17話 アズリア、海賊船を破壊する
結局のところ。
海賊船をこのまま放置することは得策ではないと、ユーノが余計な事を言ったために船を再利用出来ないようアタシが破壊する流れになってしまったため。
まずはユーノとアタシで二隻の海賊船に積荷として載せられていたある程度の酒樽や食糧を、自分らが乗ってきた小型帆船に運び込んでいく。
積荷をレーヴェンに立ち会ってもらいながら吟味していったが、どうやら他の商船からの掠奪品は積んでいなかったようだ。
「やったねお姉ちゃんっ、これでもうおさかなばっかりたべなくてすむよぅ!」
「……うん、そうだねぇ」
足取りの軽いご機嫌なユーノとは対照的にアタシの口振りが重いのは、決して酒樽や食糧などの海賊の積荷を運ぶのに疲れたからではない。
海賊からレーヴェン親子を救出するまでは良かったのだが、まさか壊滅させたあの海賊連中がそこまで大物だったとは想定外だったからだ。
「え、なに?お姉ちゃんっ?」
「……はぁ、いや、何でもないよ」
アタシは酒樽を二つ肩に抱えたユーノの顔をチラッと覗きながら、溜め息を吐いてしまう。
ただでさえ今のアタシには、大陸ではあまり見ることのない獣人族の彼女を連れているため。
本音を言えば、陸地に到着してからあまり目立ちたくはなかったのだが。
レーヴェンの話では、この海賊団を倒した報告はこれから行く港街だけの話では収まりそうになく、下手すればコルチェスターの中央にまで話が及ぶ可能性だってある。
悪目立ちを避けたかったアタシからすれば、否が応でも注目を集めざるを得ない事態に、溜め息の一つも漏れるというモノだ。
こうして、小舟と氷の道を何度か往復することで海賊が所持していた金目のモノはレーヴェンらの船に、食糧はアタシらの乗る船へと積荷を移し終えていくと。
いよいよ海賊船の解体作業、となるわけだが。
「なぁレーヴェン、アンタの話じゃこの海賊船……元は海軍の軍船だったんだろ?それを海に沈めちまって、後々騒ぎになったりアタシがお尋ねモノになる……なんてコトはないんだろうねぇ?」
アタシは、軍艦を破壊する事が果たして後々の憂いにならないかどうかをレーヴェンに確認を取る。
この海域が本当にコルチェスター王国内であるならば、アタシの知る限りでは大陸西側のニンブルグ海一帯はこの国のモノだ。大陸に帰り着く前にお尋ね者にされるのは勘弁願いたいからだが。
「それについては貿易商レーヴェンと我らコルチェスター商人の名に賭けて安心して貰っていいよ、アズリア君。私だけでなく娘の生命をも救ってくれた恩人を国に売るような真似はしないさ」
「むしろ、海賊に掠奪された船など体裁が悪くて誰も乗りたがらないですわ、アズリア様」
レーヴェンに加えて、横に並んでいたレイチェルも船の破壊に太鼓判を押してくれる。
そこまで言われたのなら、もうアタシがあれこれ考えることは何もない。
ただ目の前の海に浮かぶ帆船を破壊するだけだ。
アタシは、右眼に宿る筋力増強の魔術文字に併用して、背中から取り出した大剣の刃を指でなぞり。
軽く切った指の腹から滲む自身の血で返り血で、汚れていない剣を握っていた手の甲に右眼と同じ筋力増強の魔術文字を描いていく。
「我に巨人の腕と翼を────wunjo」
そして右眼と手の甲、二箇所の同じ魔術文字に二重発動によって同時に魔力を注ぎ込み、発動していく。
これは、単発で発動させるよりも魔術文字の効果を上増しする、重複発動という術式。
アタシの想定では、普通に右眼の魔術文字を発動させて、島で大地の精霊によって鍛え直された大剣を振るっていても、時間を掛けさえすれば細かい破壊を積み重ねて目的を達成することば出来るだろうが。
どうせなら破壊に掛ける時間をなるべく短縮したいと思い、アタシは覚えたて、まだあまり実践した経験のない「同じ魔術文字の重複発動」を使う決断をしたのだった。
二箇所の魔術文字から身体中に巡る膨大な魔力によって、これ以上ないくらい内側から膨れ上がりそうな感覚を抑えながら。
帆を外された海賊船の甲板に立つアタシは、両手で握り締めた大剣を真上へと掲げていく……それは実戦中では決して出来ないような、渾身の力をゆっくりと掲げた大剣に込める動作。
「……アズリア様はあの体勢から何をするつもりなのでしょうか、ユーノ様?」
「んーと……ごめん。ボクもお姉ちゃんがホンキをだしてるとこ、みたことないんだ」
海賊の旗艦から離れた、商船に接舷していたもう一隻の一回り小さな海賊船には。
硝子の嵌められた鉄の筒をこちらへと向けていたレイチェルと。
目を凝らしてアタシを見ていたユーノの姿。
最初はアタシが船を破壊する様子を間近で見学していたいと主張していたユーノとレイチェルだったが、大人であるレーヴェンに頼んで二人を連れて離れた場所へと避難してもらっていた。
そんな二人がアタシを注視している中。
アタシは、魔術文字で劇的に上昇した膂力を一気に解放し、真上に掲げた大剣にその力を余す処なく伝達していき、一気に真下へと振り下ろし。
雄叫びなど発することなく。
渾身の──アタシが放てる渾身の一撃を放つ。
アタシが全力で振り下ろした大剣が甲板に衝突すると、まるで吸い込まれるかのようにスッ……とまるで木板を砕いた感触を握った手に伝えることなく甲板へと突き刺さる。
大剣がまるで楔のように、突き刺さった箇所からアタシの足元から真っ直ぐに走っていく亀裂、それが船首にまで達した次の瞬間。
ガクン!と激しく船が揺れたかと思うと、アタシが立っていた甲板の先が左右に割かれていき、船の右側が跳ね上がり、逆に左側は沈み込んでいったために慌てて右の部分へと飛び移ると。
バリバリバリ!と激しく破砕音を立てていたのはアタシの背後、剣撃を受けていない部分が、真ん中から先が左右に分割されていく勢いで海賊船が両断されていたためだ。
「……お、おいおい……な、何だいこの威力……剣の長さが届いてない船首や船底まで斬れてるって……さ、さすがにおかしくないかい、コレ?」
普通の武器よりも大型で間合いの長いアタシの大剣だが、さすがに斬撃が到達している距離が大剣の切先を遥かに凌駕し過ぎている。
筋力増強を発動させた剣撃は、しばし空気を斬り裂き斬撃を間合いの外へと飛ばす現象を起こすことは今までにも度々(たびたび)見られたが。
さすがに頑丈な帆船を両断出来る斬撃など飛ばしたことは、アタシの記憶にはなかった。
思えば、初めて筋力増強の魔術文字を重ね掛けして発動させたのは、コーデリア島に漂流した人間らが建国した神聖帝国の帝都ネビュラスで。
偽りの神セドリックの祝福とやらを受けたバロールとの対決であった。
バロールの使う呪縛の魔眼の魔力で縛られた身体を無理やり動かすために、最後の賭けで発動させたのがキッカケだったが。
アタシの一撃で完全に分断されてしまった海賊船の左側の部分が、水飛沫をあげながら白い泡をぶくぶくと立てて海中へと沈んでいくのを眺めながら。
二重発動での筋力増強を重ね掛けし、最大級の一撃を放ったその結果をアタシはいまだ受け入れられずにいた。
帝都でのバロールとの戦闘でも、一歩間違えていれば大聖堂を崩壊させ、今頃は彼もろとも瓦礫の下敷きになっていたかもしれないと思うと、背筋に冷たい感覚が走り身体が震えてきたのだった。




