32話 アズリア、傷を塞ぎ骨を繋ぐ
……ちょっと手酷く体調を崩してしまいまして。
土日は体力回復に勤しんでいましたので、更新出来ませんでした、許して。
アタシはまず、壁に吊り下げられていた女性の獣人の身体を確認する。
「……この特徴、体格が大きいことといいどうやらこの女性は熊人族みたいだねぇ」
「え?お姉ちゃん……獣人族のみわけがつくの?お兄ちゃんやまぞくにだってみわけられないこと、おおいのにっ」
「ふふん、ユーノ。アタシだって結構コーデリア島で獣人族に世話になったんだ。それくらいの見分けはつくさね」
熊人族は、獣人族の種族の中でも体格や身体の頑強さ、筋力に優れた種だ。
……ということを、アタシはコーデリア島で食事を分け与えた難民を率いていたオルニスという熊人族から説明されていたのだ。
身体中に何度も鞭を打たれたのだろう、上半身に纏っていた衣服は鞭に打たれる形でズタボロに切り裂かれており、ほぼボロ布を纏ったような状態になっていた。
アタシは負傷の状況を確認するために、上半身にまとわりついたボロ布を脱がしていくと。
獣耳や、腕や脚が動物のように体毛に覆われていたりと身体の一部こそ明らかに人間と違う点はあるが。
露出する乳房や白い肌など、その他の身体部分は人間と何ら変わりのないのはユーノと同じだ。
「ひ、ひどいよっ、こんなになるまで……っ」
「……うん、鞭による外傷は酷いけど。腕や脚の骨が折られてたり、腱が切られてるなんてことはないみたいだねぇ……コレならッ」
アタシはその熊人族の女性の身体に、生命と豊穣の魔術文字を一つ描いていく。
白い肌に刻まれた鞭の痕である赤黒く変色した腫れの数こそ尋常ではなかったのだが、それでも肋骨や腕や脚の骨が砕けていかなったし。
売買される人間の逃亡を防ぐために、脚の腱をあらかじめ切っておく、という手段を取る連中も中にはいるのだが。
どうやらこの熊人族の女性が意識を失くしているのは、鞭による情け容赦無い責め苦が原因だったのだろう。
「お姉ちゃん、ほんとにだいじょうぶなのっ?」
「ああ、大丈夫……アタシの魔術文字だって、これまで何度も魔力が枯渇するギリギリまで使ってきて回復出来る傷の具合だって成長してるんだ……だから、大丈夫ッ」
意識のない彼女の身体に刻んだ魔術文字へと魔力を注ぎ込み発動すると、途端に彼女の身体全体が青々と繁る草木に似た緑色の光に包まれていき。
赤黒く腫れ上がった、痛々しい鞭で殴打された痕が。徐々にではあるが腫れが引き、生気のある白い肌へと戻りつつある。
「これでこの娘は大丈夫だねぇ、さて……問題はこっちの二人の獣人だよ」
そう。
倒れている一人の種は分からなかったが、もう一人は特徴的な鹿の角を二本頭から生やしていたので鹿に属する獣人族なのだろうとは思ったが。
そして、二人とも年端もいかぬ少女だった。
アタシも軽く傷の具合を見立てただけだが、実は石床に倒れている二人の傷の度合いのほうが間違いなく重傷だったりするのだ。
先程、逃亡を防ぐために脚を使えなくさせる、という話をしたが。まさにこの二人はその方法が施されているようで、両脚が歪な方向に曲がっていたのが見て分かる。
そして、二人の頬がかなり痩せこけていたことから、脚を動かなくされ碌な食事も与えられていなかったのだろう環境なのは容易に想像が出来た。
「……まったく。怪我の具合を見るだけで胸糞悪くなるねぇ……」
「ホントだね、ボクがこのコたちみつけて、お姉ちゃんつれてこなかったらっておもうと……こわくなるよ」
「ああ、それに関してはユーノ……アンタのお手柄だよ、偉い偉いッ」
「……えへへっ」
ここに来るまで少しばかりユーノへ厳しい態度を取り過ぎた事を反省し、獣人族が拘束されていた場所へ案内してくれたことを褒めながら、ユーノの頭を優しく撫でてやった。
これで少しは機嫌が戻っただろうか。
普段の治療院などではどうだか知らないが、アタシが一時期傭兵として身を置いていた戦場の掟としては、重傷者から治療するのが鉄則とされる。
ならば何故、比較的に傷の浅い熊人族の彼女から治療したのか。
それは、先程の彼女が生命と豊穣を一文字で済んだのに対し、折れた骨を繋ぐのは今のアタシでは生命と豊穣を一文字で治療することが出来ないからだ。
骨を繋ぎ合わせるには、生命と豊穣の二重発動で重ね掛けするしかないのだが。
二重発動は、それぞれを一つずつ発動する術式に比べて格段に大きく魔力を削がれてしまうからだ。もちろん、先程ユーノにも言ったがアタシの中では三人分を治療するギリギリの魔力は体内に残っていると自負しているが。
あくまでそれは経験ゆえの匙加減であり、数字として魔力残量が見えるという絶対的な保証ではないのだ。
だからまずは確実に、生命と豊穣の魔術文字で治療出来る熊人族の彼女を回復しておこうとアタシは考えたのだった。
アタシは、無惨に折られ腫れ上がっている脚の部分に手を触れてみると、気を失っているにもかかわらず種の分からぬ獣人の少女は口から苦痛に呻く声をあげた。
「うぐっ!……あ……ああ……あが……ひぃぃ……」
「待ってておくれよ、もうすぐ……その骨が折れた脚を治療して歩けるようにしてやるからね……ッ」
だが、骨が折れている箇所を探してその部分に正確に魔術文字を描く必要がある。
痛々しい呻き声をあげているが、そこは勘弁してもらいたい。
そして、ようやくアタシは。この獣人の少女の両脚が骨折した箇所を探り当て、それぞれの脚に生命と豊穣の魔術文字を刻んでいき。
アタシは最後の一人のため、余力を残すことを意識しながら魔力を魔術文字へ注ぎ込む。
発動した途端に全身が緑色の光で包まれた先程とは違い、今度は骨が折られ腫れ上がった脚の箇所だけが緑色の癒しの光に包まれていた。
だが、歪に曲がった脚はまだ元の脚に戻っていく気配は見えない。
それでも。
アタシは魔力を注ぎ込むのを止めなかった。
確かにまだアタシは、生命と豊穣の重ね掛けで折れた骨を繋いだことはないが。
最悪、魔術文字で衰弱した体力さえ回復してくれればユーノが持ってきた食事を口に出来、何とかアタシとユーノの二人で船まで抱えて連れ出すことが出来る、と踏んでいた。
しかし、出来ることなら骨が繋がって欲しい。
その想いでアタシは、魔力を注ぎ込む。
「……お、お姉ちゃんっ?あ、あしっ?」
すると、徐々に脚の歪みが元に戻っていき、骨が折れていたことによる脚の腫れが引いてきたのだ。
治療を受けていた獣人の少女の口から漏れ出す苦痛の声も今は聞こえなくなった。
「ああ……何とか、骨が繋がってきてるみたいだねぇ、よかったよ」
魔術文字が上手く働いてくれたことに、アタシは安堵して胸を撫で下ろすのだった。




