51話 ユーノら四人組、依頼に向かう
ここは、港街モーベルムのあるニクロム島の内陸部、その中央にあるストロンボリ山の麓に広がる湿地帯。
よくわからない鼻歌を口ずさみながら跳ねるように足取りの軽いユーノとは対照的に。
浮かない表情をしながら、周囲に広がる水場を警戒するカサンドラ・ファニー・エルザの獣人三人組であった。
「まさか、レーヴェンさんからの依頼が、ストロンボリ山の主である炎蜥蜴を倒せ、だなんてなぁ……」
「炎蜥蜴……山に行くまでの道のりが厄介、だから誰も受けたがらない」
そう、レーヴェンからの名指しの依頼とは。
今ユーノと三人組が向かっているストロンボリ山を棲み処にしている、炎蜥蜴という魔物の討伐とその素材の回収なのだ。
炎蜥蜴とは、鉱山や鉱脈が剥き出しになった場所に出没し、鉱石や金属を餌としている鉱石蜥蜴の亜種であり、火山の溶岩を主食としているのだ。
そのため、口から燃える石を撃ち出してくる攻撃や、鱗として纏う溶岩石の硬さが討伐する人間らを苦しめるのは確かなのだが。
この炎蜥蜴が最も厄介な点、それは棲み処とする場所が溶岩が露出しているため、周囲が近寄り難いほどの高温になっているということである。
しかも、ここストロンボリ山は麓が地面から噴き出した水に覆われた湿地帯と化しており、足場は悪く、蒸し暑い環境が訪れた冒険者を苦しめるのだ。
「いやあ……それにしても暑いねえ。なあカサンドラ、水くれよ……もう喉渇いちまってさ」
「おいエルザ、あまり水飲みすぎるなよ。あたしだって持ってきた水袋にゃ限度があるんだからな」
額にびっしりと汗を浮かべていた猪人族の少女エルザが、両斧槍を持たない空いた手でカサンドラから受け取った水袋を咥え、一口水を含ませていく。
熊人族のカサンドラは大きな体格に見合う筋力で、火山に向かうということで通常より多めに水袋を持ってきていたのだが。
それでもまだ火山に到着していない内から水を飲み切らないように、口に水を含むエルザに釘を刺す。
「……油断しないで二人とも。湿地帯にはあいつがいる」
頭から立派な二本の鹿角を生やした鹿人族の魔術師であるファニーの言葉に。
少しばかり緊張感を解いた二人が周囲、特に水場を警戒し直す。
「……どうやら来るみたいだぜっ」
いつもは怠惰そうな雰囲気を纏わせたエルザが、水場から複数の気配を察知した途端に活気を取り戻し。
持っていた両斧槍を両手で構える。
その先の水場から顔を出していたのは、蛙。それも人間ほどの大きさもある蛙が、次から次へと顔を出す。
その数、五匹。
「やっぱり大泥蛙かよっ、しかも大量にお出ましと来やがったぜっ!」
両斧槍を構えて血気盛んに吠えるエルザとは真逆に、前線に立つのを渋るカサンドラ。
「カサンドラは前線に立って私が魔法が完成するまで攻撃を防ぐ」
「……うう、あたし大泥蛙苦手なんだよなあ、やたらとヌルヌルしてるし」
だが、ファニーはそんな及び腰のカサンドラに強めに指示を出すと、苦手意識のある大蛙に向けて文句を言いながらも、渋々とエルザよりも前に立ち大楯を構える。
棲み処へと侵入してきた五匹の大泥蛙は、水場から飛び跳ねて陸地へと次々に上がってくると。
最も前に立っているカサンドラへ向けて、舌を伸ばしたり大きな身体で飛び付いたりして、縄張りを踏み荒らした侵入者へと攻撃を開始する。
「うう、や、やっぱ気色悪いい!エルザ、ファニー、は、早くしてくれえええ!」
飛び掛かってくる大泥蛙を戦杖で叩き落とし、伸びる舌は構えた大楯で防ぐのだが。
舌が大楯に命中した時の弾力とねちょり……とした粘液の感触が、盾越しにカサンドラに伝わると。
その生理的嫌悪感から、攻撃自体は完全に防御しながらも背後にいる二人に助けを求める彼女。
「任せなっ!きっちり仕留めてやるぜっっ!」
カサンドラの泣き声に応えるかのように、両斧槍の槍先を構えていたエルザが戦杖で弾かれ着地したばかりの一匹の大泥蛙へと狙いを定め。
小柄な身体全体の体重を乗せての突撃攻撃を敢行する。
────ゲゴオッ⁉︎
両斧槍による突撃で身体を貫通された大泥蛙は、断末魔を上げて体液を噴き出し絶命するが。
仲間を倒された残り四匹が、カサンドラからエルザへと攻撃目標を変え、一斉に舌を伸ばしてくる。
「え、エルザっ?」
「し、しまった、地面に足を取られたっ?……や、槍が抜けねえっ?」
突撃によって脚が止まってしまった上に、仕留めた大泥蛙の胴体に深く突き刺さった両斧槍が抜こうと急いたためか、ぬかるんだ地面に足を滑らせてしまう。
何とか転倒するのは避けられたが、体勢を整える前に飛んでくる四本のぬめる舌。
慌ててエルザを助けようと生理的嫌悪感を振り払い戦杖を振るうカサンドラだったが、舌を一本叩き落とすのが限界だった。
カサンドラ並みの体格と装備ならば、舌で絡め取られても身動きが封じられるか、盾や武器などを奪われてしまうか程度で済む……それでも充分に大事なのだが。
子供と見間違える小柄な体格のエルザの場合、舌で絡め取られると餌扱いされ丸飲みされてしまう時もあるのだ。
エルザが「避け切れない」と悟り、身体にぬめる舌が二本絡み付くのを覚悟し、目を閉じて身体を縮こませると。
「エルザは餌にさせない────斬り刻め。解き放つ嵐刃」
カサンドラが最前線で防御に徹していたお陰で、魔法の詠唱を完了させていたファニーが、完成した風魔法を発動させ。
ファニーの魔法の杖から生み出された突風が、エルザに向かってきた二本の舌をズタズタに切断していき。
魔法の突風は舌を辿り、三匹の大泥蛙の身体をも舌と同様にズタズタに斬り刻む。
目の前で突然起きる轟音に目を開けると、エルザの視界には無数の斬り傷をつけて体液を垂れ流し、動かなくなった三匹の蛙を見て。
自分を窮地から救ってくれた仲間へ振り返ると。
「お、オレ助かったのかっ……あ、ありがとなっカサンドラ、それに……ファニーっ!」
「いいから早く武器を抜いて敵を倒す」
「──おうっ!任せろっ!」
ようやく息絶えた蛙の死骸から両斧槍を引き抜いたエルザは。
「ずえりゃああああああああああっ!」
カサンドラが攻撃を引き付けていた残り一匹の大泥蛙の頭部目掛け、大きく弧を描き振り回した両斧槍の刃を振り抜いていき。
見事、頭部をきれいに両断していった。
「解き放つ嵐刃」
自分の前方に大気の薄い箇所を作り出し、その気圧差で突風を発生させ動きを封じ、術者が手元で生み出した風車型の大型の風の刃を突風に乗せて対象を斬り刻む上級魔法。
「風の刃」「嵐刃」の上位互換の風魔法。




