62話 アズリア、商会の闇を聞き出す
自分の身を守るべき魔剣が破壊され、愕然とした表情を浮かべる剣匠卿。
「────ば、馬鹿な、魔剣が砕ける、だと⁉︎」
そして、魔剣が砕け散ったからといってアタシの大剣の勢いが殺されたわけではない。
だが、魔剣が最後に持ち主の生命を救おうとしたからなのか、刀身を犠牲にして剣匠卿の頭をカチ割ろうとしていたアタシの剣筋を僅かに逸らし。
「……終わりだよ、剣匠卿」
軌道が逸れながらも、勢いよく振り下ろされた大剣は背後の岩場とともに、剣匠卿の肩口に食い込んでいき。
右腕を肩の根元からバッサリと斬り落としていく。
魔剣が破壊されたことでアタシの周囲に展開していた氷結牢獄が解除され、泥濘んだ地面に着地し。
すぐに体勢を整えると、大剣を一度大きく振り抜き、刀身に付着した血を払う。
────と、同時に。
「────ぎゃああぁぁぁぁああ!……わ、私のう、腕がっ……腕があああぁぁあああっ!」
斬り落とされ、空中に舞っていた右腕と魔剣の柄が地面へと落ち。
肩から切断された傷口から血が噴き出し、その激痛からか湿地に悶絶し、身体中が泥だらけになるのも構わず絶叫しながら転げ回る。
そんな剣匠卿を名乗る男を、握っていた大剣を背中に担ぎ直しながら、心底落胆した視線で見下ろすアタシは。
「なぁにが12の魔剣だい……ホントにそんな魔剣ならアタシ程度の攻撃で砕け散るワケないだろ?……魔剣が偽物なら、コイツが本物の剣匠卿ってのも眉唾モノな話だよねぇ……」
と、ボソリと小声で呟きながら。
あまりの呆気なさに、この男が名乗っていた剣匠卿の名が果たして本物であるのかさえも疑ってしまっていた。
アタシもこの長い旅の中で、大勢の「剣匠卿を名乗る人物」を目にしてきたが、ほとんど全員が名を騙るだけの偽物であった。
もちろん国王や教皇といった権威ある立場の人間が認定する称号なので、詐称が判明した場合は死罪はほぼ間違いない。
それだけでなく、その恩恵を与っていた人間も相当の重罪に処せられる……何しろ国家の権威を詐称したのだから。
それ程の代償があっても、剣匠卿という名は魅力的な称号なのだが。
剣匠卿を名乗る、という行為はその名を継承するのを狙う猛者を呼び集める行為でもあり。
アタシが見てきた偽物の剣匠卿も、大概は中途半端な実力の持ち主であったためか突然勝負を挑まれ、人の目があるため断るに断り切れずに決闘に敗北しその屍を晒す羽目になっていた。
だが、右腕を斬り落とされ魔剣まで失ったこの男が剣匠卿を名乗るのは最早不可能だろう。
「せめてもの情けだ。コイツで勘弁しておいてやるよ」
右腕を喪失した激痛で泣き喚く男を哀れに思ったアタシはトドメを討つのを止めて、泥濘に埋もれていた砕けた魔剣の柄を拾い上げる。
これを剣匠卿を討ち倒した証拠にすれば、領主のカスバルも納得してくれるだろう。
アタシが剣を納めたことで、戦闘が終わったことを知ると。
真っ二つに裂けた岩場の陰から出てきた監視役にアタシにここまで着いてきていたザイオンとベルンガーの両名が、右腕を失った剣匠卿の男を抱え上げ、身体を支えながら。
治療のため、この場を早々に立ち去ろうとするが。
「────お、女ぁぁぁ……ぜ、絶対に殺してやるぞっっ……腕の傷を癒やしたら、この私がっ!必ずっっ!殺してやるうううううう!」
「い、い、イングリッドさんっ、暴れないで下さいっ!こ、これ以上暴れると傷口から血が噴き出して本当に死んじまいますってっ!」
どうやらこの剣匠卿を名乗る男はイングリッドという名らしい。
……アタシは名乗ったにもかかわらず、自分は名乗ろうとしなかったのも気に喰わない点だったりするのだが。
そのイングリッドが、去り際にアタシに向けて殺意を込めた負け犬の遠吠えを残していくのだが。
「……待ちなよ。こっちの要件はまだ終わっちゃいないんだよ」
だが、勝手に剣を向けて敗北したから、治療のためと言って勝手に退場されても困るのだ。
アタシは、急いで立ち去ろうとするザイオンの肩を強めに掴み、その足を無理やり止めさせると。
「は、離せよ姐さ……アンタっ!い、イングリッドさんを早く治癒術師に見せないと死んじまうかもしれないんだぞっ⁉︎」
剣匠卿の身を案じてなのか。
それを倒したアタシから離れたいだけなのか。
とにかくザイオンは必死の形相でアタシに精一杯の大声を張り上げ、足を止めたことに文句を言ってくるのだが。
そんな男の態度を鼻で笑うように、アタシは空いたもう一方の手の指をコキコキと鳴らしながら。
「……アンタらルビーノ商会はさぁ、カサンドラたち以外にも獣人族を捕まえてるんだろ?……その場所を今ここでアタシに全部教えてくれたらこの手を離してやるよ?」
「……そ、それは……」
アタシの提案に、口を噤むザイオン。
もちろん、カサンドラらを港付近の倉庫から助け出したのも偶然だし、獣人売買がこの街で行われているのを知ったのもつい昨晩だ。
他の獣人族が捕まっているかなど思い付きに決まっている。
にもかかわらず「知らない」と即答せずに口を噤んだということは、少なくとも獣人売買に関連する何らかのルビーノ商会に不利益となる情報をこの男は知っているのだろう。
「……まぁ。別に喋りたくなけりゃ勝手にしなよ」
アタシがザイオンの肩を掴んでいた手を離すと。
最初は解放されたと思い込んで、表情を緩めるのだったが。
次の瞬間、その表情が凍り付く。
「商会の詳しい話はドレイクを締め上げれば聞けるだろうしねぇ……」
そう言いながら、アタシが再び背中に背負った大剣を横薙ぎの姿勢に構えて見せたからだ。
ザイオンが怯えているのは何も大袈裟な態度ではない。アタシが跳び上がって振り下ろした先の一撃で剣匠卿の右腕ごと岩場を両断したのを目の当たりにしていたからこそ。
今アタシが大剣を横に振るえば、まず間違いなく三人の上半身と下半身が生き別れになってしまうだろうことを危惧していたからだ。
ザイオンは反対側から身体を支えていたベルンガーと目を合わせて、商会の重鎮である剣匠卿に判断を仰ごうとするが。
その当人はというと、激痛と出血で気を失っていたのだ。
駄目押しとばかりにアタシは、腰を落として横に構えた大剣を少しずつ後ろへと引き力を溜め、息を大きく吸い込んでいく。
「アタシもユーノやカサンドラたちをこの蒸し暑い中、待たしてるんでねぇ……喋る気がないなら、このまま──」
「……ま、待ってくれっ!話す!アンタの聞きたい獣人族の連中のことを洗いざらい話すからこ、殺さないでくれっっ!」
このまま剣匠卿に巻き添えになってアタシに斬り殺されるのを避けたかったザイオンは。
「……他の獣人族の連中は歓楽街にあるルビーノ商会が経営する店の地下に監禁してる……」
命乞いとともにアタシが聞きたかった情報を渋々ながら吐き出してくれたのだった。




