34話 アズリア、獣人らを船へと匿う
余程、空腹だったのだろう。
アタシを敵と勘違いし殴りつけてきた熊人族の女性は、ユーノが差し出した折包焼きをほぼ三口で平らげ。
彼女への押さえ付けを、ユーノはいつの間にか解いてしまっていた……にもかかわらず、さらに差し出された折包焼きを夢中で食べている熊人族の彼女。
まあ、大人しくしてくれているならアタシも助かるので、下手に異論は挟まないでおこう。
「ふぅ……ここに捕まってから三日、ロクな食事を出されてなかったから余計に腹に染みたよ」
折包焼きを二つ腹に入れたところで、ようやく敵意を剥き出しにしていた熊人族の女性も、腹も少し満たされ周囲が見えてきたようで。
拳で殴ったアタシへと、石床に額を擦り付けるように謝罪をしてきたのだ。
「ほ、本当に済まない……あたしだけでなく、仲間の傷を癒やしてくれた治癒術師を殴りつける無礼をしてしまったことを許して欲しいっ!」
アタシは生命と豊穣の魔術文字の効果で、骨が繋がりつつある獣人の少女に残り少ない魔力を注ぎ込みながら。
熊人族が頭を下げながらの謝罪を聞いていると。
「だ、だがっ……こんなことを言えた立場でないのは承知しているが、お願いだ人間の治癒術師よ。この二人の仲間だけはきちんと治療してやっては貰えないだろうか、頼む……っ!」
「────そいつは残念だったねぇ」
頭を上げて、必死の形相を浮かべながら二人の治療を懇願してくる熊人族の女性だったが。
その懇願と同時に、立ち上がるアタシ。
アタシの口から漏れた「残念だ」という言葉の意味と続く動作を、二人の治療の拒絶をされたのだと捉えた彼女は明らかに落胆しきった顔色となるが。
「ユーノ、さっき脚の骨を繋いだお仲間は任せて大丈夫だよねぇ?」
「うん、まかせてっお姉ちゃんっ!」
「は?……え、ええと……どういう事なのか?」
アタシは、先程から目まぐるしく表情を変えながら、何が起きているのか頭が理解出来ていない熊人族の彼女の目の前で。
折られた脚の骨と酷く腫れた傷痕の治療を終えたばかりの獣人の少女をひょいと肩に担ぎ上げると。
「……ほら、さっさと立ちなよ。アタシに殴りかかる程度の元気はあるんだから、立って走るぐらいはまだ出来るだろ?」
と、まだ石床に両膝を突いて座り込んでる熊人族の彼女の肩を叩き。
先に三人を拘束し閉じ込めていた部屋を、獣人の少女を背中に背負って出て行くユーノに続いて。
アタシも部屋を、そして建物の石壁を切り抜いた大穴から港が見える倉庫街へと出る前に、チラッと背後に視線を向けると。
傷を治療し、ユーノが運んできた食事で空腹も満たされた熊人族の女性は、何とかアタシらの背後に着けてきていた。
「……こんなことを聞くのも何だが、人間の治癒術師よ。あたしたちを何処に連れて行くつもりだ?」
自分たちが一体何処に向かっているのか、アタシの背中を追い掛けながら不安になった彼女は、当然ながらその目的地を尋ねてくる。
倉庫街を、あの建物を見張っていた男どもに見つからないように移動しながら、アタシはその疑問に答えていく。
「港にゃ、アタシらがこの街まで乗ってきた小さな船が停めてあってねぇ、二人の身体が動くようになるまでそこで匿うつもりだよッ」
「……人間の治癒術師よ、助けて貰っておいてこんなことを聞くのも何だが。何故獣人族であるあたしらを助けてくれたんだ?」
その彼女の疑問に答えようと、アタシは仲間の一人を背負って前を走るユーノを指差しながら。
「……確かに、いくら小柄とはいえファニーを背負ってあれだけの速度で駆けることが出来るあの少女には驚きだが、それが……どうかしたのか?」
「その少女だけどねぇ……獅子人族の族長だと言ったら納得してもらえるかい?」
「…………は?……れ、獅子人族、だと?し、しかも、族長?……あの年齢の少女が?ば、馬鹿な、そもそも獅子人族の族長は確か、遥か地の果てにある魔王の住まう島に──」
まさか「獅子人族」という断片的な単語から、アタシらが西の果てから来た事実に辿り着くとは。
……アタシは少しこの熊人族を過小評価していたのかもしれない。
このままではユーノの正体に勘付かれてしまうと思ったアタシは、彼女がその後に続く言葉を発する前に、一本立てた指を彼女の唇に置き。
「そこから先はあまり追及しないでもらえると助かるねぇ……と、どうやら到着したみたいだよ」
「お姉ちゃぁぁあんっ!こっちこっっちい!」
そんなやり取りを並走していた熊人族の彼女と行なっていると。
話題の中心であったユーノが、アタシらの前で立ち止まって手を振ってくれていた。
そう、アタシらの船に到着したのだ。
さすがは港に近い倉庫街で、アタシがユーノから目を離した隙に捕まっていた彼女らを発見出来た距離だけあった。
小さな船、といっても見た目はしっかりとした帆船ではあるし。船内には途中に遭遇した海賊連中から強奪しておいた食糧や酒樽など日常品には事欠かない。
彼女ら三人を匿うには充分すぎる広さと物は揃っている、と思う。
「さて、と。まずここに匿う前に一つ、アタシからもアンタらに聞いておきたいことがあるけど……イイかい?」
「ああ、三人とも助けてもらった身だ。あたしたちが答えられる範囲のことなら嘘偽りなく話すと誓おう」
何に誓ったのかはアタシには分からないが。
これから彼女に問うのは、そこまで大した事ではないが、今後において聞いておかないと大変困る事だ。
「それじゃあ早速だけど……アンタら三人の名前を教えてくれないかねぇ?」
アタシが名前を尋ねた時の、熊人族の彼女がまるで拍子抜けとばかりに間の抜けた顔。
それを見たアタシとユーノは、悪いと思いながらも思わず吹き出してしまったのだった。




