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24話 レーヴェン、亡き妻の声を聞く

 レーヴェン言わく「ネプトの風」と呼ばれているという後方より強く吹き付ける風を帆に受け。

 今までで一番の速度で商船は、大海原を走らせていく。


「……風がどこまで吹いてくれるのかは分かりませんが、この速度であればモーベルムまでの距離を短縮出来ると思います」

「確か、アンタの見立てではモーベルムが見えるのは今夜か明日の朝辺りだったハズだけど……それより早く到着するってコトかい?」

「ええ、さすがに空が明るいうちには無理だと思いますが」


 (かじ)を握るレーヴェンが、甲板(かんぱん)に吹く風で整えていた髪を乱されながら、帆を張る麻縄(ロープ)を引っ張るアタシへと港へ到着する予定が大幅に早まりそうだと告げてくるので。

 

「なら、アタシも……モーベルムに到着するまで全力で帆を張り続けてやろうじゃないかッ」


 昨日からの海賊衆との戦闘で魔術文(ルーン)字を使っていたお陰で、体力は食事で多少なり回復したものの、魔力を回復するために必要な睡眠を取っていなかったために、さすがにアタシの魔力は底を尽きかけいたが。

 夜には到着する、というレーヴェンの言葉を信じてアタシは麻縄(ロープ)を張り続けた。


 ────強い風に乗り、船を走らせ続けた結果。

 

 空に浮かんでいた太陽が沈み始め、辺りに夜の陰りが見え出しネプトの風が吹き止んだ頃。

 あの強風の中、見張り台に立ち続けていたユーノが突然叫び始めたのだ。


「ねえお姉ちゃんっまちだよっっ!……このふねのさきにおおきなまちがみえるよっ!」


 獣人族(ビースト)であるユーノの鋭敏な視界が、この船の航路の先に街を発見したという報告。

 見張り台の真下で麻縄(ロープ)を張っていたアタシがユーノの言葉を受け取り、それを(かじ)を操るレーヴェンへと伝達する。


「……なあレーヴェン、ユーノが見た街ってのは」

「ええ、時間的にも距離や方角も、ユーノ君が見たのはモーベルムの港街でほぼ間違いありません」


 そう言って、レーヴェンは腰にぶら下げていた遠見の筒でユーノから報告を受けた方角を確認していき。

 うんうん、と何度も頷いていたのだった。


「喜ぶのはまだ早いですよ、アズリア君。街の周囲の海は浅瀬になってますので船が座礁しないよう、港で止まるようゆっくりと速度を落としていって下さい」

「そ、そうなのかい?……それじゃ帆を畳まないとねッ、それに風向きから帆を逸らして……ッと」


 モーベルムの港がアタシにも目視出来る距離にまで接近していくと、レーヴェンが船の速度を上げる時とは真逆の指示を出してくる。

 出発する際に、ほとんど操船知識のなかったアタシに丁寧に帆の操作をレーヴェンが説明してくれたが、速度を下げる作業は初めてだったために少しばかり麻縄(ロープ)の力加減に手間取ってしまうが。

 それでも何とか帆を畳んで、船が徐々に減速していく。


 どうやら陸地に近づいていくと、今まで水深の深かった海が急激に浅くなっていくらしく。船底が浅くなった海底(うみぞこ)に衝突でもすれば簡単に穴が空き、港を目前にして船は沈んでしまうだろう。

 レーヴェンの話では、彼が所持していた商船も浅瀬によって三隻ほど港の近海に沈んでしまったのだそうだ、と遠くを見つめながら語ってくれた。


「……もし、私の(かじ)取りが失敗して船に穴が空いた時には、娘レイチェルを優先してモーベルムに向かって下さいね、アズリア君」


 だが、やはりこの大きさの帆船を四人で操るのは無理が出てくる……いや、見張りのユーノと食事係のレイチェルを除けば実質アタシとレーヴェンの二人で船を操縦しているわけで。

 普段の航海こそ二人でも問題ないが、やはり港に接岸するといった時に人数の少なさが決定的に操縦の難しさとして影響してくるのだ。


 もし船が海底(うみぞこ)に当たりアタシらの乗る商船が沈んだとしても、複数本の麻縄(ロープ)で引っ張ってあったアタシらの小型帆船がある。

 アタシらがレーヴェンとレイチェルを抱いて、そちらの船に逃げさえすれば四人は無事にモーベルムに辿り着くかもしれないが。

 商船である以上、この船には商品であるたくさんの積荷が載せられている。その積荷が全て海の底に沈んでしまえば、貿易商として大きな損害が出るのは避けられないだろう。


 (かじ)を切るのはレーヴェンの役割には違いなかったが……アタシに何か出来ることはないか。

 そう思ったアタシは、見張り台に立っていたユーノに声を掛けていたのだ。


 ◇


 だいぶ日が落ち、海に沈みゆく太陽が空も海も関係なく辺り一面を黄金色(ゴールド)に染め上げていた。

 視界も悪くなる中、浅瀬に船底を当てないために慎重に(かじ)を握る手にも自然と力が入り、明らかに焦りの表情を浮かべていたレーヴェン。

 そんな彼にそっと横から声を掛け、舵を取る彼の手にそっと触れていく優しい感触。

 

「…………大丈夫ですよ、あなた」


 その声を、彼が忘れるはずがなかった。

 それは海賊に殺されたはずの妻、ライラの声。


 本来ならば慎重な(かじ)取りの時には許されない行為だと頭では理解していても、レーヴェンはその声の主を確認せずにはいられなかったのだ。

 声の聞こえた真横へと振り向くレーヴェン。


「ライラっ!」


 そこに立っていたのは。

 ライラ……ではなく、娘のレイチェルだった。

 その隣には、いざという時に連れて逃げられるように船室から連れ出してくれたのだろうユーノが立っていた。


「ど、どうしたのですかお父様っ……突然お母様の名前を呼んだりして、しっかりしてくださいませっ、モーベルムはもうすぐそこなのですよっ」


 確かに最近はレイチェルの容姿が妻ライラに似通ってきた、と思い始めていたレーヴェンであったが、まさか一瞬見間違えるばかりか声まで聞き間違うほどにまで妻と似てきたのか。

 いや……レイチェルの背丈では(かじ)を握るレーヴェンの手に触れることは叶わない。


 だから、あれはきっとライラの声と手なのだ。

 愛する娘を守れ、と死んでなお。

 愛していた夫を叱咤激励するために。


「ああ……そうだな、済まないレイチェル。あまり弱音ばかり吐いていては、またライラに面倒をかけてゆっくり休ませてあげられないからね」

「……お父様?」

「いや、何でもない……何でもないんだ。とにかく、まずはモーベルムに到着しないとね」


 レイチェルの言葉に、そして幻覚なのかもしれないが最早二度と聞けないと思っていたライラの声を聞けたことによって、落ち着きを取り戻したレーヴェンはしっかりとした振る舞いで(かじ)を切りながら。

 

 ────そして。

 帆を畳み完全に減速したレーヴェンら四人を乗せた商船は、海賊の襲撃や海の(ヌシ)との遭遇を乗り越えて、今ゆっくりとモーベルムの港へと接岸していくのだった。

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