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40話 アズリア、領主に鎌を掛ける

 アタシを寝床(ベット)へと押し倒した当のユーノはというと胸に顔を埋めながら、起き上がりたくてもアタシを解放する気は微塵もないようだ。


「コホン……あー、話を続けたいのだが、よいかね?」


 その様子を見て、話を再開したいカスバルは何度目かの咳払いをする。

 アタシは溜め息を一つ吐いて起き上がるのを諦め、寝床(ベット)に寝転がりユーノに抱きつかれたままで返答する。

 

「悪いね、相棒はこの通りの性格なんでねぇ。こんな体勢のままだけど勘弁してくれるかい?」

「まあ……君が何故、獣人売買に手を染める危険な連中に立ち向かうのかの動機はよく分かったよ……コホン」


 アタシと会話を続けるカスバルが、何故か気まずそうにこちらから視線を外す。

 その態度を妙に思い、頭を持ち上げて部屋の周囲を見回してレーヴェンや部屋に入ってきた他の人間の様子を見ると。

 部屋にいたほぼ全員がアタシからあからさまに顔を逸らしていたのだ……幾人かは顔を真っ赤にしながら。


 周囲の態度の異変を、アタシが不思議そうに眺めていると。

 皆と同じく顔を真っ赤にしたカサンドラと、相変わらず冷静な顔のファニーがそんなアタシに声を掛けてくる。


「い、いやさ……アズリア。ユーノ様と仲がいいのは充分理解したから、その……薄着の女二人が寝床(ベット)の上で抱き合ってるのは、し、刺激が強すぎるんじゃないか?」

「正直言って、アズリアはもう少し肌を隠すべき」

 

 そう二人に指摘をされて、アタシは改めて自分とユーノの状況を確認していくと。

 確かにアタシは鎧を脱がされていたので、普段街中を歩く時よりも薄着……かろうじて胸と下半身を布一枚で隠している半裸に等しい状態だった。

 しかもユーノがアタシに抱きつき、胸に顔を埋めた際にその布地が半ばほど(めく)れてしまっていた。


 いくら水浴びや湯浴びで男女が肌を(あら)わにして接する機会が多いとはいっても、それは決して性的欲求が薄いという話ではないのだ。

 ……つまりカスバルを始め、顔を背けている連中は皆、アタシとユーノが寝床(ベット)の上で(じゃ)れあうのを見て性的興奮をしてしまったようなのだ。


 ……にしても、だ。

 アタシのような肌の白くない身体の大きな、可愛げのない女でも性的興奮を覚えるモノなのか、と思うのだったが。

 それでもカサンドラやファニーがわざわざ忠告してくれたのだ、この国(コルチェスター)ではそういった嗜好の持ち主が多いのだ、と無理やり納得していく。


「ゆ、ユーノッ?い、今すぐアタシから離れるんだよっ、ほ、ほらッ今すぐ?」

「……んもう、もうちょっとだけお姉ちゃんにぎゅーっとされてたかったなあ……ちぇっ」


 それを自覚したアタシは、慌てて胸の合間に挟まれて幸せそうな顔をしていたユーノを引き剥がしていくと。

 一瞬だけ不満そうな表情を浮かべるも、そこまで周囲の雰囲気を読めないわけでもないユーノは素直にアタシから離れてくれた。

 寝床(ベット)から起き上がり、ユーノによってずらされた布地を整えてから、気を利かせて目線を逸らしていたカスバルらにアタシは声を掛ける。

 

「……えーと、わ、悪かったねぇ。もうユーノも離れて胸も直したから、こっちを向いてくれても大丈夫だよ……」


 部屋にいた全員がおそるおそるこちら側に視線を戻すと、アタシが寝床(ベット)(ふち)に腰掛けユーノが飛び付いてくる直前の状態に戻っていたのを見て、深く息を吐いて胸を撫で下ろしていた。


 一度仕切り直し、となった雰囲気の中。

 最初に口を開いたのはカスバル、でなくレーヴェンであった。


「カスバル。私としては、生命の恩人でありこの街(モーベルム)の治安を考えれば、ここはアズリア君に全面的に協力をするのが妥当だと思うがね」


 どうやらレーヴェンの立場としても、獣人らに危害を加える不届き者をこの街(モーベルム)から一掃したいという意図があるようで。

 アタシの活動を支持すると宣言してくれたのだ。


「……うむむむ、いや、私も領主という立場上、彼女を支持しないわけにはいくまい。だが、しかし……むう」


 だが、どうやらカスバルにはまだ表だった協力を渋る何らかの理由があるようで。

 腕を組みながら目を閉じて、首をゆっくりと横に何度か振りながら何かと葛藤を繰り返していた。


 だから、アタシは知っている限りのこの街の事情でカスバルに鎌を掛けてみることにした。


「────ルビーノ商会、のことかい?」


 アタシのその一言に。

 カスバルだけでなく、レーヴェンまでもが目を見開き驚きの表情を浮かべていた。


「……驚いたよアズリア君。まさか、この街に到着したばかりの君が、獣人売買を企む連中から獣人(ビースト)を助け出したばかりか、ルビーノ商会にまで辿り着いていたとは……ね」

「その……ルビーノ商会の女狐も厄介には厄介だが、あの商会の裏にはあの男(・・・)がいるからな……迂闊(うかつ)には手が出せんのだ」

「……確かにね、商会長はともかくあの男(・・・)の存在は厄介です」


 どうやら、アタシの鎌掛けは予想以上の効果を上げたようだ。

 カスバルとレーヴェン、二人の口から揃って出てきた「あの男」という人物の存在が事態を複雑にしているようなのだ。


 都市の領主と貿易商が揃って厄介者扱いする立場と言えば、余程の権力者か、相当の無法者のどちらかと相場は決まっているが。

 こと、実力という話ならば魔王リュカオーン四天将の座に就くユーノならば大概の相手に劣る筈もない。

 問題なのは、権力を盾に自分の欲望を満たそうとする相手は、その権力によって白を黒に変えられるだけに余程タチが悪い。


 もちろん。

 アタシらだけならば権力の網にかかる前にこの国から脱出し、船でまた大陸を目指せばよいだけなのだが。

 この街(モーベルム)を拠点とするカサンドラら、それにグラナード商会を率いるレーヴェン、この街の領主であるカスバルなどはアタシのように都合が悪くなったから逃げ出す、というわけにもいかないのだ。

 残った彼ら彼女らに怒り狂った権力者の報復の手が伸びるのだけは、何としてでも阻止しなくてはならない。

  

「……はは、確かシェーラが馬鹿貴族の息子に誘拐された時もこんな感じだったっけ……何だか懐かしくなってくるねぇ」


 アタシは過去に一度、大陸の中央に位置するシルバニア王国で権力者である伯爵位の貴族に牙を剥き、激情のまま暴れ、迷惑を掛けまいと国を出奔した記憶がある。

 結局は、アタシが「師匠」と呼び慕う大樹の精霊(ドリアード)の後始末によって、残された人間に報復の手が伸びることはなかったのだが。

 一歩間違えていたら、アタシは自分を慕ってくれた人間を理不尽な報復で失っていたかもしれなかったのだ。


「……その男ってのは、一体誰なんだい?」


 だから、アタシは今度こそ自分一人で全てを決着するという覚悟を決めてから。

 謎の人物について、二人に言及していく。


 互いに顔を見合わせるカスバルとレーヴェン、どうやらその男の名前を口にするのを(はばか)っている様子だ。

 もしかしたら、カサンドラら獣人(ビースト)や使用人などに聞かれたくないのかもしれない。


 だからといって他の人間を部屋から追い出す真似はアタシには出来ないので、アタシは寝床(ベット)から立ち上がると、カスバルら二人の手を引いて部屋の外へと出ようとすると。

 それを手で制してくるレーヴェンだった。


「いや、アズリア君……この部屋で大丈夫です。多分この名前はこの街(モーベルム)にいる人間ならば全員が知っている人間ですので」


 続けてカスバルが、その重かった口を開く。


「────剣匠卿(ソーディアス)。それがルビーノ商会に囲われている男の素性だ」

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