58話 アズリア、火山へ向かう途中で
────その頃。
ルビーノ商会雇われの冒険者の元締めと思われる男・ドレイクからの依頼を引き受けたアタシは、仕事仲間なのか……あるいは監視役なのか、と思われる二人を連れて。
モーベルムを出発し、内陸部にあるストロンボリ火山とやらに向け歩いていた。
「しかし……ここはだいぶ蒸すねぇ。この街や海も暖かいほうだとは思ったけど、こりゃ鎧着込んできたのは間違いだったかねぇ……ふぅ」
そう悪態を吐いてはいたが、アタシが進める脚は一向に速度が落ちる様子はなかった。「暑い」とはいってもそれは街や海と比べて、の話であって。
常に陽射しが照り付け、熱く灼けた砂の両方からジリジリと肌を焼かれるメルーナ砂漠の酷暑と比較すれば、まだ耐えられる暑さだ。
アタシはふと、後ろを振り返ってみると。
「はぁ、はぁ……ま、待ってくれ姐さん、は、早すぎ……」
「……お、おかしいだろ、それだけ鎧着込んで、そんな速さで歩けるなんてぇ……ぜぇ、ぜぇ」
むしろ、案内役として一緒に着いてきたザイオンとベルンガー……カサンドラに絡んできて路地裏で痛い目に遭わせた男二人、その歩く速度が半分ほどに落ちていたので。
アタシは一度、連中が追いつくのを待つために脚を止める。
「おいおいアンタたち、しっかりしろよな……ドレイクからアタシを案内ついでに監視するように言われてるんだろぉ?」
二人を心配する素振りをして声を掛け、すっかり男らが暑さで参っているのをいいことに、多少の本音を付け加えていくと。
そんなアタシの意図に気付かずに、疲労で警戒心が緩んだ彼らはその場に腰を下しながら、簡単に口を滑らせていく。
「はぁ、はぁ……そ、そりゃまあ、ドレイクさんもアンタがきっちり目標になってる獅子人族を捕まえてくれるか心配なんだよ」
「ぜぇ、ぜぇ……あ、アンタが強いのはオレたちが何より知ってるけどよ……獣人族ってのは意外に手強いからな……」
おいおい。
最初の設定じゃ、流行り病になりそうな獣人族をルビーノ商会が保護するという事情になっていただろうに。
二人の話には「捕まえる」だの「手強い」だのという言葉が含まれているのを聞いて、どうやらドレイクがアタシへと聞かせた事情は、その場限りの嘘偽りなのだろうと疑惑がいよいよ確信に変わる。
「へぇ……で、今回の獅子人族とやらはどれくらい高値で売れるんだろうねぇ?……なぁ、アンタらは知ってるのかい?」
元々、ルビーノ商会が裏で獣人族を不当に確保して獣人売買している組織と繋がっている、と当たりを付けていたアタシは。
いっそ、その事情を知っている振りをして連中からさらに話を聞き出そうとする。
地面に座り込んで、暑さで喉が渇いたのか水袋に口を付け水をぐびぐびと飲んでいた男らは、アタシが「高値で売れる」と口にしたことで逆に警戒心を緩めたようで。
「はは、まさかお偉いさんらも一度捕まえたカサンドラたちが施設から脱走する、なんて思ってもなかったんだろうぜ」
「まあ……オレたちも狙ってたカサンドラたちを騙し討ちしたのはオレらじゃなく別の冒険者なんだがな……ありゃ上手い作戦だぜ」
そう話し始めると、気分が乗ってきたのか。
ザイオンとベルンガーはこちらが聞いてもいない、その「上手い作戦」とやらを饒舌に語りだすのだった。
どうやら、カサンドラたち三人に狙いを定めたルビーノ商会は裏で手を回して、彼女らが斡旋所で受ける依頼を、街から遠出して野営が発生するモノを勧め。
買い込む保存食には、特に獣人族に効果が強く現れる眠り薬を仕込んた保存食を手渡しておく。
そうして彼女らの後を馬車で追っていけば、野営地で食事を終えた頃には薬の効果ですっかり深い眠りについた三人を労せず確保することが出来る。
あとは彼女らを馬車に積み込めばよいのだから。
「ふぅん……そうやってアンタらは獣人族を攫ってルビーノ商会に売り飛ばしてたってワケかい?」
「だけどよ、今回姐さんとオレたちが狙ってる獅子人族とやらは、どういうことか街で物資を購入しなかったんだとさ」
「そういや、今回あの連中が受けた依頼を出したのも商売敵のグラナード商会だったみたいだけどよ……まさか勘付かれてる、なんてないよな?……って、え?」
話が盛り上がり、気持ち良く話を続けていたザイオンとベルンガーの二人が、こちらへと視線を向けてようやく。
アタシの眼が笑っていないことに気がつくと。
「……ね、姐さん?な、何怒ってるんだよ?」
アタシは、背中に背負っている余りにも巨大すぎる幅広の大剣、その柄に手をかける。
「ひぃ!……ひぃぃいい?」
先程までカサンドラらを捕らえた方法で盛り上がっていたのに、今にも剣を抜く構えのアタシにすっかり怯えているザイオンら二人ではなく。
二人の遥か後ろの岩場へと、殺気を込めた視線を放つ。
「出てきなよ……それとも、物陰に隠れたまま斬り伏せられたいってんなら別だけどねぇ」
アタシが誰に向けて声を発しているのか。
その殺気や怒りの対象が自分らに向けられていたものではないと少しだけ安堵しながら、不思議に思った二人は揃って後ろを振り向くと。
「────女、いつから気付いていた?」
岩場の陰から姿を現わすのは、アタシと同じように背中に大剣を背負っていた、長い黒髪で片目を隠した陰気な雰囲気を纏わせた男だった。
アタシの殺気を受け取った何者かは、と、冷たい感じのする口調でこちらへと質問をしてきた。
「はっ、街を出る時からとっくにアンタの気配にゃ気付いてたよ。だってさぁ……アンタ、殺気を隠す気がなかっただろ?」
「────驚いたな、これでも殺意は抑えていたつもりなのだが」
そう。
ドレイクに「ユーノを確保する」依頼を持ち掛けられた建物からではなく、この隠しきれない殺気を放つ人物がアタシを尾行してきたのはモーベルムの街を出発した後からなのだ。
アタシを信用しきれなかったドレイクが、ザイオンら二人では監視を全う出来ないと踏んで監視を追加したにしては、時間のズレが気にはなったのだが。
「────まさか貴様が、あの『海竜団』をただ一人で壊滅させた女傭兵だったとはな」
長髪の男は、どういう理由かアタシがレーヴェンを襲撃した海賊を撃退したことを知っている様子であった。
アタシの素性があまり知られないためにも、レーヴェンに頼んで海賊を壊滅させたことには、国の中央や領主カスバルへの報告を除いて、公表を避けてもらっていたのだが。
「はあああっ⁉︎……え、姐さん?い、いや、そんな話はドレイクさんからも聞いてねえよ……」
「────当然だ。アーラロッソが女、貴様の素性を知ったのはつい先程だったそうだからな」
アーラロッソがルビーノ商会の長なのは、事前にザイオンから商会の内情を聞き出していたので何とか理解出来る。
つまり、アタシが海賊を倒した報告をルビーノ商会が何らかの情報網を駆使して知り、慌ててこの人物をアタシの監視に送り込んだというわけか。
「────さて女。この連中が不用意に口を滑らせて我々の内情を知ってしまったのだ。このまま口を閉ざして我らに協力するか、それとも──」
「嫌だ、と言ったらどうなるんだい?」
アタシが「嫌だ」と口にした途端に、長髪の男は背中に背負っていた大剣の柄に手をかけると。
一気に膨れ上がった殺意を込めた視線をアタシに放ちながら。
「────この剣匠卿と一戦交えることになる。結末は当然貴様の、死だ」
そう言って、背中から透明な刀身の大剣を抜き放ち、アタシへ向けてその切先を突き付けてきたのだ。




