54話 三人組、洞窟の奥へと進むと
────まさか。
背後からユーノが気配を殺してやって来ていることなど知らずに。
盾役であるカサンドラを先頭に、魔術師であるファニー、最後尾に両斧槍を槍のように構えたエルザが洞窟内を歩いていた。
洞窟内を歩き出し、しばらくすると。
「……あ、あぢいぃ……」
「うう……山の中なのに薄暗いのが逆に気色悪いよ、な、何も出てきませんようにっ……」
「エルザうるさい。それにカサンドラ、何も出ないんじゃ私たちが困る」
洞窟内は湿地帯や山の地表よりも蒸し暑く、日差しが入ってこないのに真っ暗ではなく……何とか視界が確保出来る薄暗さなのが気になるが。
それをぼやくエルザと、先程の大泥蛙の際もだが臆病な面のあるカサンドラを窘めるファニー。
「ストロンボリ火山一帯はこの街の冒険者たちの間では人気のない場所だから、逆に素材が貴重だったりする」
「……まあ、確かに大泥蛙は高値で売れるけど……好き好んで足場の悪い湿地帯ででっけえ蛙と戦いたい奴なんていねえからな」
モーベルムの冒険者はこの街出身より外から流れてきた人間が多いためか、内陸部の依頼よりも海に出て行う魔物討伐や素材の採取、商船の護衛など海に関連する依頼が人気なのだ。
中でもストロンボリ火山一帯は、時期に関わらず足場も悪く蒸し暑い上に、先程の大泥蛙や彼女らが探索している炎蜥蜴など、初めて依頼を受ける駆け出しの冒険者には手に負えない強さの魔物が数多く生息しているため。
今の今まで他の冒険者に遭遇しない程に、モーベルムの冒険者には嫌われている場所なのだ。
ファニーの話で大泥蛙との戦闘中に足を滑らせたことを思い出してしまったエルザは彼女から目を逸らしながら、もう一度両斧槍を構え直して周囲を警戒していく。
「……おい。何でこんな蒸し暑ぃのか、洞窟の中なのに薄暗い程度で済んでたのか、理由が分かったぜ、見ろよ」
すると、エルザが何かを見つけたらしく。洞窟の横壁にあった人が通れる程ではない大きさの空洞を構えた両斧槍で指し示すと。
まるで地下水が流れるように、赤く輝きを放ちながら溶岩が流れているのが見えた。
「……そりゃ蒸し暑くもなるわけだ」
「しかも、至る所に空いてる横穴から溶岩の光が漏れてた、というわけね」
「だけど溶岩が流れてるってことは、いよいよこの洞窟の奥に炎蜥蜴がいるんじゃねえのか?」
彼女らが目的にしている炎蜥蜴は、餌とする溶岩が流れていたり溜まっている場所に生息している。
文献や噂話から炎蜥蜴の生態を調べていたファニーは当初、洞窟の奥まで行けば溶岩溜まりがあり、そこに辿り着ければ炎蜥蜴と遭遇出来ると考えていたが。
ゆっくりと流れる溶岩を見て、ファニーはその考えを改める必要があった。
「溶岩が見える場所にある以上、ここからいつ炎蜥蜴が顔を見せないとも限らない。カサンドラ、エルザ」
今すぐにでも炎蜥蜴と遭遇する可能性があることを、一番前を歩くカサンドラと背後からの遭遇に備えるエルザに警戒を促すと。
「わかった、気を付けるよっ」
「任せておけよ、炎蜥蜴だろうがオレの槍でブッ倒してやるぜっ!」
前方だけでなく、溶岩が流れる横穴にも気を付けながら再び三人は洞窟を奥へと進み始める。
最初は溶岩を見つけたことで、炎蜥蜴との遭遇を心待ちにしていた三人だったが。
流れている溶岩をちらほらと見ることは出来ても、それでも炎蜥蜴の姿を見ることがないまま、彼女ら三人は歩を進めていた。
「これだけ溶岩が流れてるのに、炎蜥蜴の姿がないってことは……この洞窟はハズレなのかもね」
「まだそう決め付けるのは早急。もしかして奥に餌場になっている溶岩溜まりがあるのかもしれない」
「だけどよ……あまり洞窟一つに時間をかけ過ぎると合流も遅れるし、ユーノ様待たせちまうんじゃ?」
ユーノとは別行動を取っていると信じている三人組は、あと二つ口を開けた洞穴の探索をしなければ合流出来ない。
あまり一つの洞窟に時間をかけてはいられないのだが、ここにきて三人の意見が分かれる。
足を止めた三人に流れる沈黙。
「……わかった。確かにユーノ様との約束もあるし、もう少しだけ洞窟内を探索したら、ここを出て次の穴を調べるために引き返そう」
その沈黙を破ったのは、いつも司令塔的な役割を担っていたファニーではなく。
一見、臆病とも思える慎重な足取りのカサンドラだった。
「わかったぜ」「うん、それでいい」
普段ならカサンドラの言い分に、もっと冷静なファニーや感情的なエルザが何かしらの異論を言い出すところなのだが。
驚くほど聞き分けが良く、二人はカサンドラの主張をあっさりと承諾し首を縦に振る。
────その次の瞬間。
三人は自分たちに迫る気配と足音を感じ取り、洞窟の奥へと盾や両斧槍を構えて向き直ると。
奥から姿を見せたのは、まるでストロンボリ火山の地表のような黒い岩石に覆われた巨大な体躯の蜥蜴だった。
何かを食べている最中なのか、口からはパチパチと火の粉が爆ぜていた。
間違いない、炎蜥蜴だ。
だが、三人はその姿を見て一歩引き退がってしまっていた。
「お、おいファニー?お前の話じゃ炎蜥蜴の大きさってのは人間程度じゃなかったのかよっ?」
「ああ……アレは牛や馬より大きいぞ」
その理由とは、三人の前に現れた炎蜥蜴の身体の大きさ、それが想定していた以上の巨大さだったからだ。
魔物というものはほぼ例外なく、身体が大きく成長していると手強い存在になるからなのだが。
どうやら向こう側は既に彼女らを捕捉しているようで、三人へとゆっくりと接近していき。
「────ギシャアアアアアァァァア!」
口を大きく開き、雄叫びを一度上げると。
前脚を振り上げて、先程までのゆっくりとした動作とはまるで別物のような速度でこちらへと突進してきたのだ。
「……来るよっ!二人はあたしの後ろに回ってっ!」
炎蜥蜴の敵意を察知したカサンドラは、何とか勇気を振り絞り二歩ほど二人の前に躍り出ると。
大楯を彼女の大柄な身体で支えるような体勢で構え、炎蜥蜴の突撃に力負けしないように備えるのだった。




