5話 アズリア、嫌な予感が的中する
王都を出発して、四日目の朝。
実は……今回の依頼、鉱山に到着する前から嫌な予感を薄々と感じてはいたのだ。
何故なら、ランドルから事前に聞いていた話だと彼は数人の護衛を連れて鉱山に来ていた、という事だったが。
余程、期待外れの実力である護衛を引き当てたのでなければ、鉄鱗程度ならば充分に対処出来る筈だ。鉄鱗の脅威で言うなら、仮にも一人前を名乗る冒険者や傭兵ならば、一対一なら苦戦はしてもまず負けることはあり得ない程度の脅威でしかないからだ。
つまりは、想定外の出来事。
予想以上の鉱蜥蜴の大群にでも包囲されでもしたか。
もしくは出現したのが鉄鱗ではなく、少し強い赤銅鱗以上の鱗を持つ何かに遭遇してしまった。
……と、鉱山までの道中でアタシはランドルらに起こった出来事を推測しながら歩いていたのだが。
どうやら、目的地である鉱山に到着したようだ。
「ここが……教えられた場所に間違いはないみたいだねぇ」
王都からも数日、周囲には村らしき集落もない。
そこでランドルは、鉱山で働く坑夫らが一々街に帰らなくても良いように。鉱山のすぐそばに簡易的ではあるが宿や酒場などの建物を作ったのだと。
お陰で、鉱山というよりちょっとした村だ。
「あのさ、鉱蜥蜴が出現たっていう場所に案内して貰いたんだけどさ」
近くにいた男にそう声を掛けた途端、歓声を上げてアタシをとある坑道の入り口へと案内してくれた。
男の話によれば、坑道内に魔物が出現したということで、現在は採掘が中断されているらしく。
「このままじゃオレらは給金貰えなくて、飢え死にしちまうからよぉ……頼むぜ、傭兵の姉さん」
鉱山の入り口へと案内してくれた男は、そうアタシの背中をバンバンと叩くと。宿まで走って帰って行ってしまった。
まあ、坑道内までついて来られても面倒ではあるが。
「さて、と。アレが入り口ってワケかい……ッて、入り口から何か出てきやがる……ッ!」
岩壁に掘られた洞窟のような入り口の奥から、何者かが外へと出てこようとする気配を感じ。
慌ててアタシは、坑道への入り口を覗き見ることが出来る付近の茂みに身を隠すと。
アタシが道中、既に感じていた嫌な予感は。
鉱山の入り口に足を踏み入れようかという矢先に、鉱蜥蜴が入り口から顔を見せるというカタチで的中してしまうのだ。
目視できる、その数は二匹。
二匹のどちらも黒く鈍い光沢をした鉄の鱗を持つ、いわゆる鉄鱗。
その体長は馬一頭よりは一回り小さい程度なので、アタシが見た限りは何度も脱皮と成長を繰り返しているような手強い個体ではなさそうだったが。
それでも、鉄の硬さを持つ前脚の爪と大きな口にビッシリと生えた同じく鉄相当の硬さの牙は、簡単に鎧を砕き、肉を切り裂き噛み千切る脅威だ。
「やれやれ……鉄鱗なのは助かったけどさ。こんな入り口で遭遇するってコトは、やっぱり群れになってるねぇ……ありゃ」
そう愚痴を溢しながらアタシは一人入り口付近の茂みに身を隠しながら、背中に背負っていたクロイツ鋼製の大剣に手を伸ばすと。
入り口の辺りをうろちょろと動き回っていた二匹の鉄蜥蜴を迎撃するために背中から抜き放ち、両手で胸の前に大剣を構えてみせる。
「この依頼、意外と面倒なコトになりそうな予感がするねぇ……少しばかり安請け合いしちまったかな」
幸いにも、ここから見える鉱山の坑道内部は天井が高めに掘られているためか、多少の不自由はあれど、大剣が振るえないほど狭くはないようだ。これは非常に助かる。
どうやら見張りらしき二匹の鉄鱗はまだアタシの存在に気付いていないようだ。
ならば、とアタシはまだ察知されていないのを好機に、そのまま坑道の入り口へと足音を殺して接近していくと。
「────いくよ……ッ」
見張りという役割ながら油断しきり、周囲を然程警戒していなかった鉄鱗に狙いを定め。
潜んでいた茂みから一気に駆け出していき、鉄鱗との間合いを詰めるアタシは。
「うらぁぁぁああああッッ!まずは一匹ッッ!」
本来ならば大の男二人がかりで何とか持ち上げられる程の重量の大剣をアタシは両手で軽々と握り。
その重さに振り回されることなく早く鋭く、目の前の鉄鱗の頭部に目掛けて────渾身の力で大剣を振り下ろす。
それは、熟練の戦士の持つ剣筋でも。
騎士達の振るう、合理的な剣術でもなかった。
誰からも剣を振るう術を学んでこなかったアタシの、ただ目の前の敵を叩き潰すという目的だけに力任せに振り下ろされた一撃だった。
その力任せの一撃は、鉄の鱗に覆われた頭部と頭蓋を叩き潰して、一匹目の鉄鱗だった鉱石蜥蜴を瞬く間に永久に沈黙させる。
すると、突然現れたアタシに目の前で同族を屠られた二匹目は、途端に足を止めて警戒態勢を取る。
アタシが一歩踏み込むと、ササッ……と後ろへ退がり、大剣が届かない間合いを保とうとする。
「……チッ。蜥蜴のクセに頭使ってきやがって時間稼ぎかい……見張り役相手に愚図愚図してると、奥から仲間がやってきて囲まれちまう、か」
そう、群れには必ずと言っていいほど見張りを置く。
それこそが、この連中の困った習性なのだ。
鉱蜥蜴は基本、餌場である鉱石層から離れない。それが鉱山に入ってすぐの場所をうろついていた、ということはこの二匹は間違いなく見張り役だったのだろう。
……しかも、残りの一匹はやたら警戒心が強い。
この見張り役を無視して奥に進んでしまってもよいのだが。
奥に何匹残っているか確認しないまま先に進み、この狭い通路で数に物をいわせて攻められるなど不測の事態が起きた際に、この見張り役に退路を断たれたら、いくらアタシでも無事では済まないだろう。
それに、奴が見張り役だとするなら、時間を稼がれると奥にいる仲間へと侵入者が来たという合図を坑道の内部へと伝達する可能性がある。
そうなれば、依頼の達成に支障が出ることこの上ない。
「こりゃ、少しばかり切り札を出したほうがいいかもしれないねぇ、うん……幸いに周りにゃ誰もいないし、ね」
アタシの切り札は一般の人間とは違う『右眼』にある。
生まれながらに授かったのは褐色の肌だけではない。アタシの右眼には生まれながらに皆が使う魔法とは異なる力が宿っていたのだ。
その証拠に右眼の内側には、見たこともない奇妙な文字が刻まれている。間近で凝視されでもしなければ、まず知られる事はないが。
その『右眼』を発動させる準備のために、睨み合いを続ける鉄蜥蜴に隙を見せないよう、構えを崩さないようにしながら。
アタシは────右眼へと魔力を送り始める。