19話 アズリア、琥珀色との遭遇
苦笑いを浮かべながら、あらためて発動した魔術文字の効果で波立つ海面に再び氷を張り巡らせて、レーヴェンらの待つ商船へと向かっていると。
商船に接舷していたもう一隻の海賊船の外壁が勢いよく内側から破壊されていく様を、アタシは目にする。
船を破壊していた、その犯人とは。
巨大な鉄拳を振るっていたユーノであった。
「うなれええええ──黒鉄の螺旋撃おおっっ‼︎」
ユーノの両腕に装着していた籠手が回転することで拳の破壊力が増しているのが、遠目から見ても分かる。
さすがに先程のアタシのように、一撃で船を沈めるには到らなかったようだが。それはただ単にユーノがその拳を命中させる場所が悪かっただけだ。
何しろ内側から易々と外壁をブチ抜く程の破壊力なのだ。船底にあの回転する鉄拳を直撃させていれば間違いなく大きな穴が船底に空き、時間こそ掛かるが船は沈んでいただろう。
「あっははははっ!……たーのしいっ!たのしいよぉお姉ちゃんっ!うりゃりゃりゃああああああっ!」
……だが。
大きな笑い声を上げながら回転する鉄拳を振り回しているユーノ。多分に弱かった海賊たちでは晴らせなかった欲求不満をここぞとばかりに頑丈な構造の海賊船にぶつけているのだろう。
魚ばかりの食事に加え、普段なら島中を走り回っていた活動的なユーノが数日もの間、狭い船内に閉じ込められていたのだから、それこそ溜まった不満も相当な量だろうから。
「……あはは、ありゃアタシの手伝いなんていらない感じだねぇ……寧ろ、迂闊に手を出したらユーノに怒られちまいそうだ」
なので出来れば、海賊船を破壊することで溜まった不満を解消してもらいたいとアタシは密かに思いながら。
海面に氷を張りながら、アタシはようやくレーヴェンの待つ商船に辿り着き、縁から垂らしてくれた麻縄をよじ登っていく。
「まったく……助けて貰った以上余計な詮索はしないつもりだったが、私は軍艦を一撃で破壊し得る人間なんて今まで出会ったことがないんだよ、アズリア君」
甲板にて出迎えてくれたのは、呆れたような顔をしていたレーヴェンと、父親の後ろに隠れてしまっていたレイチェルだった。
どうやら海賊船を大剣の一撃で沈めてしまったのを目の当たりにしたことで、彼女に怖がられてしまったようだ。
「……とにかく、君たちが話せる範囲での事情を港に到着したら聞かせて貰えたら私としても、この国としてもありがたいのだがね」
「ああ、確か……モーベルムだっけ。その港街に着いたらアタシらの事情をアンタに説明してあげるよ、もちろん……話せる範囲内で、だけど」
余計な詮索はしない、と一度自分から口にした以上はレーヴェンも、いくらアタシらにいくつか不審な点があったとしても言及出来ないのだろう。
その時点で、彼が感情や打算で口約束を反故にしない程度には信用出来る人間なのだとアタシは思えたので。
港に到着したら、獣人族であり、魔王様配下の四天将である事以外は話してもいいかな、と考えていた。
何故ユーノの素性を話すのを躊躇うのか。その理由は、コルチェスターという国家が獣人族を差別的に扱っているかどうかのアタシの知識がなかったからだ。
大陸ではしばし、獣人族を「人間に劣る種族」として一層下に扱う国家もあるのが現状であり、歴史の長い国家ほどその傾向が強く見られる。
現にアタシが捨てた故郷でもあるドライゼル帝国でも、獣人族は住人よりも酷い扱いを受けていた記憶があった。
もちろん。アタシが今ここでコルチェスターの事情に詳しい貿易商のレーヴェンに、この国における獣人族の扱いを聞いてしまうのが手っ取り早い方法ではあるのだが。
その質問がきっかけで勘の良さそうなレーヴェンに、ユーノが獣人族であることが知られてしまう可能性を考えると、アタシは安易に尋ねられなかったのだ。
もしコルチェスターがユーノにとって居心地の悪い国であるならば、長居して彼女の素性に気付く人間が出てきて一騒動が起きる前に、さっさと違う場所へと旅立つつもりでもあった。
アタシはそんなユーノへ視線を向ける。
ここから見ている限りでは、海賊船の外壁の所々に大穴が空き、もはや船として海を征くのは難しい段階まで破損が進んでいるが。
時々見えるユーノの様子から、まだ全然暴れ足りない感じなのが伺えるので、もう少し時間が掛かりそうだとレーヴェンに話すと。
「……そりゃそうでしょう。寧ろただ一人で軍艦にも使われている頑丈なコルチェスター製の帆船を破壊出来るほうが異常なのですよ……この事実を国王が知ったら間違いなく頭を抱えるでしょうね」
と、一撃で海賊船を破壊したアタシに対して、生温かい視線を送りながら、出航の準備のために船内へと戻っていくレーヴェン親子。
甲板に一人残されたアタシはというと、この商船に麻縄で繋いであったコーデリア島から乗ってきた小型の帆船へと、その麻縄を伝って移動していく。
幸いにも、海賊の船から集めた食糧は一般的な保存食である干し肉や乾燥に強い黒パンに加え、新鮮な野菜や果物なども積まれていた。
そして酒樽の中は、赤葡萄酒だけでなく琥珀色の液体も。
アタシは酒精の強そうな匂いが漂うその琥珀色の液体に指を浸して、その正体が何であるかを確かめてみると。
「う、うおおッ?……こ、コイツはッ……!」
指ですくった僅かな量の液体を口に含むと、まず感じたのは葡萄酒や麦酒、砂漠で口にしたヤシ酒などとは比べ物にならない、飲み下すと喉の辺りが焼けるような酒精の強さだった。
だがそれだけではなく、口いっぱいに残る穀物特有の甘味とコクがこの琥珀色の液体が、かなり上等な酒であることを物語っていた。
「……ま、まさかコイツって……噂で聞いたことがある、火酒ってヤツかい?」
岩人族の国家であるブリジニア地底王国が名産であり、世界各地に住んでいる岩人族らも細々と極秘の製法と材料から作っている、と噂されているのが火酒であり。
おそらくは、この琥珀色の液体の正体だろう。
噂には聞いていたが、口にすり機会など一介の旅人であるアタシにはなかったので、この酒樽の中身が火酒かどうかは断定は出来ないのだが。
目の前の酒樽に満たされていた琥珀色の酒は、噂に聞いていた火酒の特徴に全てが一致していた。
もし火酒ではなかったとしても、そんな上質な酒を海賊連中が樽で持っているなんて驚きと、その酒樽を偶然ながら手に入れてしまった幸運に。
「うふ、うふふ……あと何日掛かるか分からないモーベルムまでの航海も、コレで少しは楽しくなってきたかもしれないねぇ」
思わず笑みを溢しながら。
アタシは知らずのうちに拳を握り締め、このような酒樽を積んでいた海賊連中に不謹慎ながら感謝していたのだった。




