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42話 アズリア、三人組を利用する

 そこからのレーヴェンの行動は素早いものであった。

 部屋に備えてあった机と椅子にカスバルを着席させ、有無を言わさずにカスバルの口約束をそのまま羊皮紙へと落とし込んでいく。


「な、なあ、レーヴェンよ、何もわざわざ書面に落とさなくても……」

「いえ、こういった内容は商売柄、どうしても形に残しておかないと信用出来ないのですよ、ふふふ」


 ……思えば、ずっと温和な笑顔を浮かべていた彼であったが、カスバルに羊皮紙を書かせていた時の目は笑っていないように思えた。

 カスバルの署名と指印を押され、完成した契約書を満足気な笑顔で見るレーヴェン。

 それとは対照的に、そんな彼の尋常でない圧力を受け続けながら署名し終えたカスバルはというと、腰を下ろしていた椅子の上で完全に脱力しきっていた。


 その姿を見てアタシは、余程のことがない限りはレーヴェンを怒らせまい、そう思った。

 カスバルとの交渉事を済ませたレーヴェンは、いよいよアタシに肝心要(かんじんかなめ)である獣人売買の実態を炙り出す方法を尋ねてくる。


「それでアズリア君。具体的にはどう動くつもりなのかね?……カスバルと違って私は最初から君たちの支援をするつもりだが」

「ああ、それについてはちょいと良い案があってね……少し耳を貸してくれないか、レーヴェン?」


 その方法は思いつきではなく、カサンドラら三人組を救出し、彼女らが冒険者としてこの街(モーベルム)を根城にしていると聞いた時点で既に構想があった。

 だからアタシはその方法を、レーヴェンの耳元を手で隠しながら周囲に漏れないよう小声で話していった。


 その内容を聞きながらふむふむ、と何度も頷きながら聞いてくれていたレーヴェンだったが。

 アタシが語り終えるや否や、(あご)に手を当てて少しばかり難しい顔を浮かべてくる。


「ふむ、それは確かに面白い発想だ。着想点もいい、素晴らしい方法だと思います……ですが、一つ問題が」

「ん?何かこの案に問題でもあるかい?」

「その方法を実行するには、アズリア君やユーノ君が助け出したあの三人の獣人族(ビースト)の実力を私が知っておかなくてはならない」


 確かに、レーヴェンのいう事はもっともだ。

 実はアタシもまだ、カサンドラやファニー、そしてまだ会話をしたことのないエルザが冒険者をしている、とだけ聞いたのみで。

 彼女らの実力の程を一切知らないのだ。


 人間より筋力や瞬発力、感覚の優れた獣人族(ビースト)だということでアタシは一方的に「強い」と思い込んでいたが。

 考えてみれば、彼女らは獣人売買を企む連中に囚われの身となっていた、ということは人間に遅れを取った事に他ならない。


 レーヴェンが懸念しているように、彼女らがあまりに弱いようだとアタシが提案した作戦は瓦解してしまう。

 さて、彼女らの実力を示すにはどうしたものか。


「……何を企んでるのかは知らんが、あの獣人族(ビースト)の冒険者の実力を試したいなら、斡旋所にレーヴェン(おまえ)名義で適当な依頼を発注すればいいだろ?」


 すると、椅子で脱力しきっていたカスバルが横から意外な提案をしてきたのだ。

 この街(モーベルム)この国(コルチェスター)の冒険者の仕組みを知らないアタシはともかく、どうやらレーヴェンにもその発想はなかったらしく。

 

「そうか……一度、こちらが必要とする実力がなければ達成出来ない依頼をグラナード商会の名指しで出せば……」

「名指し依頼は良い手だが、まだグラナード商会が関与していることは明言しないほうがいい」

「あはは、何だ、口ではあんなコト言っておきながらホントは手を貸してくれる気あるんだねぇ……ありがとな、領主さまッ」


 まだ剣匠卿(ソーディアス)を打倒してないのに、さすがはレーヴェンの友人だけあって黙ってられなかったのだろう。

 そんな意固地なカスバルの肩をアタシは、感謝の言葉とともにやんわりと揉んであげていると。


「……ふ、ふんっ、私とてこの街(モーベルム)の領主だ。人間も異種族も関係なく、定められた法を破る連中を看過出来ない、それだけだっ」


 と、レーヴェンやアタシから顔を背けながら吐き捨てるようにそんな台詞を言ってのけるカスバル。

 思わず顔を覗き込みたくなる気持ちが湧き上がるが、下手な事をして気持ちを損ねられても後が怖い……ここはグッと堪えておくことにした。


「あ、あの……ちょっといいだろうか?」


 そこに割り込んできたのは、まさに今話題に上がっている獣人(ビースト)三人娘の一人、カサンドラであった。


「確かにあたしたちは冒険者だった(・・・)し、グラナード商会から名指し依頼なんて名誉なことを断りたくはないのだけど……」

「……捕まった時に装備のほとんどを強奪されて、今の私たちは無力に等しい」


 それに鹿の角を生やした鹿人族(ケルウス)の少女にして魔術師のファニーまでが参戦し、自分らの置かれている窮状を訴えたのだった。

 まあ、そんなことはアタシも想定はしていたので。


「なあ、レーヴェン……アタシに渡すはずの百枚の金貨とかって報酬を割いて、この連中に必要最低限のな装備を見繕ってやれないかねぇ?」

「え?お、おいアズリア……いくらお前が海賊を倒したからって、そこまで図々しいお願いは……」

「確かに……装備のない状態で実力を問うのは少々酷な話ですからね。わかりました、彼女らにはアズリア君の提案通りにこちらから資金と装備を用意しましょう」

「ああ、よろしくお願いするよレーヴェン」


 アタシは困惑するカサンドラたちを他所目(よそめ)にレーヴェンと話をどんどんと進めていき。

 書類の準備やその他色々とやらなければいけないことが山積みなのだろう、レーヴェンは椅子に座っていたカスバル、そして大勢の使用人や給仕を連れて足早に部屋を立ち去っていく。


 扉がパタンと閉められた後、困惑しながら黙っていた彼女らがようやく口を開く。

 カサンドラなんかは同時に座り込んでしまっていたが。


「……は、はは、腰が抜けたぜ……でも、あのグラナード商会があたしたちの装備の補填までしてくれるなんて……嘘だろ?」

「これもアズリアのおかげ。でも、どうして私たちにここまで?」


 そんな三人組の彼女らに、アタシはにやりと笑いかけながら、目線をユーノへと移す。


「そりゃ当然さね。だって、これからアンタら三人にゃユーノと集団(パーティー)を組んで一緒に依頼を受けてもらうんだからねぇ」


 一瞬の静寂が部屋を包む。

 何故か無反応のエルザは別にして、カサンドラとファニーの二人が、アタシとユーノの顔を指差し、交互に見やりながら。

 

「「────はぁぁあああああっ⁉︎」」


 二人が綺麗に声を揃えて驚きの声を上げ。

 その絶叫が今はアタシらしかいない部屋の中に響き渡るのだった。

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