23話 アズリア、レイチェルの手料理を食す
空腹で待ちきれなかったアタシとユーノは、レイチェルが用意してくれた朝食に手を伸ばしていき、黒パンに乗せられた具材ごと一口で頬張っていく。
「ふ……ふまいッッ……」
「ふふっ、コルチェスター流の味付けになりますが、どうやらお口に合ったようで良かったです」
この黒パン、ただ切って具材を乗せただけのモノではなく。固く水気を失った黒パンには軽く煮汁を染み込ませ柔らかくしてあり。
乗せられた具材、干し肉も同じく柔らかく加工されていて、刻んだ新鮮な野菜や果物と香辛料と塩が混ぜられたモノが肉とパンの間に挟まれていたのだ。
しかも、切り出された黒パンの大きさがまた絶妙で、乗せた具材とパンを一口で頬張れる量となっていたので、ボロボロと具材をこぼす心配がなかったのだ。
どうやらこの黒パンを美味だと感じたのはアタシだけではなかったようで。
アタシと同じく、具材の乗った黒パンを一口で頬張っていったユーノはというと。
「うんっ、コレおいしいっ!ねえ……もうひとつもらってもイイかなっ?」
「も、もちろんですっ、まだまだ用意してありますし、足りなかったらまた追加でお作りしますので、どうかお腹いっぱい食べて下さいまし」
ゴクリと喉を鳴らして、口の中にあった黒パンを飲み込んでいくと。
皿に用意された黒パンに手を伸ばそうとしてから手を止め、食事を用意してくれたレイチェルに、目をキラキラと輝かせながら許可を求めていく。
それはきっと、魚ばかりの食事から解放されたという理由だけではないのだと思う。
昨日、少しばかり積荷だった干し肉の味見をアタシもしてみたのだったが。
この干し肉は、大陸では定番の|角ウサギ(ホーン
ラビット)で作られたモノとは違い、一段と美味だったのだ。
厚みのある肉は、煙で燻されたのかほどよく水気が抜かれており、香ばしい匂いが食欲をそそる。それでいて決して噛み切れない固さではない心地良い噛み応えと、噛めば噛むほどジワリと滲み出る美味さが何とも言えず美味であった。
「だけどさ、レイチェル。人数がいなくて食事を用意してくれた割に、この干し肉やパンの調理のやり方がかなり手慣れてるんじゃないか?」
「あ、はい。それはですね──」
「……お恥ずかしい話ですが、我が家では商人としては珍しく食事の支度を妻とレイチェルに任せっきりでしたので、今回の役割を任せたのですよ」
だが、煮汁に浸して黒パンや干し肉を柔らかくしてから調理する、なんて手慣れた方法を。 裕福な貿易商人の一人娘であるレイチェルが取ったことを不思議に思ったアタシの疑問を。
彼女自身が答える前に、食事を取りに来た父親であるレーヴェンが代わりに家庭の事情を答えてくれたのだった。
なるほど。
そんな事情があったのなら、とアタシは納得して皿に盛られた一口大の黒パンに再び手を伸ばし、口へと運んでいく。
レイチェルの調理に驚いたのは確かだが、それに加えてコルチェスター流の食材や味付けの傾向なんかを知ることが出来たのが嬉しかった。
都市部、農村、砂漠など周囲の環境によってどんな獲物や農作物が集められるかが変わり、住人がどのような味付けを好むのかも一変する。
幸いにも7年間の一人旅の今まで、食材や味付けの傾向がアタシの口に合わなかったことはほんの僅かしかなかったが、それでも全く無かったわけではないのだ。
「ふぅ……ご馳走さま、レイチェル。味も美味かったけど、朝から働きづくめなアタシらのためにパンも肉も柔らかめに戻してた気遣い、ありがたかったよ」
「あ……そ、そこまでお気付きになるとは、アズリア様ってそれなりに舌が肥えてますのねっ……て、あ、アズリア様っ、な、何をなさいますのっっ?」
おかげでモーベルムの港に到着し、陸地ならではの美味いコルチェスター料理を食べてやるぞ、という気持ちにあらためて火がついた。
そんな朝食を用意してくれたレイチェルに感謝の言葉をかけると同時に、皿を持って無防備な彼女の頭を撫でてやると。
「…………むぅ……う、うう」
最初は黙って受け入れていた彼女だったが、身体を震わせながらも無言で船室へと戻っていってしまった。
「ありゃ、もしかして怒らせちまったかねぇ……」
どうもアタシは背が高いのもあるのか、子供が頑張っているのを目の当たりにすると、ついつい頭を撫でる癖があるのだ。
だが、どうやら頭を撫でられている当人は子供扱いされるのをあまり好ましく思ってはいない、というのを一度だけ、ホルハイム王国を旅していた際に一緒だった年端もいかない年齢ながら高位の聖職者と同等の実力を持つ修道女エルに注意されたのを思い出し。
この悪癖で、せっかく食事の用意をしてくれたレイチェルの機嫌を損ねてしまったかもしれない、と反省して。
アタシは、朝から吹き抜けていく強めの海風を目一杯帆に受けて、少しでも早くモーベルムに到着するために帆に繋がる麻縄を握り締める手に力を込める。
「────さて、腹も満たされて元気も出たし、この程度の風なら受け止めてみせるよ……だから、もっと、もっと強く吹きなよ海の風ッ!」
レイチェルの気遣いもあってか、海賊との戦闘からまだ深い眠りについていない疲労困憊のアタシの身体に新たな活力が湧き。
黄色から白じんでいき、青に変わっていく空に向けてアタシは大きく叫ぶ。
すると、海の神ネプトと戦闘と天候を司る神ゴゥルンがアタシの叫びに呼応したかのように。
風が────強く吹き始めたのだ。
「これは……もしかして、ネプトの風?」
「うん?レーヴェン、ネプトの風ってのは何なんだい?」
「この海域には時折、船乗りを祝福するかのようなモーベルム側に流れ込む強い風が吹くことがあるのですが、このような季にネプトの風が吹くのは私の記憶ではなかったはずですが……?」
「つまり……今のアタシがやるべきコトは」
「ええ、アズリア君。ネプトの風を全力で帆に受けて下さい……この風の強さを一人で、という無理を承知でお願いしたい、出来るでしょうか?」
レーヴェンとアタシがネプトの風について話している間にも、吹き付ける風が強さを増してきていた。
アタシの手に握られていた帆に繋がる麻縄に掛かる力も徐々に増してきていて、いよいよ右眼の魔術文字を発動させなければ耐えられない程になっていたのだ。
だが、今この状況で手を離せば広げた帆が風を受けられなくなるだけでなく、帆を張るための木材が風の勢いで破損してしまうかもしれない。
アタシの責任は重大であった、が。
「ははッ、誰にモノを言ってるんだいレーヴェンッッ!……ネプトの風でも何でも、アタシが受け切ってみせるよ!」
「────任せましたっ」
アタシは右眼の筋力増強の魔術文字に魔力を注ぎ込み、その効果を受けて増した膂力で風の勢いに負けることなく帆を最大限に広げるために麻縄を支えていく。
もちろん大変なのはアタシだけではない。
これだけの強風を帆を最大限に広げて受けているのだ、風の力を受けて海を進む商船はその速度で大きく船体を揺らしていた。
一度、舵を切り間違い船体が大きく傾いてしまえば、船が横倒しになってしまうかもしれない。
舵を握るレーヴェンの額にも玉のような汗が浮かんでいる。
空に浮かぶ雲の流れが変わり、海上には白い波が立つ程の強い風に、帆柱の真上に位置する見張り台にいるユーノが少し心配になり、その様子を確認するため視線を移してみたが。
「ひゃあああっ!すごいすごぉいっ!つよいかぜふいててボクとんでっちゃいそうだよ……あははははっ、おもしろーいっ!」
……どうやら心配はいらなかったみたいだ。




