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22話 アズリア、海の主に遭遇する

「海の、(ヌシ)……だってえ?……な、何だいそりゃあ?」


 (ヌシ)と聞いて思い出したのは、アル・ラブーンとホルハイムの国境にそびえ立つスカイア山嶺で遭遇した、(ふもと)のホルサ村では「山の(ヌシ)」と呼ばれる巨大な飛竜(ワイバーン)だったが。

 それと同じように、巨大になった海竜(シードラゴン)辺りの呼び名なのだろうか。


「い、いえ……私たち海を征く貿易商らの間で、かなり前より話題になっていたのですが、その正体はまともに姿を確認した人間がまだ誰もいないので、私には何とも……」

「さて……どうするレーヴェン?……もし、アンタがあの海の(ヌシ)を討伐したいっていうのなら、アタシとユーノで海竜(シードラゴン)程度なら何とか出来ると思うんだけどねぇ?」


 アタシが背中に背負った大剣の柄を握り拳でコンコンと小突いて見せながら、見張り台にいるユーノへとチラリと視線を移してみせる。

 その仕草を見てレーヴェンは顎に手を当て一瞬だけ考え込んだが、すぐに結論を出した。


「……いや、向こうから襲って来ない限りこちらからは手を出さないでおきましょう。不測の事態で君たち二人のどちらかが欠けでもしたら今度こそ船を動かせませんし……何よりも私たちは時間が惜しい」

「わかったよ、その(ヌシ)とやらが襲って来る前にこの場を離れられるよう、せいぜい祈っておいておくれよッ」


 レーヴェンの決定を聞いて、アタシは(かじ)のある船首から、再び帆を風に受けるための作業へと戻っていく。

 いくら夜通し船を動かしているとはいえ、黒く染まった夜の海を昼間と同じく目一杯に風を受けて全速で走らせる、というわけにはいかない。

 いくらユーノが見張りをしてくれているとはいえ、夜の海は見通しが利かないためだ。


 だが、真横に「海の(ヌシ)」なる得体の知れない存在(モノ)がいて、いつ襲撃を仕掛けてくるか分からないとあっては、ここは全速でこの場を離脱するしかない。

 ……すると。その真横にいた大きな影から、長くこちらに伸びる何か(・・)をユーノが、そして遅れてアタシも視界に捉える。


「お姉ちゃんっ!あのかげがこっちめがけてうごいてきてるっ……いそいでっ!」

「それじゃあ速度を上がるからね、レーヴェンもユーノもしっかり掴まってなよッ!」


 幸いにも吹いている風は、強さも風向きも海の(ヌシ)から離れるには都合の良い具合だった。

 アタシが帆を広げていくと、強い風を帆に受けた商船は夜の闇を溶かし込んだような海に波を立てながら、船体を揺らして急速に進んでいく。


「どうだいユーノッ!……右側面のデカブツはコッチに接近してくる気配はあるかいッ?」

「う、ううんっお姉ちゃんっ、あいつ、どんどんはなれていってるよっ!」

「……どうやら、逃げる選択をしたのは正解だったみたいですね」


 見張り台から右側面にいる大きな気配を目視していたユーノから、当面の脅威から逃れられている報告を受けてホッと胸を撫で下ろしていたのは(かじ)を取っていたレーヴェン。

 もちろんアタシだって海の(ヌシ)と戦いたかったわけでもなく、安堵したのが正直なところだ。


 何しろ鉄より重いクロイツ鋼製の部分鎧(ポイントアーマー)を装着していたのだ。何かの拍子で海に落ちでもしたら、装備を海中に捨てなければ絶対に助からないが。

 もしそうなったら、製作方法が特殊なクロイツ鋼製の装備を再び入手するのはほぼ不可能に近いだろう。

 たとえ……コルチェスターが海運の盛んな国であり、レーヴェンが優れた貿易商人だとしても、だ。

 あるいはコーデリア島に戻り、大地の精霊にして凄腕の鍛治師でもあるノウムに頼み込めば、装備を再び揃えるのも可能かもしれないが、だ。


「……うん、お姉ちゃんっ。あいつ、もうこっちからみえなくなったよっ」

「そ、そうかい?……ぷ、ぷはああぁぁ……よ、ようやく力を抜けるよぉぉ……」


 そのユーノの言葉で、アタシらの乗る船がようやく海の(ヌシ)を振り切った事を理解し。

 アタシは目一杯帆に風を受けるために、力を込めて麻縄(ロープ)を握り締める手を緩めていった。     

 何しろ、本来ならば数名で引っ張る役割を、右眼の魔術文(ルーン)字を発動させながら一人で行っていたのだがら、その疲労と魔力の消耗の度合いは尋常ではない。


「いやぁ……風に向けて帆を張るってのは、思った以上に力のいる作業なんだねぇ……コレをモーベルムに到着するまでとか、こりゃ骨が折れるねぇ……」

「アズリア君には相当の苦労を掛けてしまいますが、モーベルムに到着したらその苦労に見合った報酬は出しますので、何とか頑張って下さい」

「こんな事になるなら海賊の連中を皆殺しにしないで、何人かは雑用係として生かしておけばよかったねぇ……」


 海賊の連中を皆殺しにしたのには理由があり。

 母親を海賊に斬殺されたレイチェルが涙ながらにアタシへと、新たに現れた海賊連中を母親と同じ目に遭わせて欲しいという依頼をしてきたからだ。

 

「み、皆さんっ……そ、その、食事の準備が出来ましたのっ」


 船室から甲板(かんぱん)へと上がってきたのは、そのレイチェルであった。

 さすがに小さな女の子に甲板(かんぱん)麻縄(ロープ)を引っ張ったり、見張り台に登るような真似はさせられないが。

 それでも四人しかいない船員として、夜中にただ船室で寝ていたわけではなく。アタシらの食事の準備を請け負ってくれていたのだ。


「おや、レイチェル。どうやらこの騒ぎで起こしてしまったみたいだね」

「というか、いつの間にか夜が明けてたんだねぇ」


 そして、海の(ヌシ)を振り切るのに夢中だったためか、気がつけば。

 夜の闇に塗り潰されていた空の黒は、空と海の境目から顔を出していた太陽に照らされ、空の色を眩しい黄色へとまさに染め替えている最中だった。

 

「わーいっ!イイにおいっ……ボクもうおなかペッコペコだよぉ」


 レイチェルが船内に設けられた厨房で調理した食事の匂いを嗅ぎ付けたのだろう、見張り台にいたユーノが甲板(かんぱん)へと降りてきてレイチェルへと食事を催促する。

 眼が良い、だけではなく鼻も良いのも獣人族(ビースト)たる所以(ゆえん)だ。その鼻で、いつもアタシらが食べていた焼き魚ではないと判断出来たのだろう。


「ふふっ、ユーノ様が魚ばかり食べていたのは聞いていましたから、それ以外の食材で作らせていただきましたわ」

「そうだねぇ、帆を引っ張る作業って思ったより力がいるからさ、アタシもさっきから腹が鳴って仕方なかったんだよね」

「だがレイチェル。さすがに全員で船内へ戻って食事をするというわけにはいかないのだよ」


 レーヴェンの言う通り、いくら何も障害のない航海とはいえ、(かじ)取り役と帆を引っ張る役が同時に船内へと入ってしまい不在となると。

 下手に吹いた強い風や不意の海流に流されでもした場合、食事を終え持ち場に戻った時には取り返しのつかない位置に移動していた、なんて事もない話ではないのだ。


 だが、そこはレイチェルも理解していたようで。

 父親に言われて残念そうな表情をするどころか、自慢げに胸を張りながら。


「もちろんですわお父様。私とて貿易商人レーヴェンの一人娘ですのよ、そこを理解していないお馬鹿さんではありませんわっ」


 と、口にした彼女が取り出した木の皿には。

 薄く切られた黒パン数枚に色々なモノが盛られていたモノだった。


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