48話 アズリア、商会の事情を聞き出す
その変わり身の早さに少しばかりアタシは呆れながら、石畳に額を押し付けて謝罪を続ける男の頭をを無理やり引き起こし。
「なら……聞かせてもらおうか、ルビーノ商会について知ってることを全部だ。何しろアタシはつい昨日この街に来たばかりなんで……ねぇ」
一度、男の頭を無理やりアタシの拳を喰らい吹き飛んだ男へと向け、まだ起き上がってこない様を見せてから目を細めて凄んでみせると。
「……は、はいぃぃ!」
男は驚くほど饒舌に、ルビーノ商会の事を話してくれたのだった。
ルビーノ商会。
海運による貿易で成長したグラナード商会とは対照的に、アーラロッソという女商会長の辣腕によってこの島に大小ある鉱山の開発でこの街に地盤を築き上げた商会であり。
採掘や運搬などに冒険者を使うことが多かったため、ルビーノ商会は有能な冒険者を専属で数多く契約しており、商会の勢いと相まって「ルビーノ商会と契約した冒険者」が大きな顔が出来るようになっていた。
……ちょうど、この男たちのように。
だが、ただ商会の勢力が強いだけで大きな顔が出来る、というならばグラナード商会も同じ立場のはずだ。
だから、商会の勢い以上に冒険者らを調子づかせる要因について、アタシはすっかり饒舌になった男に確信を問うのだった。
つまりは、剣匠卿の存在を。
「なあ……噂で聞いただけなんだが、アンタらルビーノ商会の背後にゃ、何でも有名な剣士とやらがいるってアタシゃ耳に入れたんだけどねぇ」
「あ、ああ……竜殺し様のコトか。確かにあの人がアーラロッソ様に世話になってから、オレらも随分と仕事がやりやすくなったがな……」
「ふぅん、竜殺しとは大層な二つ名じゃないか。一体どんな剣士なんだい、ソイツは?」
冒険者や傭兵には時折り、自分が成し遂げた偉業や悪評によって本来の名前とは別に二つ名が付けられることがある。
アタシが傭兵をしていた時に、出身であったドライゼル帝国の軍を散々に引っ掻き回してやったことから、クロイツ鋼製の真っ黒な大剣と鎧に因んで「漆黒の鴉」などという二つ名で呼ばれた、なんて話もあったか。
「お、オレも詳しくは知らねぇ?……だが、噂じゃ一流の剣の腕に加えて、どうやら魔剣の持ち主らしい……ってコトくらいだっ」
どうやらアタシが討ち倒そうとしている相手は、さぞや立派に成長した竜属を討伐したのだろう。
確かに黄金蜥蜴や飛竜、海竜なども竜属に分類されることもあるのだが、この辺りを倒したとしても「竜殺し」を名乗ることはまず許されない。
もっと希少で、もっと強大な力を振るう純粋な成竜を討伐するのが必要とされるのだ。
それに、魔剣まで所持しているのだから驚きだ。
魔剣とは、俗に魔術師が武器に魔力を付与して製作する魔導具とは根本的に違い。
既存の魔法では製作することの出来ない特殊な効果を秘めた武具が呼ばれる名称なのだ。
前者の例が、シルバニアで遭遇した1等冒険者の持っていた風の魔力が付与された聖銀製の刺突剣であり。
後者の例が、コーデリア島で神聖帝国が魔王を打破するために用意された、漆黒の鹿杖がそれに当たる。
男の話を聞いて興奮を抑えきれなかったのか、思わずアタシの口から言葉が漏れる。
「(ボソリ)……しかも、あの漆黒の鹿杖相当の魔剣持ちかい。こりゃますます相手にとって不足はない、ってコトさねぇ……くく」
「な、何か物騒なこと言ってねえか、姉さん?」
アタシが小声で漏らした言葉は嘘偽りのない本音だったのだが。
今、ルビーノ商会と繋がっているこの連中に、剣匠卿への敵意が知られてしまうのは不味い、と思い。
思わず口を覆い、慌てて男を誤魔化すような心にもない発言をするしかなかった。
「あ……い、いや何でもないんだよッ?ほら、アタシもこの街に来たばかりだからさぁ、そんな有名な剣士サマがいるなら、是非ともルビーノ商会に口添えしてもらいたくてねぇ?」
すると、男は意外な提案をアタシへと持ち掛けてきたのだ。
「な、なら姉さん、オレらが見つけたことにして商会に雇われてみる気はねぇか?」
まさか、誤魔化した時の言葉を間に受けて、先程は殺意まで向けてきたアタシを商会へと勧誘してくるとは思わなかったが。
アタシは即答を避けて、少しばかり皮肉を込めて男が報復を匂わすという推測を返していくと。
「……イイのかい?アタシはルビーノ商会雇われのアンタらを殴ったんだ。この後、商会のお偉いさんにアタシのことを報告するつもりなんだろぉ?」
「い、いや、そんなことは……そ、それより、姉さんほどの腕前なら商会も歓迎だからよ、な?なっ?」
男の反応から、どうやら図星だったようだ。
この調子ならば、アタシが勧誘を断ったなら今推測した通りに男は商会の人間にアタシの事を報告するだろう。
アタシは、チラッと斡旋所のある方向を見る。
路地裏からでは斡旋所の内側は覗けないので、懸念材料であるユーノを含めた四人組の顔を見ることが出来ないし。
レーヴェンがどの程度の難易度の依頼を、カサンドラら三人組に持ち掛けたのかは確かに心配ではある。
だが、そのために彼女らには、わざわざ冒険者登録までしたユーノを同行させているのだ。
「……ユーノがいるなら、アイツらも大丈夫だよね」
アタシが心配しているのは、人間だらけの街に初めて放り出されたユーノの立ち振舞いだけで。実力、という意味ではこれ以上ないくらいユーノの能力を信頼している。
寧ろ、街中での振る舞いについてはアタシなんかよりもカサンドラやファニーらを見て色々と学んで欲しいとも、実は思っていたりする。
男からルビーノ商会の抱える事情を聞くには聞けたが、連中が獣人を捕まえて売買する組織とどう繋がっているのか、肝心な部分は一切聞き出せなかったのだ。
男の勧誘に乗って、商会に潜入するか。
男の勧誘を断って、商会の報復を待つか。
少しばかり考えたが。
────アタシは決断する。
「わかった、アンタの話に乗ってやるよ。アタシをルビーノ商会に紹介してくれるんだろ?……なら、早速案内してくれよ、ほらッ」
商会の出方を待った場合、ユーノやカサンドラらにも迷惑がかかるかもしれないし、連中が動いたことでアタシとレーヴェンが繋がっているのがルビーノ商会に露呈する可能性がある。
だからアタシは、敢えて男の勧誘に乗ることを選択したのだ。
「そ、そうかっ!……いや、これでオレもカサンドラを勧誘し損ねた失敗をチャラに出来るぜっ……」
「お、おい、あの倒れたヤツは放っておいてイイのかよッ?」
「構わねえ、後で治療院に運ぶ手配はしといてやるさ。それより姉さんを早く商会に顔合わせさせるほうが先だっ」
アタシが首を縦に振ったことに気を良くした男は、まだ立ち上がる気配すらないもう一人の男をその場に放置して、アタシをルビーノ商会の人間が待つ場所へと案内していくのだった。




