39話 アズリア、領主と一悶着
そんな、抜け目のないファニーら三人組との会話を遮るようにアタシの前に進んで出てきたのは、レーヴェンと親しげに接していた見覚えのない初老の男性だった。
「話が盛り上がっているところ悪いが、こちらも暇な身ではないのでね。早速だが、まずはこちらの話を済ませてしまいたいのだが」
そう前に出てくる初老の男性に、驚くほど素直に引き下がっていくファニーやカサンドラ。
二人の態度から、この初老の男性もレーヴェンが代表のグラナード商会とやらの関係者なのだろうか、と考えていると。
アタシを値踏みするような目線を向けながら。
「ふむ……君がこの付近を荒らし回っていた海竜団を壊滅させてくれた、とレーヴェンさんから聞いたが……それは本当なのかね?」
と開口一番、アタシとユーノの戦果を疑うような失礼な発言をしてきたのだ。
彼がどのような立場の人間なのかは知らないが、カサンドラたちを押し退けて自分の都合を優先しようとする態度に不快感を覚えたアタシは。
「……なぁ。そんなコトを一々アタシに確認を取る前に、アンタがやるべきことがあるんじゃないのかねぇ?」
と、苛立ちを一切隠すことなく寝床から立ち上がったアタシは、無礼な態度を取る初老の男性のすぐ目の前にまで腕を組みながら近寄っていく。
初老の男性の背丈はアタシの胸ほどまでしかなかったせいか、完全にアタシに見下ろされる体勢となり。
「な、ななな……何だ君は一体っ、わ、私を誰だと思っ?」
「それを知らないから、アタシはまず『名乗れ』と言っていたつもりなんだけど。伝わらなかったのなら、悪かったねぇ……ッ」
すっかり動揺したのか声を上擦らせながら、アタシの顔を指差しながら自分の立場を主張してくるのだが。
いかんせん、アタシが知りたいのも彼が一体何者でどのような役職の人間かなのだ。
だからアタシはまず彼に落ち着いて話をしてもらいたいと思い、彼の肩に手を置いて。
少々、いや本当に少しばかり肩に置いた手に力を込めてみただけなのだったが。
「……ひぃぃぃぃぃっ⁉︎」
男性は悲鳴を上げながら両膝を床に突いて、アタシから目線を逸らして俯いてしまったのだ。
まるで許しでも乞うように身体の前で両手を握り合わせながら。
「そこまでで許してやっては貰えませんか、アズリア君。彼も悪気があって君にあんな発言をしたのではないのですよ」
さすがにこのままでは話が一向に進まないと思ったのか、このやり取りを黙って見ていたレーヴェンが口を開き、初老の男性へと助け船を出す。
「わかったよ……アタシだって売られた喧嘩を買っただけで、何もこの場で海賊の連中を斬り倒した時みたいに暴れてやろうと思ったワケじゃないからねぇ」
「あはは……そう言ってくれると助かります。何しろアズリア君ほどの豪傑を止める手段を私は持ち合わせていないですからね」
と言って、アタシは初老の男性の肩に置いていた手を退けて、後ろへと下がると。
寝床の縁に腰を下ろしていく。
一方、膝を突いて床に座り込んでしまっていた初老の男性は、レーヴェンが伸ばした手を借りて立ち上がると、尻や膝の埃を払い落として。
コホン、と咳払いをして仕切り直し。
「う、うむ……名乗るのが遅れたばかりに不快にさせたようて済まない。私はカスバル、この港街モーベルムの領主なのだが、一応」
ようやく初老の男性は名乗りを上げてくれたのだが。
その内容をアタシの頭は素直に受け取ることが出来ずに、口から出てきた言葉が「……へ?」という実に間の抜けたモノだったのだ。
「え、えぇと……レーヴェン、このおっさんはアンタのとこの幹部とかじゃ……?」
「いえ、残念ながらアズリア君。君が海賊を退治したことが事実のように、今目の前にいる彼がこの街の領主だというのも、また逃れられない事実なのです」
最初に彼が会話を遮り割り込んできた際に、カサンドラたちが何も言わず黙って身を引いたのは、彼がこの街の領主だと知っての事だったのだ。
なら、その時教えてくれてもいいじゃないか。
アタシは背後に控えていたカサンドラやファニーをぎろりと睨んでみせると。
カサンドラは舌を出しながら胸の前で手を合わせ謝罪する素振りを見せてくれたが、ファニーはまたにやりと何かを企むような笑みを浮かべて見せるのだった。
「あー……コホン、話を続けてもいいかね?」
その様子を見ていたカスバルが、再び咳払いをして余所見をしていたアタシへと言葉を続ける。
「ふぅ……君が海賊を退治し、我が友レーヴェンの生命を救ってくれた事は、友人として、そしてこの街の領主として感謝する。報酬などについてはレーヴェンと相談して出来る限りの額は出すつもりだ……まあ、金貨百枚は下回らないだろうが」
そういって先程のような失礼な態度とは一変し、アタシへと頭を下げてくるカスバル。
昨晩、歓楽街を歩いて屋台や店舗を一通り見て回ったので、この国での「金貨」とはどの程度の価値があるのかは大体理解出来た。
金貨百枚となると、この街に家を建て一年ほどは遊んで暮らしていける額だ。
だが、カスバルの言い回しでは今すぐに用意して手渡される、という様子ではなさそうでもあった。
それでは少しこちらがやりたい事に支障が出る、アタシは図々しくも前払いのお願いをすることにした。
「あ……それなんだが、少額でも先に貰うことは出来ないかねぇ?何しろアタシらはこの国に来たばかりで、ここの貨幣を持ってないんだ」
「了解しましたアズリア君。そちらの用立ては私が何とかしましょう」
「うむ、私は海竜団が壊滅したことを近隣の都市や中央に連絡を取らないといけないので手が離せないからな、その点はレーヴェンに一任しよう」
そして三度、咳払いをするカスバル。
どうやら話題を変えるたびに咳払いをするのは、彼の癖のようなものなのだろう。
「さて、私が今日ここに来た本題は、君が昨晩港の倉庫で助け出したという獣人についてだ。私も噂には聞いていたが、まさか本当にこの街に獣人を売買する組織がいたとは……頭の痛い話だ」
「それなんだけどさ領主さま、アタシはその組織を追っかけてぶっ潰してやりたいと思ってるんだ」
「そ、それは私としても助かるのだが……何故君はそこまでしてこんな危険な話に首を突っ込みたがるのかね?……何か強い動機でもあるなら別だが」
「それはねぇ……」
と、アタシは先程からずっと黙っていたユーノへと視線を向けた。
ユーノのことだ、アタシが倒れた時にどうしてよいか分からず、結果カサンドラらに頼ってしまった自分を不甲斐ないと落ち込んでいたに違いない。
アタシの目線に気づいたユーノに、片目の目蓋を閉じて目配せを送りながら。
カスバルの質問にこう答えたのだ。
「アタシと一緒に旅をする大事な相棒も獣人族なんだ。だから、そんな不届きな連中に狙われたら困っちまうからさね」
アタシの言葉を聞いたユーノが晴れ晴れとした笑顔を浮かべて落ち込みから脱してくれたまではよかったのだが。
そんなユーノが次にどんな行動を仕掛けてくるか、それをアタシは見誤っていたのだった。
「お姉ちゃああああああんっ!だいすきっっっ!」
感激のあまり、ユーノが両手を広げてアタシ目掛けて飛び付いてきたのだった。
勢い良く飛んできたユーノの身体に押し倒されりカタチで寝床に転がるアタシとユーノの二人。
いや、背後に寝床がなかったら今頃アタシは頭を強く床か地面に打ち付けていただろう。




