27話 アズリア、親父からの警告
すぐさま、新しい折包焼きを調理し始めてくれる屋台の主人。
だが、その主人の挙動がどうも妙なのだ。
屋台の主人と話をしていたのはアタシな筈なのに、何故か主人の目線はアタシではなく、隣で料理が完成するのを今かと待ち侘びているユーノに注がれている……そんな気がするのだ。
「どうした親父さん、この娘が自分の娘と似てたりするのかい?……いや、それとももしかして……親父さん、少女嗜好でもあるのかい……?」
アタシはどうにもその熱の込もった視線が気になったので、回りくどい事はせずに直接、調理中の主人にユーノを何故見ていたのかを尋ねてみると。
「ばっ⁉︎……ば、ばば馬鹿言っちゃいけねえっ!うおっっ?あっつ!熱ちちちちいぃぃっ?」
ユーノに欲情を抱いているのかと指摘されたことに動揺した主人は、焼いていた生地を直の指で摘んでしまい、その熱さに叫び声をあげて摘んでいた生地をあらぬ方向へと投げ飛ばしてしまう。
「あっ?もったいないっっ……はむぅぅっ!」
飛んでいった生地を獣人族ならではの反応速度で追っていったのは、まさに今話題に上っていたユーノだった。
ユーノは生地の飛ぶ方向を読んで先回りすると、大きく口を開けて空を舞う内にすっかり冷めた生地をしっかりと咥えていく。
「……おお、熱っ、まったく……オレにそんな女の趣味はねぇよ、それより姉さん。あの娘は姉さんの何なんだい?」
「何って、ユーノはアタシの旅の連れだけど?」
それを聞いた主人が、調理の手を止めて屋台からそそくさと出てくると、アタシの耳元に顔を近づけて声が漏れないように手で覆いながら。
「……姉さん、あの娘……獣人族だろ?」
それを聞いた途端にアタシはその場から飛び退き主人から距離を取って、さすがに街中で大剣は抜かないものの、拳を握り主人へと身構えていく。
「ま、待った待ったっ!オレは一応確かめただけだっ!……悪い意味じゃないから拳を下ろしてくれよ姉さんっ」
「……なら、一体どういう事か、説明してくれるんだよねぇ、えぇ?」
「ひいぃぃぃっ?……わ、分かったっ、分かったからそんな怖い顔で睨まないでくれよ姉さんっ!」
手を広げながら屋台の中へ逃げるように駆け込んでいく主人を、アタシはギロリと睨み付けていく。
もちろんアタシの敵意を避けるのもあったのだろうが、道の真ん中で大剣や鎧を装着したアタシが暴れでもしたら大騒ぎになり、衛兵が駆け付けるのは間違いない……それを避けたかったのだろう。
何故、アタシが態度を急変させたのか。
その理由とは、もちろん屋台の主人が「ユーノが獣人族だ」と指摘したことに起因する。
大陸の国家では、明確に法などで差別されているわけではないが獣人族を一層下に見ている人間は、一定層いるのが現実だ。
もしかしたら、この親父やモーベルムの街全体が獣人族を下に見る土壌があるのか……いや、最悪この国全体で獣人族を差別している可能性だってあったのだ。
そう思うと、アタシがユーノに何の対策も取らずに、浮かれたまま歓楽街に繰り出したのはとんだ失策だった。
せめて外套でも着せておいてやれば。
「…………ふぅ、で?」
そんな事を頭に浮かべながらアタシは僅かばかりの後悔を胸に抱きながら、屋台の主人がどんな説明をしてくれるのかと言葉を待っていると。
主人は周囲をキョロキョロと気にしながら、アタシへ顔を近づけるように手招きしてくるので、屋台の内側と外側ながら先程と同じように耳元で。
「……実はな、この街にゃ裏で獣人族を捕まえて、高い金を積んだ連中に売り飛ばす連中がいるって噂があってね」
「それは……聞き捨てならない噂だねぇ……」
「だろ?……それで、姉さんもあの娘から目を離さないようにしろよ、って忠告しようとしただけなんだよ。いや、誤解させちまったようで済まねえ……」
そう言って、頭を深々とアタシへと下げてくる屋台の主人だったが。
一度会っただけの客であるアタシらへと、街の裏事情を惜しげもなく教えてくれ、前もってユーノに降り掛かる火の粉を払う手間を省いてくれたのだ。
感謝こそすれ、寧ろ謝罪しなければいけないのはアタシだった。
「いや。親父さん、貴重な情報感謝するよ……コイツは迷惑料込みの料理の代金だ」
なので、アタシは当初から金貨を一枚払う予定だったが、それにもう一枚迷惑料を追加して主人の手に握らせていくと。
手の中にあった二枚の金貨に驚き、即座に手渡した金貨を突き返してくる屋台の主人。
「おっ、おいおいっ?金貨とか受け取れるワケないだろ姉さんっ!……そもそも金貨一枚でどんだけうちの折包焼きが買えると思ってんだよっ?」
「親父さんの情報であの娘が守れたんだ、寧ろ……もう四、五枚金貨を上乗せしたいぐらいなんだけどねぇ……」
と、レイチェルから貰った皮袋から本当に五枚の金貨を取り出して、主人へと見せていくと。
さらに上乗せされるのを避けようと、主人は突き返した金貨二枚を渋々ながら握り締め、売り上げの通貨の入った籠へと加えていく。
「……もし貰い過ぎだって思ってくれてんなら、アタシらがモーベルムにいる間は親父さんの折包焼き、無料にしてくれたら……嬉しいねぇ?」
と、口端をニヤリと歪ませながら、いやらしい笑みを浮かべていくアタシ。
その提案を受け入れてくれたのか、まるで戦闘で降参を示す時のように広げた両手を上げてみせる屋台の主人。
「……姉さん、見たところ傭兵みたいだが……ルブラントかグラナード、どちらかの商会にでも売り込んだほうがよっぽど性に合ってるんじゃねえの?」
「んふふ、そりゃ褒め言葉として受け取っておくよ親父さん」
アタシと屋台の主人が軽口を叩き合いながら、互いの目線が空中で衝突した途端に。
どちらからともなく、互いに右手を差し出してその手を握り合う。
「……アタシはアズリア。理由あって大陸中を旅して回ってる流れの傭兵みたいなモンさ」
「俺はローウェル。見ての通りのしがない屋台で折包焼きを売り続けるただのおっさんさ」
互いの自己紹介を終えた、その時だった。
アタシとの会話でおかわりの折包焼きの調理の手が止まり、我慢の限界だったユーノが屋台からひょいと顔を出して。
「ねえねえっ、あのおいしいやつまだできないの?……ううぅ……ボク、もうまちきれないんだけどぉ」
「お、おおっ?そうだった、ちょ、ちょっとばかし待ってろよっ!今焼き立ての折包焼きを出してやるからなっ!」
調理に戻る屋台の主人改めローウェルと。
その調理を楽しそうに眺めているユーノ。
そんな二人をよそにアタシは、一度歓楽街の人の流れへと視線を投げる。
港からこの歓楽街を歩いていた時に、ユーノの正体に全く気を遣ってなかったのだ。幸いにも今のところは、ユーノを遠巻きに狙っているような気配はないが。
もしかしたら、獣人族を狙っている連中に既に目星を付けられているのかもしれない。
獣人族を捕縛し売り捌く連中の事も明日、レーヴェンに会った時に聞いてみることにしよう。




