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18話 アズリア、指から滲む血を見る

 巻き添えを受けないよう離れた場所から眺めていたユーノとレイチェルは。

 海賊団の旗艦だった大型帆船がアズリアの振るったただ一撃のみで両断され、その半身が沈んでいく様を見て、ただ言葉を失っていた。


「……船って……剣で壊せるものなんですの……?」

「……す、すごい……すごい、すごいよっお姉ちゃんっ!」


 もちろん、そこまで離れていない場所で巨大な船が沈んでいくのだ。海面は大きく波打ち、その波によって揺らされた船の甲板(かんぱん)で海賊船を破壊するのを見学していたレイチェルは、ユーノに身体を支えられ何とか立っていられたのだが。


「……な、何事かねこの揺れはっ?この付近に渦潮や激しい海流などはなかった筈だがっ?」


 商船側にて慣れない操船の準備をしていたレーヴェンがその揺れに驚き、甲板(かんぱん)へと飛び出してきて異変の元凶を確認しにきたのだ。

 そして、やはり最初に目で捜したのは一人娘のレイチェルの姿であったが、その彼女がユーノに身体を支えられて無事なのを確認する。


「おお、レイチェル!無事だったか、よかった……それにしてもこの揺れは一体?」

「お父様、それは……アズリア様が海賊船を破壊したからですわ」


 そのレイチェルの言葉を最初は疑ったレーヴェン、それもそのはずである。

 いくらあの生命の恩人である女戦士(アズリア)が凄腕だとしても、たった一人で軍艦でもあった大型帆船を破壊するのだ。日が暮れるまでに作業が終われば良し、とレーヴェンは想定していたからだ。


 だが、海賊船があった場所に視線を移してみれば、硝子(ガラス)を鉄筒に嵌めて遥か遠くを視ることが出来るようになった、「遠見の筒」と呼ばれる航海に必須である道具を用いなくても。

 海賊船が破壊され、海に沈んでいく様がレーヴェンにも見て取れたのだ。


「ねえレイチェル?……ちょぉっとめをつむっててねっ」

「え、えっ?ユーノ様な、何を……ひ、ひゃあああああああああああっ⁉︎」


 そのユーノがひょいと「鉄拳戦態(モード・アイゼルイェーガ)」で装着した巨大な籠手(ガンドレッド)の指でレイチェルを掴み、彼女が溢れ落ちないように慎重に両手の指で覆うと。

 最初に襲撃し接舷してきた海賊船から父親であるレーヴェンのいる商船へと、一気に空高く跳躍してみせたのだ。


 周囲に響き渡るレイチェルの悲鳴。


 いくらユーノが細心の注意を払い、レイチェルの身体を掴んでいたとはいえ、ふわりと浮き上がる感覚など味わった事がなかっただろう。

 加えて、彼女の視界には跳躍し想定していなかった景色が連続して映し出されていたのだ。悲鳴を上げるのは当然とも言えた。


 商船側の甲板(かんぱん)に出てきていたレーヴェンに、叫び疲れて放心状態となっていたレイチェルの身体を預け。

 再び空高く跳び上がって、接舷してあった海賊船へと戻っていったユーノ。


「さぁて……それじゃボクもがんばっちゃうぞっ!────でいやあぁぁぁぁっ!」


 着地点である接舷させた海賊船の甲板(かんぱん)に足ではなく、巨大な籠手(ガンドレッド)を握り締めた黒鉄(くろがね)の鉄拳を叩き込んでいくのだった。


 ◇


 放ったのは一撃だけだったが。

 左右に斬り割かれた半身は海に沈んでいったのだ、最早この帆船が使い物にならないのは誰が見ても一目瞭然だ。

 目的を果たしたので、アタシはレーヴェンらが待つ商船へと帰還しようとしたが。


 さすがに時間が経ち過ぎていたのと、先程海賊船の半身を沈めた時に起こった波がトドメになって、海を渡るために作り上げた氷の道はすっかり砕け散ってしまっていた。

 まあ、それならもう一度足先に魔術文(ルーン)字を刻み直せばよいのだが。


「普通の魔法と違って、一々指を切って血を出さなくちゃ使えない、ってのが魔術文(ルーン)字の面倒くさいって言っちゃ……面倒くさいトコなんだよねぇ……」


 今までに隙を見ては、アタシは魔術文(ルーン)字についての考察や研究を欠かすことはなかった。

 それ故に、力ある言葉(ワード)の単語を入れ替えて異なる効果を発揮させたり、二重発動(デュアルルーン)や魔術文(ルーン)字の重ね掛けなどを編み出す事が出来たのだが。


 それでも、アタシ自身の血で魔術文(ルーン)字を描く、という工程を簡略化することだけ(・・)は未だに出来ずにいた。

 戦闘時にはアタシも少なからず傷つく事が多いため、敢えて指を切って血を流す動作を省略することも出来るのだが。

 まさに今のような日常的に魔術文(ルーン)字が必要となる場合、この「指を切る」という工程が面倒なのだ……それはもう、色々な意味で。


 何しろ目の前でいきなり指を切るのだ。

 初めて見る人間には驚かれないほうが珍しい。

 何なら、何かの呪いの儀式か何かと誤解されてしまった事だって一度や二度ではなかったりする。


「……まぁ、だから極力他人様の前じゃ魔術文(ルーン)字を使える、ってのは内緒にしてたんだけどね」


 だが、アタシの旅に転機が訪れたのは半年ほど前に大陸中央に位置するシルバニア王国へ到着したことであった。

 そこでアタシは「師匠」と呼ぶ存在、大樹の精霊であるドリアードと出逢い、魔術文(ルーン)字の使い方や戦闘技術など色々な手解きを師匠(ドリアード)に受けることとなり。

 7年間の旅で二種類の魔術文(ルーン)字しか発見することが出来なかったアタシが。この半年間で、なんと七種類の魔術文(ルーン)字と出会い、自分の力にすることが出来たのは大きな成果だ。

 

 その分、魔術文(ルーン)字で出来ることも増えてきてしまったのと、アタシが出来ることを見過ごす真似が出来ない性格的な問題があり。

 何か、血文字以外で魔術文(ルーン)字を描く手段がないか、というのが現状でのアタシの大きな悩みの種の一つでもあった。


 だが、今は代わる手段がないので。

 再び自分の血で足先に、海を凍結させるための凍結する(イス)刻の魔術文(ルーン)字を描きながら。


 ふと、頭に大樹の精霊(ドリアード)の顔を思い浮かべていたアタシだったが。


「……そう言えば。大地の精(ノウム)霊が、師匠(ドリアード)がアタシのコトを探してるとか何とか言ってたような……」


 と、同時に。

 コーデリア島で老婆に姿を変えられていたというアタシの大剣を鍛え直してくれた大地の精霊ノウムが口にしていた言葉も思い出したのだ。

 

 次に師匠である大樹の精霊(ドリアード)と再会した時にどんな顔をされて、どんな態度を取られてしまうのかを考えると。

 背筋に冷たいモノが走る、というのは言い過ぎかもしれないが……多少は気持ちが重くなる、というものだ。

 



 

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