57話 三人組、炎蜥蜴に挑む
「おらっ、こっちだ馬鹿蜥蜴っ!」
ファニーからの身体強化魔法を貰ったエルザが、最前線に立ち両手に握った両斧槍を振るい。
炎蜥蜴の岩石で覆われた鱗へと斧刃を喰い込ませ、あるいは槍先で貫き、的確に傷を与えていく。
その激痛からか、エルザを執拗に前脚を振り上げながら何度となく攻撃を仕掛けていくが。
「────あ、危ねえっ!」
襲いかかる前脚の爪撃を、エルザは両斧槍を力任せに振るっても、大泥蛙の時のように体勢を崩すことなく身体を捻り、あるいは左右に跳び退き回避していく。
その効果は魔法を掛けたファニーも、身体を動かすエルザ本人も驚く程に顕著に現れた。
「……す、凄えっ、オレの身体がいつもと違うぜ、脚が動く……腕が振れるっ!」
「驚いた……エルザがまるで別人みたいに動けているなんて、筋力上昇を使っただけなのに……」
先程までと何が違うと言えば、基礎魔法である「筋力上昇」を使っただけなのだが。
ファニーの指摘通り、今までのエルザは一つ一つの行動に移る際に「力の溜め」を必要としていたために、一瞬ではあるが動きを止めるしかなかったのが、身体強化魔法の効果でそれを必要としなくなったのだ。
ただ、それだけの違いでエルザの動きは見違える程に速く、激しい連続攻撃を繰り出せていた。
「……いけるっ!これなら押し切れるぜっ!」
「油断しないでエルザっ!そろそろ溶岩弾が飛んでくるからっ!」
一度も脚を止めることなく、連続して浴びせ続けるエルザの両斧槍。
すっかり黒い岩石状の鱗が剥き出しになり、傷口から血を噴き出す眼前の炎蜥蜴だが。
当然ながら前脚の爪撃だけで終わるわけがなく、再び口を大きく開くと、ファニーの警告通り口内で生み出した溶岩弾を塊……ではなく無数の細かい礫として撃ち出してきたのだ。
炎蜥蜴の奥の手である、溶岩礫。
いかに素早く動き回っていたエルザも、広範囲にばら撒かれる小石ほどの溶岩礫を全て避け切るのは困難だ。
だが、前線にいるのはエルザだけではない。
「……エルザっ!あたしの背後に回れっ!」
防御役として大楯を構えたカサンドラが、その大柄な体格を活かしてエルザの前に立ち塞がると。
ゴツン、ゴツンと洞窟内に硬い物と金属が衝突する鈍い音が幾度となく鳴り響く中。
飛来する溶岩礫は勢いこそ速いのだが、一つ一つの塊が小さくなった分威力が激減していたため、大楯と金属鎧で溶岩礫を全部防ぎ切っていく。
「はぁ……はぁ……た、助かったぜカサンドラっ」
「いやエルザ、寧ろアレだけ動いてくれてあたしのほうが助かってる……それに」
ファニーも詠唱文を口ずさみながら、カサンドラが盾を構えて出来上がった安全地帯へと移動して広範囲に散らばる溶岩礫から身を守る。
「あたしはこの集団の盾役だからな」
いくら溶岩を餌にしている炎蜥蜴とはいえ、吐き出す溶岩の量には限度がある。
エルザの両斧槍と同じく、氷属性の魔力を帯びた大楯を構えて溶岩礫を凌ぎ切ったカサンドラ。
その時……眼前の炎蜥蜴が、大きな口を開いたまま動きを止めた。
「────エルザっ!」
「好機なのはわかってるっ!あの口の中にオレの槍をぶち込んでやるぜっ!」
カサンドラが大楯を引っ込め横に移動すると同時に、真後ろで守られていた間に突撃のための力を溜め終えていたエルザ。
「でぇりゃああああくたばれええええっっ!」
地面を物凄い速度で蹴り抜き、ぱっくりと開いた炎蜥蜴の口へと両手で握った両斧槍を突き刺していく。
口の中にはもちろん硬い岩石状の鱗などあるはずもなく、勢いをつけた両斧槍の槍先が丸々と喉奥に飲み込まれていくと。
両斧槍に付与されていた氷属性の魔力の影響なのか、炎蜥蜴の胴体で燃え盛っていた炎が鎮まる。
さらにその背後からエルザに指示が飛ぶ。
「エルザ!両斧槍を一旦手放して横に飛んで!」
「わかってる……っての!せっかく深傷を負わせてやったんだ、トドメは任せたぜファニー!」
ファニーが射線を空けるよう指示を飛ばすのとほぼ同時に、その指示が来ることを予測していたかのようにエルザは両斧槍を放棄し、真横へと跳び退いていた。
炎蜥蜴との間を遮るものが何もなくなったのを確認したファニー。
これで、何の加減や遠慮の必要もない。
ファニーは魔法の杖を掲げ、エルザと同じくカサンドラに守られている間に詠唱を終えた魔法を、炎蜥蜴へと解き放つ。
「これで決めるっ────噛み砕け氷狼!」
習得が難しい氷属性の魔法の中で、ファニーが現時点で使える最強の攻撃魔法、それが「噛み砕け氷狼」だ。
ファニーから一直線に、地面から鋭く先の尖った円錐状の氷柱が盛り上がり、炎蜥蜴の腹を貫いていき。
追い撃ちを掛けるように頭上に氷塊が現れ、上下から哀れな炎蜥蜴を押し潰していく。
「はぁ、はぁ……や、やったか?」
「魔法は直撃した。これで決まらなかったら……」
しばらくは氷塊で押し潰された炎蜥蜴へ警戒を解かなかった三人だったが、カサンドラが戦杖でその頭部を叩いてみるが何の反応もない。
「いや、眼の光も消えてるし炎も鎮火してる、動きだす気配もない……あたしらの勝ちだ」
攻撃役として奮闘したエルザと、最強魔法を発動したばかりのファニーは、カサンドラの言葉を聞いた途端にその場にへたり込んでしまう。
「お、終わったああああああ……」
「な、何とか私たちでも炎蜥蜴に勝てた……でも、動けない」
今回の依頼は、炎蜥蜴の討伐だけではなく素材の回収も含まれているので、早速解体をしたいのは山々だが。
彼女らは、洞窟の奥で遭遇した今倒した個体よりも二回りほど大きな炎蜥蜴から逃げてきていたのだ。
もしその個体が追撃してきていたら、ここで呑気に解体を始めている余裕などない。
「お、おいっカサンドラっ?せっかく倒した炎蜥蜴を解体しないで置いてくのかよっ?」
「グズグズしてたら後ろからあのデカい炎蜥蜴が追いついてくる……まずは洞窟を出てユーノ様と合流しよう!」
「ん、それが正解。今、こんな消耗してる状態であの炎蜥蜴に追いつかれたら間違いなく私かエルザは死ぬ」
「ぐ、ううう……ち、ちくしょうっ!」
カサンドラは迷う事なく、肩にエルザとファニーの二人を担ぐと、三人で倒した炎蜥蜴の死骸を放置して洞窟の出口へと走り出すのだった。
◇
「うんうんっ、さんにんともせいちょうしたねっ。ボクがでていかないでよかったみたい!」
二人を担いだカサンドラが洞窟の出口へと脱出する様子を見守っていたのは、彼女らの様子を観察するために後から洞窟へと足を踏み入れたはずのユーノであった。
ユーノは彼女らが巨大な炎蜥蜴から逃走した際に、三人にその気配を察知されることなくすれ違っていたのだった。
そして、何故あの巨大な炎蜥蜴が三人の背後から姿を一度も見せなかったのか。
カサンドラに放った突撃の速度からして、本気で追撃してきたのなら既に追いつかれていてもおかしくない筈なのに、である。
────その答えは、実に簡単だ。
確かにあの炎蜥蜴は、怒り狂って三人を追撃してきていたのだが。
そこに途中ですれ違ったユーノが立ち塞がったからなのだ。
「噛み砕け氷狼」
大気と地中の水を氷の魔力で凝固させ、地面から牙を連想させる円錐状の氷柱を、上空には氷の塊を生み出し上下から対象を挟撃し押し潰す、氷属性の上級魔法。
上下から氷塊がまるで氷魔狼の顎のように見えることからこの魔法名が付けられた。
ただし上下の攻撃には時間的なズレがどうしても生じるため、いくら地面からの鋭い氷柱で足元を貫くとしても、あらかじめ動きを止めている状態でないと効果が完全に発揮出来ない場合が多い。




