25話 アズリア、久々の陸地を踏む
アタシらの乗る商船が、石材で土台が造られた立派な船着き場へと停められ、波や風で沖に流されないよう港にいた男らによって何重にもした麻縄で固定していく。
ついでにアタシらをコーデリア島から運んでくれた小型の帆船も同じように固定してもらうと。
港側から架けられた渡し板で、まずは船の持ち主であるレーヴェンと、その手に引かれながら娘レイチェルが降りていき。
その後ろをアタシとユーノが港へと降りていく。
「ふぅ……この足に力を入れても地面が揺れない感じ、ようやく陸地に着いたって実感出来るねぇ……」
一歩、そしてもう一歩、アタシは石畳へとゆっくりと足を動かしていく。
それはホルハイム戦役の時に、焔将軍に焼かれ黒焦げにされた左脚が回復するまでの覚束ない足取りにも似ていた。
石材を敷き詰めて建造されただけあって、甲板や魔術文字で張った氷の上のように力を加減して歩く必要がなかったり、波で揺れる身体を支える必要もなくなった。
海に出てみて改めて、大地をしっかりと踏み締める事の出来るありがたみをしみじみと感じていたアタシであったが。
「うわあっ……ねぇねぇお姉ちゃんっ!海のうえもおもしろかったけど、ボクやっぱり陸がいいやっ!あははっ、すごいすごぉぉいっ!」
「あっ?ユーノっ、気持ちはわかるけどあまりアタシから離れるんじゃないよッ?」
「わかってるよっお姉ちゃんっ!」
それはユーノも同じ気持ちだったようで。
港に降り立つなりその場で飛び跳ねると、アタシと同じくしっかりとした足場が嬉しかったのだろう、歓喜の声を上げながら港を駆け回っていた。
「それにしても……ここが、モーベルムの港街かあ!……思ってたよりも大きな街じゃないかッ」
足元ばかりに感激していられない。
アタシはせっかく降り立ったモーベルムの街並みを、港から眺めていくと。
視界に広がる街の規模こそ、さすがに一国の王都であるアウルムやシルファレリアには及ばないものの。
既に日は沈み、夜が訪れているというのに、モーベルムの街には所々に明かりが灯り、酒場や夜に働く住人らの活気たるや、先に挙げた王都にも引けを劣らない様子に見えた。
「酒場かぁ……そうだねぇ、レイチェルの料理も悪くはなかったけど、せっかく新しい街に着いたんだし酒場で何か名物料理を食べたいところだねぇ……」
アタシは先に船を降りたレーヴェンへと視線を移すと、さすがは貿易商らしく港で働く男らに次々と指示を出して、その男らが慌ただしい様子で街へと走って行く。
無理もない、本来ならば港に到着したら船の積荷を降ろす必要があるが、その労力たる船の乗組員は海賊に全員殺されてしまっていたのだから。
それに、レーヴェンが話していたように。
アタシらが倒した海賊がそれ程に名の知れた無法者であるなら、モーベルムの領主なり街を警護する騎士などに報告する義務が、街で商いをする貿易商にはあるだろうから。
「あの二人にゃ一言挨拶してから、と思ったんだけど……あの様子じゃ、とても声を掛けられる雰囲気じゃあないねぇ……ん?」
アタシはユーノに声を掛けて、レーヴェンらと別行動を取ろうとした、その時だった。
羽織っていた外套を引っ張られる感触に、そちらを振り向くと……そこには少し大きな皮袋を抱えたレイチェルが立っていた。
「おや、どうしたんだいレイチェル」
「あ、あの……お父様からの伝言で、明日にでもお父様のお店を訪ねて来て欲しいって、アズリア様……それと」
すると、彼女が抱えていた皮袋をアタシへと手渡してくる。
受け取ったその感触とジャラ……と鳴った金属音から皮袋の中身が貨幣だとアタシは推察したが。
「お母様の仇を討ってくれて、船を守ってくれた御礼は明日キチンとするつもりだから……これは今晩の宿と食事にってお父様から」
中身を確かめてみると、思った通りコルチェスターで使われているであろうアタシが見た事のない紋様が施された貨幣であった。
しかもこの貨幣、夜なのではっきりと断言出来ないが銅や青銅、銀ではなく金貨にしか見えない……その金貨が見たところ20枚以上は入っていたのだ。
考えてみたら。
通貨、という概念のなかったコーデリア島から出てきたアタシは今、コルチェスターの貨幣を銅貨一枚たりとも持ち合わせていなかったのだ。
だから、レイチェルが手渡してくれたコルチェスター通貨は今のアタシらには非常にありがたい報酬だった。
「いや、助かったよレイチェルッ!……そういやアタシら、この国のお金を全然持ってなかったからさぁ……って、アレ、何だこの板っ切れは」
「アズリア様、それはこの街で使う割符よ」
金貨に混じって、紐が付いた何かの文字が彫られた木の板が二枚、袋に入っていた。
割符、というのは。街に無法者が侵入し悪さを働かないように、街に入ってきた人間に渡される身分を証明するモノだ。
大陸の都市ではあまりこの割符といったモノを実施している場所は少ないが、それはきっとこのモーベルムという都市が城壁などで囲まれていないためだろう。
「それがない人は街で買い物も食事も宿も取れなくなるから、なくさないようにね……それじゃアズリア様、また明日っ」
割符と金貨が入った皮袋を渡し終えたレイチェルは、上目遣いに何かを言いたそうな雰囲気を見せていたが。
結局何を伝えることなく、レイチェルは父親であるレーヴェンのところへと早足で戻っていってしまう。
彼女が何か話したい事があったのか、気にはなったが。
「まぁ、まずは英気を養うためにもこの街の美味い料理を、この軍資金でいただくとしますかね……ユーノおっ!」
先程、遠くへ行かないようにと言い含んであったにもかかわらず、姿が見えなくなった旅の連れであるユーノの名前を呼びながら。
アタシは港から離れ、賑わいを見せる街の中心部へと歩いていくのだった。




