45話 ユーノ、港街の冒険者となる
男二人を無理やり連れて、斡旋所から姿を消したアズリアが心配なのか、出入り口を何度も気にしているカサンドラだったが。
「だいじょうぶだよカサンドラちゃんっ! アズリアお姉ちゃんはつよいからっ、あんなよわそうなニンゲンなんかにまけないよっ」
「だと、いいんだけど……」
そんな彼女の視線に割り込むように、拳を繰り出したり蹴りを放つ仕草を取ってみせるユーノ。
もちろんユーノは、コーデリア島でのアズリアの獅子奮迅ぶりを目の当たりにしているから出る言葉なのだが。
アズリアの実力のほどを知らない彼女ら、特にカサンドラは今回のやり取りが自分が原因であるだけに、余計に心配してしまうのだろう。
「確かに。これから剣匠卿を相手にすると豪語した人間が、あんなチンピラ二人に手間取ってるようじゃ……正直困る」
ファニーも、渋るカサンドラの説得に回り。
ようやく状況が掴めずにまだ困惑している受付の若者へと話を通すことが出来る。
「あ、あのぉ……」
カサンドラと同様に、まだ心配なのか出入り口をチラチラと何度も心配そうに見ながら、衛兵を手配したほうが良いかと打診してくる受付の若者だったが。
「先程の方、何事もなければよいのですが……念のために衛兵に声を掛けておいたほうが良いのでしょうか?」
「ああ、あっちは気にしなくていいぜ?……それより、こっちはさっさとユーノ様の冒険者登録を済ませちまいたいんだけど」
それを面倒くさそうに手をパタパタと払い、本来の目的を済ませてしまおうとするエルザだった。
「……え、えっと。エルザさんたちは確か、斡旋所へは三人で登録されてましたよね?……ということは、新規の四人目を集団に加入させるという手続きで、ですか?」
「まぁそういうことだな」
気怠そうなエルザの返事を聞いて。
一度受付の奥に行き、色々な品物を抱えて戻ってくるのは受付係の若者が長机に着席し、自分らの前の椅子に四人を招き入れる。
「それでしたら……その新しい四人目、ユーノさんの登録をこちらでお願いしたいのですが」
「はいはーいっ、ボクはなにをすればよいの?」
ファニーに案内され、ユーノが椅子に着席すると対面に座る受付係の若者が片手を差し出してくる。
「まずは割符で身分の確認を。それが済みましたら、こちらの板書にあなたの名前と種族、それと得意分野を記入してもらいます」
「あ……わりふって、お姉ちゃんにもらったやつだ!」
ユーノが自分の懐に手を入れ、取り出したのはアズリアがレイチェルから貰っていた割符だった。
その割符を手に取り、若者はユーノが正当な方法でモーベルムに入ったのかどうかを確認していく。
周囲が海に囲まれ、街を取り囲む城壁のないモーベルムでは、賞金首や海賊などの犯罪者などが街に入り込まないよう、街に入った際にこの「割符」を身分証代わりに手渡される。
モーベルムでは、昨晩の歓楽街で屋台で折包焼きを買った時ですら、割符を見せなければ購入は許されないという徹底ぶりなのだ。
「ふむ……確かに割符はこの街のもののようで問題ありません。それでは、こちらの板書にユーノさんの名前などを記入して下さい」
受付の若者が、ユーノの目の前に既に文字が記された木の板を置く。
先程、アズリアが寝ていた部屋でレーヴェンがカスバルに書かせていた契約書は、動物の皮をなめして製作される羊皮紙が使われていたが。
あまり重要でない記録には、木の板に文字を記す板書が使われているようだ。
だが、ユーノは用意された鳥の羽根の付け根を削った筆を握ることもせず、目の前の板書を指差して首を傾げながら。
背後にいたファニーたちへと振り返り。
「これ……どうするの?」
「え?」
困った顔をしながらユーノの口から出た言葉。
それに、ファニーら三人は硬直した。
────まさか、もしかして。
カサンドラ、エルザ、そしてファニーの三名の頭にとある可能性が思い浮かんだのだが。
カサンドラは族長であるユーノに畏れ多く。
エルザは力比べで負けた手前、それを口には出せなかったのだが。
唯一、ユーノに遠慮のないファニーはその可能性を口にしていく。
「ま、まさかユーノ様……文字が、書けない?」
「もじ?……んーと、なにそれ?」
何の悪気もなく、あっけらかんとした表情で文字が書けないことを告白するユーノ。
その一言で、ファニーだけでなく受付係の若者も頭を抱えてしまう。
ちなみに、魔王領に住まう魔族や獣人族らの全てが文字を活用していなかったわけではない。
人間との交渉事や魔王領の食糧事情などを管理するアステロペやレオニールなどは、普通に文字の読み書きが出来ていたし。
羊皮紙の材料となる動物があまり生息していないために、食糧にならない草から作られた草紙が使われていたからだ。
つまりは。
ユーノが文字の読み書きが出来ないのは、ただ彼女が文字が必要となる役職ではなかったためにしっかりと学んでいなかっただけなのだ。
すっかり困り果てた三人を見て、文字が書けないことで彼女らを困らせていると感じ取ったユーノもまたガックリと肩を落として顔を曇らせていく。
そんな雰囲気を変えたのは、受付の若者が続けた言葉だった。
「……ま、まあ、人間であれば文字の読み書きが出来ない時点で冒険者登録をお断りしているところですが……獣人族の場合は特例がありますので、その……誰か代筆をお願い出来れば」
その内容は、暗闇に差した一筋の光だった。
三人組に笑顔が戻る。
「か、代わりにユーノ様の情報を記入出来たらよいのだなっ!」
「……は、はい。一応、この街ではそういう規則になってますので……はい」
ユーノはまだ何を言われたのか、その内容を理解出来ずに落ち込んだままであったが。
若者に何度も念を押して確認を取っていたカサンドラがそのまま代筆を続けながら。
「あの、ユーノ様はどんな戦い方が得意ですか?」
「え、えっと……ボクは、だいちとやみのまほうをつかいながら、てきをぶんなぐる……かな」
板書の内容を埋めるために、カサンドラはユーノに質問を続けていき。
ユーノが頼りなさげに答えたその通りに、カサンドラは板書にその情報を書き写していく。
「もう!……そんな顔しなくても大丈夫ですよユーノ様っ、もしダメでもオレが何とかしますから!」
「ほ、ほんと?」
カサンドラが難しい顔をしながら筆を動かしていく姿を覗きながら「もしかしたら冒険者になれないかも」と不安そうな表情を浮かべるユーノに、エルザは笑顔を向けると。
「ええ……これでようやく一つ、助け出してもらった借りを返すことが出来ます」
敢えて振り向くことはなかったが。
カサンドラが小声でボソリとそう呟くのだった。




