5話 アズリア、砂漠の王と遭遇する
砂漠の王が開けた穴は大きく、しかも前脚が砂を引っ掻き始めるとその穴が徐々に広がっていた。下手に砂に足を取られるとそのまま奴の顎とハサミに捕われ餌にされかねない。
どうやら迂回して朝露草の場所までは行かせてくれそうになかった。
「はぁ……出来るならコイツとは戦闘になりたくなかったんだけどなぁ」
確かに外皮は硬いが、アタシが弓を使えれば外皮を貫く一撃を放つことは可能だったかもしれない。
だがアタシは「誓約」の関係で弓を使うことを魔術文字に許されていない。コイツを倒すのなら流砂に乗って接近戦をするしか方法がないのだ。
もちろん最初の一撃だけは先制出来る。
せっかく対象よりも高い位置にいるのだから。
「コイツの唯一助かるトコは、巣穴に接近しなけりゃ何もしないってとこなんだよね」
何故弓が有効なのか。
それは砂漠の王は一般的に遠距離への攻撃手段を持っていないためだ。
……と思っていた。
なんと、奴の前脚に周囲の砂が集まり球状の塊が完成すると、コチラへ向けて砂弾を放ってきたのだ。
足元には警戒していたおかげで蟻地獄に嵌るのは回避出来たが、その砂弾は予想外だったためにマトモに腹部に命中してしまう。
「がふぅっっ⁉……う……うげぇぇぇ……はぁ、はぁ……う、嘘だろ……あれ、魔法だぞ」
腹部に強烈な衝撃と激痛が走り、倒れはしなかったものの激痛に膝をついて胃の内容物を砂の上に吐き出してしまう。
そう、目の前の砂漠の王はあろうことか砂魔法を使ってきたのだ。
砂魔法が使えるということは……砂を操って穴を魔法で自在に開けている?もし推測が正しいならあの巣穴に足を踏み入れるのは死ににいくようなモノだ。
それにモタモタしてるとまたあの砂魔法を喰らうことになる。幸い骨こそ折れてないが、先程砂弾を受けた腹部から血が滲んでいた。
やはり頭上への一撃で仕留めるしかない。
「我に巨人の腕と翼を────wunjo」
右眼に魔力を宿し、右眼から全身に魔力が流れていき身体中を血と一緒に巡る感触。筋力が増大し、両腕にかかる大剣の重量、鎧の重さが消える。
利き足に力を込めて穴の端から砂漠の王目掛けて跳び、軽くなった黒の大剣をそのまま頭上へと振り落とす!
砂漠の王の頭部から緑色の体液が勢いよく飛び散り、巣穴の底で足掻きもがくが、それでもまだこの魔獣は生きていた。
追撃をしようと頭部に喰い込んだ大剣を急いで引き抜こうとするが、喰い込みが深過ぎて中々大剣が抜けなかった。
このままでは巣穴に引きずり込まれる。
だが、ここでさらに予想外な出来事が起こる。
攻撃を受けてない胴体の外皮が真っ二つに裂け。
その中から何かが出てきたのだ。
そして、その何かは煌めく羽根を広げ、空中に浮き始めた。
「き……キレイ……」
「アリガトウ、ヒトノコヨ」
「え?……えっ⁉︎もしかして、喋ってる?」
「イマ、アタマニハナシカケテイマス」
驚きっぱなしのアタシに説明する砂漠の王。
どうやらアタシ達が「砂漠の王」と呼んでいたのは子供の姿で、今アタシの目の前にいるのが大人になった姿らしい。
空洞内なのにキラキラと輝く蝶のような羽根の生えた妖精族の子供のような姿。
「で、でも、誰も見たことない、なんてのはいくらなんでもおかしいよ」
「ソレハ……ワレワレガフカスルノ、トテモタイヘンデ、トテモメズラシイコト、デスカラ」
どうやらこの姿に成長するには、成長に必要な栄養と時間。そして何者かと戦い一定以上の傷を負う事。夜明け前という時間帯にその条件を満たすことが必要だという。
うん、そりゃ成長した姿を誰も見たことないのは仕方ないね。
「ソレデハサヨウナラ。ヒトノコヨ。
オレイハ、スノナカニ、アリマス」
上を見上げると外へ繋がる縦穴があった。
成長した砂漠の王は、煌めく鱗粉を降らせながら、夜空へ続く縦穴から外へと飛び去っていった。
その幻想的な様子を呆然と見上げながら、
「何だろ……お腹の傷も、戦いも、意味はあったのかもしれないけど……何かモヤモヤするよ……」
一人取り残されたアズリアは不完全燃焼だった。
アリジゴクが孵化するのにダメージは必要ではありません。あと「美しく儚い」という意味で使われる蜉蝣ですが、実際にはアリジゴクから孵化するのは蜉蝣ではなくウスバカゲロウという全くの別物です、はい。