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3話 アズリア、女将の頼みを引き受ける

 幸いにも旅の途中に野盗や魔物の襲撃もなく。

 オログとアビーは途中、何回か御者を交代しながら、そうやって何度か野営を繰り返すと、馬車に乗せてもらってから5日目の日が傾きかかった頃、ようやく荷馬車の目的地の宿場町が見えてきた。


 つい先日まで滞在していたシルバニア王国の木造の建物とは違い、この町の建物はすべてが切り出した石を積み上げて築かれていた。

 確かに、自然に生えている樹木の少ないメルーナ砂漠一帯の環境ならば、木材は貴重な資源になるのだろう。

 だから代わりに石材が使われているのだ。


「見えてきたぞ。あれがメルーナ砂漠の入り口、アウロラの宿場町だ。本来なら宿場町だから名前はないが、俺たちは勝手にこう呼んでる」


 どうやらこの町を仕切ってる宿屋の女将の名前で呼んでいるらしい。行商人たちがその人の名前で町の名を呼ぶくらい世話になっていると言っているのだから、悪い人ではなさそうだ。

 国境の砦から馬車で5日間、黒パンと肉しか食べてないアタシとしてはとりあえず、町について新鮮な野菜や果物を口に出来るならとりあえず何でもいい。


 やがて馬車が町に到着し、そのアウロラの宿屋の前に馬車を止めてその日の寝床を確保しようとする。

 一階は酒場となっているが、客はほぼ旅人ばかりで町の人の姿は見えない、といった客の入りだった。


「おーいアウロラぁ!早速で悪いが部屋を二つ、俺とアビーの分、それと途中で一緒になった姉ちゃんの分だ」


 行商人らの声に反応したのは、カウンターの向こう側で何やら慌てている女性がアウロラなのだろうか。 

 マリアンヌと同じくらいの年齢に見えるが、こちらは黒髪で何とも守ってあげたくなるような母性味溢れる容姿をしていた。正直、もっと我の強そうな人物を想像していただけに想像していたアウロラ像とあまりに違うのに驚いていた。

 ……だが、さすがに酒場が混雑しているわけでもないのにあの慌てぶりはちょっと様子が変だ。


「……なぁアビー。何かあの女将さん、様子が変じゃないかい?」

「……姉ちゃんもそう思ったか。いや鋭いな、初めてなんだろこの町は」

「……んー、女の勘ってヤツだね」

「……おお、女の勘ってヤツは怖いねぇ」


 あまり訝しげな会話を周りに聞かれたくなくて顔を近づけて口に手を当てながら、互いにしか聞き取れないくらいの小さな声でアビーに確認を取ってみた。

 どうやらアタシが感じた疑念は宿を確保しようとアウロラに話しかけたオログも同じだったみたいで、


「おいアウロラ、何かあったのか?……なんかやたらバタバタ焦ってるように見えるが……」


 すると、彼女はこちらを手招きしてカウンターの奥へ呼び寄せた。どうやら酒場の客には聞かれたくない事情のようだ。

 悪い人ではなさそうだし、まずは事情を説明してもらいたい気持ちが強かったのでまずは彼女の話を聞いてみることにした。


「……熱砂病⁉︎」

「シーッ!……声が大きいですよ。そうなんです、町の子供が一人その熱砂病にやられてしまって……今町の人間が総出で薬を確保しようとしてるんです……」


 熱砂病。

 砂漠特有の病気で、体内の魔力を浪費しながらひどい高熱に侵される。しかも薬を飲むまで症状が治ることのない厄介な病気だ。

 当然ながら薬を飲まなければいずれ死に至る。


「ということは、薬は用意出来るのか?」

「薬の材料は町にあるものを集めれば何とか用意出来る……と言いたいとこなんですが……一つだけたりない物が……」

「それで町の人間が誰も酒場にいなかったわけだ」

「で、その足りないあと一つって?」

「……朝露草の滴、です」


 憔悴した顔のアウロラと、それを聞いて「あちゃー……」という表情で互いに顔を合わせるオログとアビー。


「いや間が悪すぎた。俺たちも朝露草を仕入れに砂漠に来たから今は手持ちがないんだ」

「……やはり、町の男たちに行ってもらうしか」

「ん?それなら別に問題ないんじゃないか?」

「あるんだよ姉ちゃん。朝露草が自生する場所には必ずと言っていいほど住み着いてる厄介な魔物がいるんだ」

「……そいつの名は、砂漠の王(アントリオン)


 ソイツの名前には聞き覚えがある。前に一度砂漠に来た事があるが、砂漠を彷徨っていた際に襲ってきた魔物が、後でその名前で呼ばれているのを知った。

 確かに厄介な魔物だった。

蟻地獄が巨大化した姿のヤツは砂場の真下から急に襲ってくる。無理に接敵しようとすると、すり鉢状の蟻地獄の中に足を踏み入れないとならず。外皮が堅いので外から弓で狙っても大概はその外皮で弾かれてしまう。本当に戦いにくい相手だった記憶しかない。


 目的はあくまで朝露草の採取だ。

 だが、もし採取前にアントリオンと遭遇してしまえば、多分町の男じゃ餌になるのが目に見えている。

 だが、朝露草がないと熱砂病の子供が死ぬ。


 そうか……今この町で朝露草がなくて困っているなんて噂が出回ったら、金になると勘違いした旅人が朝露草を先に確保しようとするかもしれない。

 それで朝露草を確保出来るなら、彼女にとっても悪い話ではないのだろうけど。問題は採取しに行った人間の身の安全と、採取した朝露草を必ずしもこの町に届けてくれるわけではない、ということだろう。


「……はぁ、ホントはすごく気乗りしないんだけどね。その採取、アタシが行くってのはどうだい?」


 仕方ない。子供が病気で苦しんでいて、アタシはそれを何とか出来る力がある。

 なら助けてあげたい。


「……え?ほ、本当にあなたが朝露草の滴の採取を?」

「条件は二つあるんだけど」

「……ええ。私とこの町で出来ることなら」

「一つは出掛ける前に美味い飯が食べたい。それと……帰ってきたら美味い飯でアタシを迎えて欲しい。出来る?」

「……え?……そ、そんなことでイイの?朝露草ってものすごく高価なものなのよ?」

「余分に採った分は普通に買取ってもらうよ、そういう金勘定は苦手だからさ。それに……今は子供の生命がかかってんだろ?」


 とアウロラに声を掛けた途端に、彼女はいきなり泣き崩れてアタシの手を握りしめてきた。


「……熱砂病の子供って、うちの息子なのよ。身内のために町の人間に被害が出ると思ったら怖くて……怖くて、でも気丈に振る舞ってた……だって町の人も私の息子も同じくらい大切だから……母親だもの……」

「……よく頑張ったね。自分の息子が病気ならホントはずっと息子のそばにいてやりたいだろうに」

「だから……頼まれてくれて本当に感謝してる。ありがとう……まだ名前もしらない女の人」

「ああ、そうか。まだ自分の名前も話してなかったっけ」


 少しだけ彼女(アウロラ)に笑顔が戻った。

 そりゃ息子の命と町の人の命をずっと天秤に掛けての苦渋の決断を迫られ続けていたんだ。

 しかも目の前に息子の命が尽きるまでの砂時計を置かれたままで。

 大丈夫だよ、アウロラの息子の生命は絶対に助けるから!

「熱砂病」

大陸南西部に広がるメルーナ砂漠の砂は非常に細かく、微量ながら火属性の魔力を帯びている。それを吸い込み息袋に蓄積されていくと、火属性の魔力に弱い人間には毒となり、主に高熱という悪影響を出してしまう。

その悪影響が、熱砂病の原因と正体であり。魔力に対抗しうる治療手段がない場合は高熱が続き、やがて衰弱し死に至る。


特効薬として朝露草(アクオリラ)が必要となるのは、この植物が火属性と対抗する水属性の魔力を帯びているからである。

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