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29話 アズリア、物陰でユーノを諌める

 さて、問題はここからだ。

 アタシとユーノの実力であれば、見張り役として倉庫の入り口に待機している男二人をどうにかするのは容易な事だと思う。


 捕まっている獣人族(ビースト)を救出する際に、鉄格子や鉄枷(てつかせ)が邪魔になるかもしれないが。今のアタシは船旅を終えたばかりの完全装備だ。鉄格子ぐらいならば背中の大剣でどうにでも出来る。


 だが、ここは魔王領(コーデリア)でも海上でもなく、モーベルムの街中なのだ。

 騒ぎを起こせば、治安維持のための衛兵が駆け付けてきて、この連中ごとアタシらまで拘束され、下手すれば犯罪者扱いされてしまうだろう。

 それに……どうやらこの連中が本当に獣人族(ビースト)を売買しているのならば、裏で領主や街の有力者に根回しをしていて当然だ。

 だとすれば、ここで騒ぎを起こすのはアタシらの立場を悪くするだけだ。


 アタシはふと、最初こそじたばたと暴れていたものの、今はすっかり静かになって不安そうにこちらを見ていたユーノに視線を落とす。


「ねえお姉ちゃん……ボク、同族(ナカマ)に食べものあげたかっただけなのに……それってもしかして、お姉ちゃんのめいわくになることだった?」


 ユーノは、建物の陰に隠れている今の状況から何となく自分が悪い事をしたのかと思い、肩を落とし身体を縮こませながら、明らかに落ち込んでいる表情をしていた。

 そんなユーノを叱れる雰囲気ではなかったので。

 

「んー……ち、ちなみにさぁ、ユーノがその獣人族(ビースト)のお仲間と遭った時も、さっきみたいに真っ正面からあの建物に入っていったのかい?」


 まずはアタシも彼女が遭遇した獣人族(ビースト)に何とか接触出来ないものか、とユーノから遭遇した時の状況なんかを、やんわりと聞き出してみると。


「ううん。あのたてもの、まどがあったから……そこからのぞいてみたら、なかにいるのをみかけただけだよ?」


 あの建物にはどこかに窓口があり、そこからなら見張りに察知される危険もなく、目的である獣人族(ビースト)に接触出来る可能性が高い。

 そんな重要な情報を後出ししてきたユーノに一転、腹が立ってきたので。

 

「へえ……窓があるんだ、でさぁユーノぉ……なら何でその窓から入ろうとしなかったのさッ!」

「ふええっ?……ひ、ひたひひたいよおっっ!」


 アタシは折包焼き(ストロンボリ)を抱えて両手が塞がっているユーノの、左右の頬を指で摘んだまま横に広げていき。

 突然、頬を引き伸ばされる痛みに驚くユーノ。

 充分にユーノの歪んだ顔を堪能したアタシが頬を摘んだ指を離すと、引っ張っても外れないくらい強く摘まれていたために赤く腫れた頬を、涙目になりながらもさすっていた。


「うううっ……い、いたかったよぅ……」

「ユーノのお仲間を見た、っていう大切な話をしないで先走ってアタシに迷惑をかけたお仕置きだよッ」

「で……でもぉ」

「でも、じゃないよ。いいかいユーノ……ここはアンタが暮らしてた魔王領(コーデリア)獣人族(ビースト)の集落とは違う、人間の街なんだ。だから勝手なことはしないって約束したろ?」

「ご、ごめんなさいっ、お姉ちゃんっ……ボク、ひさしぶりにナカマにあってうれしくなっちゃって、つい……」


 旅に同行すると船に乗り込んできたユーノと、アタシは約束事をいくつか交わしていた。

 そのどれもが、今まで人間との交流がないユーノが周囲で無益な衝突をしないで済むように、というアタシの配慮だったのだが。

 

 冷静に考えてみれば、アタシも大概ユーノと似たような行動を取ってきた人間だった。

 好き勝手にあちこちに首を突っ込み、気の(おもむ)くまま、アタシが正しいと思った事を躊躇(ちゅうちょ)無く実行することを、この7年間の旅路で繰り返してきた。

 

 もしアタシが、同じように倉庫で子供らが捕まっているのを見てしまったら、と想像すれば。

 その子たちのためにユーノが食事を運んでいく気持ちは容易に理解することが出来たから。

 

「……あまり心配かけんじゃないよ、ユーノ」

「あ、お、お姉ちゃんっ……ボクのこと、ゆるしてくれるの?」


 だから、ユーノの無茶な行動に釘を刺した後。

 アタシはユーノの頭に手を置いて、ポンポンと軽く撫でるように数回叩いてやって。


「許すも許さないもあるかっての。アンタはアタシの旅の連れなんだから、これからもよろしく頼むよユーノっ」

「う、うんっ!」

「それじゃ、せっかく持ってきた食事を、ユーノのお仲間っていう獣人族(ビースト)たちに届けてあげないとねぇ」


 と言うと、倉庫らしき建物の前に立っている見張りの目がないことを確認してから、アタシは両手が塞がっているユーノの背中を押して隠れていた建物の陰から飛び出していく。


「えっ?で、でも……それってお姉ちゃんのめいわくになることじゃないの?」

「ならないならない。アタシがアンタを叱ったのは勝手に此処まで来ようとしたのと、あの見張りが敵かどうか確認せず無防備に声を掛けたこと、それにあの建物に窓がある事を教えなかったことぐらいさ」

「敵ならぶんなぐって……あ、それじゃダメなんだよね」

「ああ、それが分かっただけでも上出来だよ」


 見張りの視界に入らないようにアタシらは、倉庫とおぼしき建物の壁に張り付いていくと。

 ユーノが見つけたという窓が何処にあるのかを探すために建物の壁を見るのだが。


 周囲の倉庫らしき建物に比べ、この建物には不自然なくらい窓がなかったのだ。

 牢獄だって外から日差しや風を入れるために、格子付きとはいえ窓口が空いているというのに、である。

 よく見ると、他の建物に窓があった壁の位置には、元々空いていたであろう窓口を塞いだ跡まであった。


「……こりゃ、ますますこの場所に獣人族(ビースト)が捕まってる可能性が高いねぇ」

「お姉ちゃん、こっちこっちっ」


 余程、外から見られたくない何か(・・)がこの倉庫の中にあるのは間違いないだろう。

 周囲に点在する他の倉庫には見張りなど一人もいなかったのに、この倉庫だけ念入りに見張りを置いていることやユーノの目撃証言も合わせて考えると、この建物に獣人族(ビースト)が拘束されてるのはほぼ間違いないだろう。


 つい先程、獣人族(ビースト)を見つけたばかりのユーノが手招きしながら案内してくれたのは、建物の裏側。

 そこは元々狭い路地な上、積荷を入れるために使われる木箱や樽が打ち捨てられ、無造作に積み上げられており、人が通る隙間などない筈なのだが。


「このさきにまどがあるんだよっ」


 身体が小さく身軽なユーノは木片の山を崩すことなく器用に登っていき、とある地点まで到達したところでその足を止める。

 もちろん、大剣を背負い鎧まで着込んだ完全装備のアタシがこの無惨な木箱や樽の山をユーノと同じ様に登っていけるわけがない。

 一歩踏み出した途端に、アタシの重さでこの山が崩れ、その盛大な音で見張りが駆け付け騒ぎになるであろうことは想像出来たので。


「……やれやれ、此処までユーノに付き合ったんだし、仕方ないねぇ……」


 アタシは、背中に担いでいた大剣を握り構えていくと、右手の指で構えていた大剣の刃をなぞっていき、指の腹が切れ、血が滲んでいき。

 その血で刀身に一つの魔術文(ルーン)字を刻む。

 

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