55話 三人組、巨大な炎蜥蜴との遭遇
エルザの突撃と変わらない速度で炎蜥蜴の巨体が、カサンドラの構えた大楯に直撃する。
「────ぐわぁあああっっ⁉︎」
突撃に備えて大楯を身体全体で支え、腰を落として防御に専念していたにもかかわらず。
炎蜥蜴の突撃を受けたカサンドラは、盾を突き抜けてきた衝撃に背後に吹き飛ばされてしまう。
「カサンドラっっ?……嘘だろ、あいつが力負けした?」
今まで三人で組むようになってから、エルザもファニーも初めて、カサンドラが防御体勢から弾き飛ばされるのを初めて目の当たりにし。
動揺したエルザは、役割分担を忘れて両斧槍を構えて追撃を許さまいと炎蜥蜴に飛び掛かろうとするが。
「待ってろカサンドラっ!今度はオレが炎蜥蜴を食い止めるっ!」
「……待ってエルザ。カサンドラは大丈夫」
それをファニーが魔法の杖をエルザの前に突き出して制止する。
仲間を見捨てるのか、と食って掛かろうとしたエルザだったが。
「お、おいっ……どういうコトだよありゃ、炎蜥蜴の様子がおかしいぞ?」
カサンドラを後方へ吹き飛ばし、てっきり追撃をしてくるものかと思っていたが、突撃を仕掛けた側の炎蜥蜴の動きが止まっていたのだ。
よく見ると、突撃し大楯を弾いた頭部には白い霜が張り付いていたのだ。
「思いつきで咄嗟にカサンドラの盾に氷属性の魔力を付与したのだけど、効果はあったみたい」
そう。
ファニーは、炎蜥蜴が三人の前に姿を見せた時点で詠唱を開始し、突撃をするよりも早くカサンドラの盾に、本来ならば武器に氷属性の魔力を付与する「煌めく冷光」を発動させていたのだ。
そして、盾に激突した際に突撃した炎蜥蜴も、付与された冷気による影響を受け、その動きを止めていたのだ。
「私たちはあくまで炎蜥蜴の発見が目的……ここは退く」
「け、けどよお……」
「エルザ、盾役のあたしが力負けした以上、いつもの戦い方は炎蜥蜴には通用しない」
背後に吹き飛ばされたカサンドラだったが、どうやら大きな負傷などはなく。
既に体勢を整えてエルザの横に並んでいた。
「この洞窟には餌となる溶岩がある以上、炎蜥蜴がこれ一匹だけとは限らない。さすがに複数匹を相手に出来る余裕は私たちにはない」
「ちっ、仕方ねえ……戦いを楽しめるのも生命あってだからな、今回だけは退いてやるぜっ……走れるか、カサンドラ?」
「ああ、少し身体は痛むが走るくらいは平気だ」
「それじゃあ────走る!」
ファニーの掛け声を合図に。
三人は、まだ動く気配のない巨大な炎蜥蜴に背を向けると、今まで歩いてきた道を懸命に走っていく。
革鎧を着ていたエルザやファニーはともかく、金属鎧のカサンドラは走るたびに金属同士が擦れ、ガチャガチャと音を鳴らしながら洞窟内に騒音を響かせてしまう。
「うるせえええ!……おいカサンドラっ、そのガチャガチャ何とかならねえのかよっ?」
「なるわけないだろうがっ!どうにか音が静かになる方法があるのなら、あたしが教えて欲しいくらいだっ!」
金属鎧が立てる騒音のあまりのうるささに、横に並んで走っていたエルザが堪らずカサンドラに文句を言う。
最初こそ並んで走っていたものの、体力的な問題でカサンドラとエルザに少し遅れて走っていたファニーは、その様子を見てふと思うのだった。
「……金属鎧を着込んでいるのに私より早く走れるその理由を、寧ろカサンドラに教えて欲しい……」
三人は走る速度を緩めずに、背後からあの炎蜥蜴が追ってこないか、その気配を探るが。
幸いにも背後から迫り来る気配はなかった。
「ふぅ……どうにか逃げ切れたみたいだよ」
「いや、二人とも……どうやらそう甘くはいかないみたいだぜっ」
カサンドラが安堵したかのように一度深く息を吐くが。
横に並んでいたエルザはまるで真逆に、眉間をしかめて厳しい表情をしながら真っ正面を見据えていた。
その視線の先には────炎蜥蜴が、いた。
「……やっぱり。ここは炎蜥蜴の棲み処だったのかも」
「どうするファニー?何とかやり過ごしてすり抜けるか……それとも、炎蜥蜴と戦うか」
視線の先に待ち構えている炎蜥蜴は、先程遭遇したものと比較するとだいぶ小型の個体のようで、その両脇にはかなりの隙間が空いていた。
この場所は狭い洞窟内で、しかも先程の突撃を見て想定以上に素早い動きが出来るのは分かった。
カサンドラが防御役を買って出たとしても、すり抜けようとすれば無傷では済まないかもしれない。
だが、この場所で戦闘を開始しようものなら、戦闘の音を聞きつけて奥で遭遇した巨大な炎蜥蜴が合流して前後から挟み撃ちに遭うかもしれない。
ファニーが二通りの選択に頭を悩ませていると。
「────ギシャアアアアアアアアア!」
吼える炎蜥蜴の体表が、突如として燃え上がり、空いていた洞窟の隙間を燃え上がる炎が埋めていく。
……さすがに脇をすり抜ける選択を断たれた、そう思った時だった。
「そうだ……なあファニー、さっきの盾に発動した、氷の魔法をあたしらの身体に発動して、無理やり炎を突破することは出来ないか?」
カサンドラが先程自分の大楯に発動した「煌めく冷光」を身体を発動対象にする案を持ち掛けてきたのだが。
「ん、可能かもしれないけど。その可能性と同じくらいに、さっきの炎蜥蜴のように冷気で私たちの動きが止まる可能性もある」
「危険な賭けだが……今の状況でそうなったら終わりだな」
「うん、やめておいたほうが無難」
残念ながら、魔法はそこまで応用が効くモノではない。
武器を対象とする付与魔法を肉体に発動するというのは、魔力を直接ぶつけられる攻撃魔法の原理と同じくなってしまうため。
カサンドラの案をもしファニーが実行していた場合、まず間違いなく三人はその場で凍り付いていた可能性が高かったのだ。
攻撃魔法の魔力を減退することなく体表に纏いながら、その威力を素手の攻撃力に上乗せするというユーノの「鉄拳戦態」や魔王リュカオーンの「雷獣戦態」というモノは、実は魔術師から見れば有り得ない程の卓越した魔法技術なのだ。
だとすれば、選択肢は一つしかなかった。
目の前の炎蜥蜴を倒し、退路を確保する以外に道は残されていない。
「仕方ねぇな……目の前で燃え盛って邪魔になる炎蜥蜴、オレがブッ倒してやるぜっ!」
走りながらエルザは両手で両斧槍を握り直して横に構える。
槍先で突くのではなく、斧刃で振り回して炎蜥蜴の硬い体表を斬り裂き、肉を剥き出しにし骨を砕くために。
「煌めく冷光」
武具一つに氷属性の魔力を帯びさせる付与魔法。魔力を帯びた武具に、相性の良い火属性の攻撃の防御効果を持たせたり、命中させた対象に冷気による追撃を与えたりする。
ただ無造作に魔力を帯びるだけならば初級魔法の難易度なのだが。
属性を帯びた付与、というのは本文でも説明があるように一歩魔力操作を誤れば攻撃魔法を放つのと同じ原理になるため、難易度は飛躍的に上昇する。
特に氷魔法は習得が難しい部類に入るため、この付与魔法は上級魔法相当の難易度となる。
余談だが。
この魔法名は、世界に12振りある神から授かりし真の魔剣の一つ、氷の魔剣ニムザリクからである。




