんだよっ!……え?お、お姉ちゃんっ、ほかにもナカマがつかまってるばしょ、しらべてくれたのっ?」
「ああ、剣匠卿を倒して情報を聞き出しておいた、ってワケさね」
「────お姉ちゃんっ……う……うう……」
それを聞いたユーノが一度身体から離れたかと思うと、感極まったように目を閉じ、身体を震わせていた。
最初は同族がいまだ囚われの身であることに憤慨しての震え、かと思っていたのだが。
次の瞬間。
「アズリアお姉ちゃあああんだいすきいいいっ!」
感極まった声でアタシの名前を呼びながら。
物凄い勢いでユーノが両手を広げてアタシに抱きついてきたのだ。
「う、うわああッ⁉︎……ちょ、ちょい待てゆ、ユーノッ……お、おおおおッッッッ?」
今までも何度かユーノが飛び込んでくることはあったので、アタシは少し腰を落としてユーノに押し倒されないように身構えていたのだったが。
今回は感情が昂っていたからなのか、飛び込んでくる勢いが強かったのだ。
しかも今のユーノは、先程まで抱えていた炎蜥蜴と戦闘した時に使っただろう「鉄拳戦態」状態だったのだ。
そんなユーノの突撃攻撃と大差ない飛び込みに耐え切れる筈もなく。
アタシは脚の踏ん張りも虚しく、ユーノによって地面へと押し倒されてしまうのだった。
「それでお姉ちゃんっ?……どこにナカマがつかまってるのっ?……はやく、はやくたすけにいかないとっ!」
「いや待て待て待てユーノッ⁉︎……アンタ今カサンドラたちに着いてってひと暴れしてきたばかりだろッ、まずは街に戻って休息挟んでだな……」
すると、先程まで何かを相談していたカサンドラ・ファニー・エルザの三人が、地面に押し倒されていたアタシの顔元に近寄ってきたのだ。
三人を代表するように、カサンドラが口を開く。
「アズリア。もし今ユーノ様に話した内容が本当なら……あたしらにも、同胞の救出を手伝わせてくれないだろうか?」
「い、いや、アンタらだって炎蜥蜴と戦闘して休息が必要じゃないか?」
よく見れば、全く無傷のユーノとは違い、カサンドラの大楯は所々に攻撃を受け止めたへこみがあるし。
比較的軽装なエルザの体表には数多くの擦り傷や軽い火傷の跡が見えるし、先程から肩で息をしているファニーは魔力を大きく消耗したのだろう。
三人ともに疲労の色が濃いが、それ以上に全員が何か決意を秘めた表情を浮かべていた。
「……私たちは、自分がどんな扱いを受けたのかまだ記憶に新しい」
「ああ……あんな扱いを受けている仲間がよ、他にもいるって考えるだけで、いてもたってもいられない気持ちになるぜ……」
「アズリア、頼む。どうか……あたしらも連れて行ってくれないか?」
「お姉ちゃん、ボクからもおねがいっ!」
そう言われ、三人に神妙な顔をされて頭を下げられてしまうだけでなく。
アタシの身体に乗っていたユーノからも、今にも泣きそうな顔をして懇願されてしまうと。
「……くそ、そこまでされてアタシが断ったら、まるでアタシが悪役みたいじゃないか……はぁ」
三人の提案を、アタシが断れる筈もなく。
ユーノに乗っかられて身動きの取れないアタシは諦めの意味で溜め息を一つ吐くと。
『────それじゃ!』
途端に、アタシに視線を向ける四人の顔が期待のためか綻び、合わせて声を上げる。
「わかったよ。だけどまずは街に帰還してからだ、斡旋所に炎蜥蜴を倒した報告をして、疲れた身体を少し休めてからだ……それでイイね?」
アタシとしてもここが妥協点だ。
獣人売買の組織の本拠地に突撃する以上、失敗は許されない。
下手に勘づかれて逃げられでもしたら、後ろ盾だった剣匠卿がいない今、勢力を維持するのは不可能だろうが。
アタシたちの目的である獣人族を連れたまま逃げられては元も子もないからだ。
「それとさ、ユーノ……出来ればそろそろアタシの身体の上からどいてくれないかねぇ……街に帰ろうにも押し倒されたままじゃ何にも出来ないからねぇ」
そしてアタシは、抱きついていたユーノへ自分の身体の上から離れてくれるよう頼むのだった。




