表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
526/1770

49話 モーベルムの裏にて暗躍する者ら

 ────場面は変わる。

 ここはモーベルム近海。


 街から少し離れた沖に、不自然に停まっている帆船があった。

 帆や船本体には誰が持ち主かを印していない、そんな怪しい船の甲板(かんぱん)には、魚や貝を獲っている漁師ではない数名の男らが船の外から何者かが近付かないよう目を光らせていた。


 そんな船内では、指輪や腕輪、首飾りに髪飾りと絢爛(けんらん)な装飾品を山ほど身に付けた年配の女性と。

 その横に寡黙で頑強そうな体格の男と、背中に大剣を背負い口元を黒い布で覆い隠した男が腕を組み、三人が椅子に腰を掛けながら。

 床に(ひざまず)いていた二人の男を注視していた。


「……も、申し訳ございませんアーラロッソ様っ!」


 その三人に厳しい目線を向けられた男たちは身体を震わせながら、額を床に押し付けるほどに頭を下げて許しを乞う。

 その男らは、昨夜アズリアがカサンドラら三人の獣人(ビースト)が捕らえられていた倉庫で見張りに立っていた見張り役であった。


 だが「アーラロッソ様」と呼ばれた女性は、男の謝罪を聞くなり気怠(けだ)るそうに溜め息を一つ吐き。


「謝罪の言葉なんて聞きたくもないわ、いい?……あの()たちの受け入れ先はもう決まっていたの。取引は明日の夜、その商品に(・・・・・)逃げられた(・・・・・)なんて取引先に説明出来るわけないじゃないっ!」


 苛立ちを隠すことなく、男らに辛辣(しんらつ)な言葉を浴びせていく。

 

「……せっかく高い契約金を払って雇われているのに、見張り一つもまともに出来ないなんて。ドレイク、冒険者はお前の管轄下でもあるのよ!」

「申し訳ございません、私の目が曇っていたようで……」


 寡黙で大柄な「ドレイク」と呼ばれた男はどうやらアーラロッソとは主従の関係らしく。

 漂わせた雰囲気通りの低い声で、憤慨しているアーラロッソの叱咤に頭を軽く下げていく。

 そんなドレイクは顔を上げると、主人である彼女の機嫌を直すために言葉を続ける。


「ですがアーラロッソ様。街の冒険者から、昨夜街で希少種である獅子人族(レーヴェ)の少女を目撃した、という報告が」

「そ……それは本当なの、ドレイク?」

「……間違いありません。現在、監視にザイオンとベルンガーの両名を付けてますので」


 彼の報告を聞いて、思惑通りにアーラロッソの表情が少し緩む。

 そして彼女の表情の緩みは、ドレイクから既に次の獲物、しかも極上の獲物を補足しており。こちらが合図をするだけでいつでも捕縛出来るよう手筈を整えてあるという段取りの良さを説明され、すっかり笑顔に変わっていた。


「うふふ、さすがはドレイクね。三人もの商品に逃げられた時はどうなるかと思ったけど……まさか希少種の獅子人族(レーヴェ)を届けられれば貴族連中も間違いなく満足してくれるはずよ」

「……今回は私も動きますゆえ、ご安心を」

「ふふ、元は凄腕の冒険者だった貴方が動くのなら安心して任せられるわ…………それじゃ」


 ドレイクは、アーラロッソが高額の契約金を支払って雇い入れたこの街(モーベルム)はおろか、この国(コルチェスター)でも有数の凄腕の冒険者だった男だ。

 その名声と手腕で、この街(モーベルム)の冒険者に睨みを利かし、連中の取り纏めを任せている。

 数々の実績からアーラロッソが全面的な信頼を寄せている彼が自ら現場に出る、と言ってくれたこともあり、貴族らとの取引に支障が出るかもしれないという問題には一応の決着がついた。


 アーラロッソは(ひざまず)く見張り役だった男らに再び視線を向けた。

 まるで不要な物に向けるような、冷たい視線を。


「あなたたちには商品を逃した代償を支払って貰おうかしら」


 そう言うと、アーラロッソはもう一人の背中に物々しい剣を背負った男に目配せをすると。

 男は、部屋にあらかじめ持ち込んであった二本の鉄製の長剣(ロングソード)を、床に座ったままの見張りらの前に転がしていく。


「────握れ」

「え……え?……は、はいっ?」


 男の言う通りに、見張り役の男らは意図が理解出来ないまま、困惑しながら目の前にある長剣(ロングソード)を握っていくと。

 アーラロッソが男たちへ冷たく言い放つ。


「代償として、あなたたちには今からその長剣(ロングソード)で、ここにいる剣匠卿(ソーディアス)イングリットと戦ってもらうわ」


 剣匠卿(ソーディアス)と言えば「他に並ぶ者無し」と認められた豪傑にのみ名乗ることを許される最強の証。

 その剣匠卿(ソーディアス)と剣を交えろ、というのは……言わば処刑宣告と同等と言葉。


「む、無理だっ!剣匠卿(ソーディアス)なんかと戦ってか、勝てるわけねえだろ?」

「く、くそっ、こうなったら逃げるしか……」


 もちろん、そんな無茶苦茶な言い分を素直に「はい、そうですか」と受け入れるはずもなく。

 男らは長剣(ロングソード)を握ったまま、船内の扉を蹴破り甲板(かんぱん)へと飛び出していくが。


「あ……あ、ああ……」


 彼らの眼前に広がるのは、海。

 アーラロッソは常に、他者に聞かれたくない後ろめたい話は素性を隠した小型の帆船の中で行うことにしている。

 この場所なら、たとえ話を聞かれたとしても周囲は海しかない。逃げ場所など何処にもありはしないのだから。


 男たちも同じであった。このまま無理やり海に飛び込んだとしても、モーベルムの港も見えない地点から生きて陸地に泳ぎ着ける可能性は低い。

 ましてや、アーラロッソらが黙って見逃すはずもない。海に浮かんだところを十字弩(クロスボウ)や攻撃魔法で狙い撃ちされたらひとたまりもない。


 愕然とする男たちを見て、湧き上がる嗜虐心に火がついたアーラロッソは微笑みながら言葉を続けていく。


「……ええ、わかっているわ。お前たちの腕前でイングリッドに勝つなんて絶対に無理だもの。ですから、一度でも彼に剣を当てたら今回の失策は不問にしてあげましょう」

「……ほ、本当だな?助けてくれるんだな?」

「これでも私は商人の端くれ。口約束でも契約は守りますわ」


 倒す必要はない、ただ一撃だけでも命中させれば生命は助かる。

 このまま海に飛び込むのとどちらが助かる可能性が高いかを考え、悩んだ挙げ句……彼らは剣匠卿(ソーディアス)、イングリッドに挑む選択肢を取った。


 僅かな希望を抱いて向かってくる男たちの姿を鼻で笑いながら。

 剣匠卿(イングリッド)は、背中にあった剣を鞘から抜き放ち、まるで硝子(ガラス)細工のように透き通った刀身の剣を、身体の前で一振りすると。


「……かっ、身体が?脚が……動かねぇ、だと!」

「な、何をしやがったあっ?」


 生き残るのに必死で、まともな判断力を失った男らは。動かなくなった自分の脚が凍結し、甲板(かんぱん)ごと凍り付き離れなくなっていることを知ることなく。

 凍結は脚から腰へ、そして腕へと全身を侵蝕していく。


「馬鹿め……我が氷の魔剣の領域に入った時点で貴様らにはただ一つの希望すらなかったのだ。それでは処刑の時間だ────死ね」


 剣匠卿(イングリッド)は全身が凍り付き動けなくり、恐怖の声すら出すことも出来ない男らに、わざわざ見せつけるかのように透明な剣の切先を首筋に突きつけると。

 笑いながら、剣の先端を男の首へとゆっくりと沈めていく……肉の感触を確かめるように。

 男は、絶望と恐怖に引きつった顔で息絶える。

 

「────次は貴様だ、死ね」


 男の死に様を散々見せつけられ、涙を流し何度も首を横に振る男の身体を、肩口から斜めに剣閃が走り。 

 大きく斬り裂かれた胴体からは盛大に鮮血を噴き出しながら、目を見開いてもう一人の男も絶命する。


「うふふ、さすがは剣匠卿(ソーディアス)と呼ばれた腕前ね。いいものを見せてもらったわ」

「ふん────悪趣味な女だ」


 剣匠卿(イングリッド)とアーラロッソ、血の残劇を目の当たりにしながら満足気な笑顔を浮かべ。


「街での厚遇と報酬は与えているのだから、あなたたちも殺されたくなければ……死ぬ気で私と商会に尽くしなさい、いいわね?」


 甲板(かんぱん)にいた部下らに、二人の死体を処理しておくよう命じ、船内へと戻っていったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

作者のモチベーションに繋がるので。

続きが気になる人はこの作品への

☆評価や ブクマ登録を 是非よろしくお願いします。

皆様の応援の積み重ねが欲しいのです。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ