16話 アズリア、逃した女頭領の名を知る
コルチェスター王国とは。
ラグシア大陸の西側、ホルハイムやアル・ラブーンに面したニンブルグ海に浮かぶ多数の島に点在する都市国家が連合して出来た海運国家だ。
その土地柄から帆船を造る技術に長けており、現在ニンブルグ海を航行している帆船のほとんどはコルチェスター製という状況であり。
故に大陸最先端の造船技術を注ぎ込まれたコルチェスター海軍は、間違いなく海上では大陸最強と言えるだろう。
その海軍は、先日のホルハイム戦役でもハティの妹であるユメリアとアル・ラブーンの筆頭近衛騎士ノルディアと共にホルハイム側の援軍として参戦し、港街メレアグロスをドライゼル帝国軍から奪還してみせた。
「いやあ……まさか、こんなカタチでコルチェスターに訪れることになるなんてねぇ」
アタシはレーヴェンの言葉に、どちらに陸地があるかも知らないが、まだ辿り着いたことのない国家と街に心を馳せて視線を向ける。
というのも。
7年もの間、今は離れたラグシア大陸を旅して回っていたアタシだったが。その旅路はあくまで陸路のみであり、帆船に乗り海を渡った経験はまだ無かった。
だから、大陸を隔てた海の向こうにあると聞いていたコルチェスター王国に赴いた事はなかったからだ。
ところでアタシが今、一番気になっている事をレーヴェンに聞いてみることにした。
「それでさぁ、レーヴェン?……今のアタシらはレイチェルを加えても四人しかいないんだけどさぁ」
そして、甲板を歩き回ると。
近場にあった大きな帆を支える太い帆柱を握った拳でコンコンと叩いてみせながら、言葉を続けていく。
「……隣に並んだ海賊船と、この大きな海賊船、それにレーヴェンの持ってる帆船とアタシらが乗って来た船の四隻を、一体どうやってそのモーベルムの港まで運ぶつもりだい?」
そう、この海賊らの襲撃によってレーヴェンの乗っていた商船の乗組員は全員が殺されてしまい。
その海賊団の連中も、アタシが斬り殺したか、ユーノの鉄拳で海へと吹き飛ばされたかで誰一人としてこの場に残っていないので。
まあ……アタシらが乗って来た遥か小型の帆船は麻縄で繋げばよいが。
三隻の大型帆船を航行するには、絶対的に人手が不足していたのだ。
さすがに四隻もの船を動かすのには無理がある。
そう考えていた時であった。
「……それでは、連中の船の船首と帆を回収してはいただけませんか、アズリア君、それに……ユーノ君」
アタシの問い掛けに、顎に手を置きながら腕を組み、少し考える素振りを見せていたレーヴェンだったが。
その彼の提案通りにアタシは帆柱に掲げられていた、連中の象徴となる紋様が描かれた布地を取り外していき。
ユーノは今アタシらがいるこの海賊船の先端に飾られていた何かを象った鉄の像をその巨大な両腕の籠手で力任せにもぎ取る。
「レーヴェン、アンタに言われた通りに船首にあった鉄像と帆は集めたけど、帆を外しちゃこの船は海を渡れないだろ?」
「その通りですアズリア君。さすがに私たち四人で三隻もの大型帆船を操るのは無理なので、海賊船二隻はこの場に置いていきます」
「え?え?……じゃあなんでボクたちにこんなモノあつめさせたの、おじさん?」
アタシも当然ながら抱いた疑問を、レイチェルとあまり変わらない背丈の少女の姿をしたユーノがレーヴェンへと尋ねていく。
すると彼は、外見こそ自分の娘と同じ様ながら、海賊らを一蹴し火砲で撃ち込まれた鉄球を弾き飛ばす鉄腕の持ち主であるユーノへ、決して子供扱いせずアタシに接するのと同様の態度で返答していく。
「それはですね、君たち二人がこの海賊団を討伐した証明がモーベルムで絶対に必要になるからですよ、もちろん君たちもですが……私たちにも、です」
「う、うんうんっ……な、なんとなくわかるっ」
うん、ユーノ。
アレは絶対、理解出来ていない表情だね。
しかし、理解出来ていないのはアタシもユーノと同様だ。帆の布地や船の装飾品を回収するのは、冒険者らが魔獣や危険な野獣を討伐した際に身体の一部を持ち帰り、討伐の証明にするのと同じだと考えれば「アタシたちに必要」という部分までは何とか理解出来たが。
レーヴェンらにも必要、という理屈がどういう事なのか、それがアタシには分からなかったからだ。
理解出来てないのに分かった素振りをするユーノではなく、アタシの顔を覗いてまだ納得がいっていない事を悟ったレーヴェンが説明を続けていった。
「どうやら君たちはこの国が抱える事情を知らないようなのできっちりと説明しておきますが……この海竜団という海賊はこの国ではかなりの大物の賞金首だったのですよ」
レーヴェンの説明によると。
アタシらが壊滅させた「海竜団」を名乗る海賊は、ヘイゼルという女頭領の指揮の下、数多くのコルチェスター商人の商船に掠奪行為を働いただけでなく。
あまりの被害に貿易商人らの訴えを受け王国も討伐に乗り出し、その命を受け出撃した海軍を逆に返り討ちにしただけでなく、軍艦をも強奪されてしまう失態に畏れを為してしまい。
ついには軍すら連中の掠奪行為を黙認せざるを得なくなってしまった海賊だったらしいのだ。
「──というわけで、この海賊が君たちの活躍によって討たれた事を、コルチェスター商人である私は同僚らと国王に伝える必要、いえ義務があるのですよ……理解していただけましたか、アズリア君?」
「ああ、丁寧な説明ありがとねレーヴェン。アタシらはコルチェスターに行くのが初めてだからそんな事情がアンタらとこの海賊連中にあったなんて初耳だったからねぇ」
だが、その裏事情を聞いて。
一つだけ懸念材料が残っていることに気付く。
それは、逃亡を許した女頭領のことである。
「……なあ。この海賊船、このまま海上に放置しておいて大丈夫なのかい?逃したそのヘイゼルとかいう女頭領が回収しに戻ってこないとも限らないしねぇ」
レーヴェンが帆の布地を回収したのは、あくまでこの海賊団を討伐した証明のためだろうが、帆がなければ帆船は風を受けて海を渡れない。
だが、あくまで布地だ。
他でいくらでも調達することが可能だろうし、船としての機能され残っていれば、逃げ出した女頭領以外にも悪用しようとする連中がいないとも限らない。
何しろこの海賊船は元は「海上では最強」と噂のコルチェスター海軍が使っていたモノだけはあり、レーヴェンらの乗る商船より一回り大きく立派な構造をしているのは、アタシから見ても一目瞭然だったからだ。
何より、船に積まれた四門の火砲だ。
火薬を利用した兵器や武器は、まだまだ大陸には広まっておらず、先のホルハイム戦役でもホルハイム、帝国両軍が火砲を含め火薬を利用した兵器を使っていた記録はなかったからだ。
「……私も本心で言えば、海賊船を丸ごと牽引して港へ帰してやりたいし、それが敵わないなら解体するべきだと思うが……さすがにこの人数では牽引も解体も難しいでしょう?」
もし乗組員が充分に残っていれば、最低限船を操る人数で三隻とも一番近い港だろうモーベルムに連れていくのが最善なのだろうが。
四人、という人数はレーヴェンの商船を操船し、モーベルムに寄港させるだけで精いっぱいの人数だ。
それに後日、この海賊船を回収に向かうとしても、ここは何の目印もない大海原である。海の流れに流されてしまうこともあるだろうし、再びこの二隻に辿り着ける可能性は低いのかもしれない。
だが、そんなレーヴェンの懸念を払拭するかのように、あっけらかんとした表情でとんでもない提案をするユーノ。
「え?このふねこわせばいいの?……ならお姉ちゃんとボクでできないこともないよ、ね?お姉ちゃん?」
「……あ、ま、まぁ確かに、壊すだけなら、ねぇ……」
ユーノがアタシに同意を求め話を振ってきたのを、言葉を濁しながら返答していくアタシ。
実はその懸念材料が頭に過ぎってから、最初にアタシが思い付いた解決策が、ユーノと同じく「船を破壊する」だったのは内緒にしておこうと思った。




