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31話 アズリア、獣人族の傷を癒す

 だが、ユーノにも言ったが獣人族(ビースト)を捕らえてここに閉じ込め、ここまで痛めつけた連中を捜すことは忘れておく。

 まずは、まだ何とか息のある三人の獣人族(ビースト)をここから救出する必要があるからだ。


「ど、どうしようお、お姉ちゃん……こっちのくさり、いまのボクじゃどうにもできないよぅ……」


 ユーノも、壁に鉄枷(てつかせ)で吊るされて意識が無くなるまで痛めつけられていた獣人族(ビースト)を助け出そうとするが。

 普段のユーノの筋力は、人間の男とは比較にならない程強いのだが、それでも彼女が戦闘時に発動させる「鉄拳戦態(モード・アイゼルイェーガ)」がなければ鉄の鎖を破壊する程の膂力(りょりょく)を発揮は出来ないのだ。


退()いてな、ユーノッ……こんな鎖、アタシが引き千切ってやるよ────フンッッ!」


 アタシはまだ腹が煮える程の怒りを、右眼の魔術文(ルーン)字を発動させることで獣人族(ビースト)を拘束している鉄枷(てつかせ)に込める。

 今まで通りならば、筋力増(ウニョー)強の魔術文(ルーン)字を使っても鉄の鎖を引き千切るなんて真似はアタシには到底無理なのだが。

 今のアタシは怒りに沸いた頭を冷やすために、何処かに怒りの感情を吐き出したかったのだ。


「……お、おねえ……ちゃん、すごいっ、くさりにひびがはいって……ちぎれてくっ」


 横で見ていたユーノが驚く。

 壁から伸びていた鉄の鎖が、アタシに両手で握られ左右に引っ張られていくと同時にミシリ……と(きし)むような潰れるような音を立て、鎖の輪が延び切り、やがて鎖に亀裂が入りバチィン!という破砕音とともに鉄の鎖は引き千切られたからだ。


 それと同じ動作を、もう一方の腕を拘束していた鉄枷(てつかせ)へと繰り返していき。

 何とか三人の身を解放することは出来たが。


「……さて、アタシの魔力が保つかどうか心配だけど……さすがにこの状態で放置するわけにもいかないし、やるしかないよねぇ……」


 そう、モーベルムに到着するまでアタシは、レーヴェンの持つ大きな帆船の帆をただの一人で操るために魔術文(ルーン)字で筋力を増強し続けていたのだ。

 本来なら複数人で行う作業を、生き残ったアタシらのみで海を渡る必要があった以上、仕方がなかったのだが。

 お陰で今のアタシの体内に残っている魔力は底を尽きかけているのが現状だ。


「……お、お姉ちゃんっ、むりしちゃダメだよっ!また、あのときみたいにたおれちゃうよおっ?」


 ユーノの言う「あの時」というのは、まさにユーノと初顔合わせだった時だ。

 コーデリア島に流れ着いた人間らの国家、神聖帝国(グランネリア)との抗争で、焼き討ちに遭った魔族や獣人族(ビースト)らの集落の救出に向かい。

 アタシは帝国の人間と三度ほど交戦を繰り返し、さらに負傷した住人やユーノらの配下といった10を超える人数の治療を一晩掛かりで行い。

 ……結果、魔術文(ルーン)字の濫用(らんよう)で魔力が枯渇し意識を失ってしまったのだ。


 ユーノはその時と同じように、アタシが気を失うまで魔力を搾り切ってしまうのを懸念しているのだろう。

 今にも泣きそうな顔をしてアタシの腕を掴んでいたのだ。

 

「心配してくれてありがとね、ユーノ。でもさ、この三人……アタシの見立てじゃ今すぐ回復しないと

生命に関わる、アタシが何とかしないと駄目なんだ……だからさ、ユーノにゃお願いがあるんだ」

「ぼ、ボクにできることならなんでもするよっ!」

「アタシが動けなくなったら、まずはその三人をアタシらが島から乗ってきた小さな船に運んでやってくれないかい?」


 この三人を(かくま)う場所は、最初からアタシらの所有物である船だと決めていた。


 何しろモーベルムという街に到着したばかりのアタシらには、頼るべき人脈がないというのが現実だからだ。

 海賊の襲撃から救った貿易商レーヴェンも、アタシらをモーベルムまで運んでくれた時点で貸し借りは無しだ。そこに三人の獣人族(ビースト)という新たな火種を持ち込んだところで本当に力になって貰えるのか疑問だからだ。

 それに、獣人族(ビースト)を売買する組織の規模や黒幕がまだ不明な以上、迂闊(うかつ)に宿屋などにこの三人を連れ込めば簡単に足がつく可能性が高い。

 それに……下手をすればアタシらが「獣人族(ビースト)を拉致する不届き者」の濡れ衣を着せられる可能性だってあり得る。


「で、でもっ、そしたらお姉ちゃんはどうするのっ?…………はぐぅ⁉︎……ぅぅぅ、い、いたいよぅ……お姉ちゃんなにするのっ!」

「もちろんアンタが運ぶんだよ、ただし……三人を船に運び終えてから一番最後に、ね」


 先程ユーノに掛けた言葉を「アタシを置いていけ」と読み取ったのだろう、掴んだ腕を揺らしながらアタシを心配してくれるユーノだったが。

 もちろんアタシも、獣人族(ビースト)を酷い目に遭わせた現場に一人気を失ったまま放置される趣味はない。

 心配そうな表情で、抗議の意味を込めてアタシの身体を揺らすユーノの鼻っ柱を指で弾いていく。

 

「心配してくれるのは嬉しいけどねぇ、ユーノこそアタシを舐めすぎじゃあないのかい?……確かに船を降りたばかりのアタシはヘロヘロだったけどね、でも──」

「お、お姉ちゃんっそれっ?」


 アタシは、ユーノがここに捕まっていた獣人族(ビースト)に食べさせてあげたくて屋台で貰い、ここまで両手に抱えてきた大量の折包焼き(ストロンボリ)の一つを、置いてあった石床から拾い上げて口に運んでいく。

 冷めて生地が少し固くなったが、もちっとした独特の歯応えは変わらず。生地の中に詰められた具材の味も相変わらず口を楽しませてくれた。

 アタシは三個目となる折包焼き(ストロンボリ)の最後の一口をゴクリ……と飲み下していくと。


「屋台の親父さんがくれた美味い折包焼き(ストロンボリ)のおかげで、魔力も少しばかり回復したから大丈夫だよ」


 アタシの言葉を聞いて信用してくれたのか、もしくは説得を諦めたのか、ユーノは掴んでいた腕を離してくれた。

 だが、アタシの言葉は何もユーノを説得するために口から吐いた嘘偽りではない。

 睡眠を取ると体力と共に魔力も回復するように、美味い料理を食べると僅かばかりだが魔力が回復するのをアタシは知っていたからだ。


 だから、今の魔力ならば大丈夫。

 三人を治療しても、アタシの魔力は残る。 

 だから、急がないといけない。

 三人の生命の灯火が消える、その前に。


「我、大地の恵みと生命の息吹を────ing(イング)


 アタシは手早く短剣(ダガー)で両手の指に傷をつけると、石床に寝かせていた三人の獣人族(ビースト)へ治癒の魔術文(ルーン)字を発動させるため。

 その力ある言葉(ワード)を口から紡いでいく。

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