46話 ユーノ、依頼を確認する
カサンドラの代筆により、登録に必要な板書を全て記入し終え、それを確認する受付係。
「はい。割符もありますし、ユーノさんの冒険者登録はこれで完了です」
「え、それじゃボク……?」
板書の確認を終えた受付係が、無事ユーノの登録を完了した旨を告げると。
「そう、今からユーノ様は私たち三人と同じ冒険者仲間……よろしくお願いする」
「へへ、これでユーノ様と一緒に戦えるってえワケだ」
ユーノの両脇からファニーとエルザが声を掛けられてようやく不安げな表情が一転し、晴れやかな笑顔に変わる。
「さぁてと……それじゃ早速仕事を受けたいんだが。なぁ、オレたち宛ての依頼書がここに届いてないか?」
「え?……エルザさんたち宛ての依頼ですか?」
斡旋所の中には、羊皮紙や板書での仕事の依頼内容が壁に貼り出されており。
登録を済ませた冒険者はその中から自分の腕で完遂出来そうな依頼を選択し、斡旋所の所員に依頼を引き受けるというのが一連の流れなのだが。
どうやら、カサンドラがユーノを冒険者登録するために代筆をしていた暇な時間に、残りの二人はレーヴェンが用意した依頼とやらが貼り出されていないか探していた。
だが、それらしき依頼書は見つけることが出来なかったので、直接話してみることにしたのだ。
「……ちょ、ちょっと待ってて下さいね、それらしき依頼書が届いてないか確認してきますのでっ?」
すると、受付係の若者は慌てた口調で席を立って奥へと引っ込んでしまう。
どうやら、奥に待機していた別の職員がエルザと話していた受付の若者を、手招きで呼び込んでいたのが見えた。
なかなか席に戻ってこない受付係の若者。
一旦、時間が空いた獣人らは、どんな依頼内容なのか想像を巡らせ、好き勝手なことを語り出し始める。
「私たちの腕前を見るためだ、と言っていたけど。果たしてどんな内容なのか……緊張する」
「あはは、ファニーの気持ちもわかるよ。成功させればあのレーヴェンさんに人脈が持てるって事だもんねえ?」
「まあ、オレは手強い相手と戦わせてくれるなら大歓迎だけどな、モーベルム近海に出没する海竜とか……島の中央の山に巣食う飛竜とかさ」
「うげげっ……全部竜属じゃないか、エルザぁ……強い相手っていっても限度ってモンがさ」
そして、ユーノはというと。
そんなエルザとカサンドラの会話を獣耳をピョコンと立て、口を挟むことなく黙って聞いていた。
まさか海竜と飛竜、その両方ともコーデリア島にいた時に既に何度かユーノただ一人で倒したことがある……などと言える雰囲気ではなかったからである。
ついでに言えば、受付の若者を呼び込んだ職員がユーノたち四人を値踏みするような視線を向けていたのが気になっていたのもある。
黙っていたままのユーノを余所目に、盛り上がっていた二人の会話を遮ったのは、ファニーが手を叩く音だった。
「ほら二人とも、もしもの話は終わり……戻ってきた」
「……あれ?さっきのひとじゃないよ?」
斡旋所の奥から戻ってきたのは、ユーノの登録を担当してくれていた若者……ではなく。
身なりの整った年配の男性であった。
そしてその男性の手には、封蝋が施された羊皮紙が握られていた。
「お待たせ致しました。いや、まさかあのグラナード商会長があなたたちを名指しで、個人的な依頼をしてくるとは……」
「それが依頼書だね、それじゃ内容を確認しようじゃない……」
その男性は、ユーノら四人に対して明らかに猜疑的な視線を向けていたのだ。
エルザが封蝋された依頼書を受け取ろうと手を伸ばすが、彼女の手が空を切る。
男性がこちらに手渡す筈の依頼書を引っ込たからだ。
「失礼ですがその前に。商会長とあなた方との間に、一体どのような経緯があったのかお聞かせ願えますか?」
「は、はあ?……い、今まで何度となく依頼を受けてきたけど、そんな事聞かれたことなかったのにっ?」
いきなりレーヴェンとの関係性を追及され、困惑し返す言葉に詰まるカサンドラら。
彼女ら三人は、アズリアとレーヴェン、それに領主カスバルの「獣人売買の組織を一網打尽にする」計画を聞いていただけに。
今ここで、レーヴェンとの関係性を勘繰られるわけにはいかず必死に誤魔化そうとするが。
「────答えられない事情でも?」
男性は冷たく、容赦ない追及を止めない。
それはまるで、カサンドラらが脅迫その他不当な手段でレーヴェンへ依頼を強要したかのような悪意が男性の言葉と態度に含まれていた。
その一言で萎縮し、肩を落としてしまうカサンドラ。
先程、板書を代筆してくれたカサンドラにそのような言葉を浴びせてくる目の前の男性の態度に、どうにも我慢がならなかったユーノは。
「……かいぞくを、ボクたちがたおしたのっ!」
そう大声で、レーヴェンとの出会いを男性に訴えるのだった。
男性も、最初はユーノが何の事を言っているのか理解が出来なかったのだが、先日モーベルムに到着したグラナード商会の商船が海賊の襲撃に遭い、多数の被害を出しながらも何とか帰還し。
確か、その直後に海賊「海竜団」の賞金首が取り下げられたのを思い出したのだ。
ガタン!と座ってた椅子から立ち上がる男性。
「ま、まさかっ?い、いや、辻褄は合うかもしれないが、そ、それでもっ!……こ、こんな小さな獣人族の少女が、あの海竜団を?」
ようやく頭の中でユーノが言った内容と状況が組み合っていくにつれて、自分が独断で取った行動がどれ程の無礼な行為だったのかを認識すると。
今や額にびっしりと玉のような汗を浮かべ、すっかり動揺する年配の男性。
「……斡旋所にこのような扱いを受けた事は、後でレーヴェンにしっかりと報告しておく」
「そ、そそそ、それだけはか、勘弁して下さいっっ!……お願いしますっ!お願いしますうぅぅっ!」
ファニーのその言葉が駄目押しとなり、最初はあれだけ高圧的であった男性の態度は完全に崩壊し。
四人と男性の間に置かれた受付用の机の上に、額を何度も打ちつけながら頭を下げて謝罪の言葉を繰り返してくる。
もちろん、レーヴェンからの依頼書も今度は渋ることなくすんなりと受け取ることが出来た。
「さっさと渡せばいいんだよ……さて、と。それじゃ依頼の内容は、と……」
まだ机に顔を伏せた職員の男性を放置して、封蝋を剥がして四人で依頼書の内容に目を通していく。
もちろん、文字の読めないユーノが見ても内容は理解出来ないだろうが、そこは雰囲気というものだ。
レーヴェンが彼女ら三人に課した依頼の内容。
────それは。




