15話 アズリア、この海の事情を聞く
この話でアズリアたちが何処にいるのか判明しますので、章の?を解禁します。
────そして。
海神の怒り号から、赤髪の女戦士が振るう大剣の音以外が聞こえなくなった頃。
「アズリアお姉ちゃあああんっ!」
その彼女が海を渡るために作り上げた氷の道を辿り、両腕に巨大な黒鉄の籠手を装着した獅子人族の少女ユーノが海賊船へとやってきたのだ。
「うわあ……ホントにぜんぶ、やっちゃったんだ」
海に浮かんでいた小舟や、アタシが立っている大きな海賊船の甲板には最早動かなくなった、両手両足の指を使っても足りない程の数の海賊らの亡骸が積み重ねられていた。
まさに屍山血河とは、このような光景を指して言うのだろう。
その状況を目にして感嘆の声こそあげたものの。
決して物動じないところが、さすがは魔王領で長い間神聖帝国と抗争を続けてきたユーノといったところか。
「まあ、海賊の頭領らしき女にゃ残念ながら逃げられちまったけどねぇ……いや、しくじったよ」
「え?……お姉ちゃんからにげられるとか、そんなにんげんいたんだ……」
寧ろ、アタシが海賊の女頭領を仕留め切れず逃してしまったことを告げた時のほうが、驚いた顔をするユーノ。
「おいおいユーノ、アタシだって仕留める相手に逃げられることくらい……」
「あったっけ?」
アタシは自分で言い出した状況が、少なくともユーノと一緒に戦ったコーデリア島であったのかを思い出してみたが。
確かに帝国の兵士や飛竜など、一人や一頭たりとも逃した記憶がなく。
あっけらかんとした顔のユーノを見ながら、溜め息を吐いてみせると。
海賊船の真下から、アタシらを呼ぶ声が聞こえてくる。最初はこの海賊船に誰か捕まっていた人が声を出していたのかと思ったが。
よく耳を澄ませて聞いてみると……それは商船で待機しているものだと思っていたレーヴェンとレイチェルの声だったのだ。
アタシは慌てて海賊船の縁から身を乗り出して、船の真下を覗き込んでいくと。
「……アズリア君っ、無事かっ!」
接岸用の小舟に乗りながら、こちらに向かって手を振っている二人の姿が見えた。
二人の周囲の海には、アタシが始末した海賊らの物言わぬ数多くの死体が放置されていたが、それを目の当たりにしても動揺している気配は二人にはない。
だが、風を受ける帆のない小舟が海を渡るには水を漕ぎ出すための櫂が必要な筈だが、どうやらその類いのモノは見えない。
その代わりに、小舟の先には麻縄が結ばれていた。
まさか、と思い。アタシは振り返ってユーノの顔を見ると。
「あ、そうだっ。あのにんげんふたりをひっぱってきてたのいうのわすれてたっ……えへへ」
と言って舌を出しながら、さらっと重要な事を口にする獅子人族の少女。
なるほど、アタシが作った氷の道を通ってこの海賊船に来た時にあの麻縄を引っ張って、レーヴェンら二人の乗る小舟を此処まで牽引してきたわけか。
「いや、ありがとねユーノッ」
「ふわぁ、ボクお姉ちゃんにほめられたよっ……えへへ、うれしいっ」
アタシは然程反省の色を見せていないユーノの頭を少しばかり乱暴に撫でてみせると、それでも嬉しそうな顔を浮かべてくれた。
さて、わざわざユーノが此処まで連れて来てくれた二人だが。
さすがに甲板から麻縄を垂らしても、貿易商とその娘の腕力では麻縄を握って登ってくるのは無理がある。
「それじゃユーノ、せっかくここまで連れて来たんだ、レイチェルは頼んだよ」
「うんっ、わかったよお姉ちゃんっ」
どうやらユーノにもアタシの言いたいことが伝わったようなので。
アタシは縁から飛び降りると、二人の乗る小舟の間近に張った氷に着地して、早速レーヴェンに駆け寄ると、両腕を彼の背中と膝の裏へと回して身体を抱え込み。
「悪いねぇレーヴェン、こんな格好で……少しばかりアタシの身体に掴まってなよッ!」
「い、一体何をっ……って、うおっっ?」
右眼の筋力増強の魔術文字を発動させることで、一般的な体格の男性であるレーヴェンを抱え込んだ体勢のまま真上へと跳躍していき。
海賊船の甲板上へと着地して、レーヴェンの身体を下ろしていく。
同じく後から飛び降りたユーノが、小舟に残された同じ背丈ほどのレイチェルをひょいと巨大な両腕で掴むと。
「ボクにちゃんとつかまっててねっ……いくよっ!」
「ひ、ひぃぃぃぃぃっ⁉︎……怖い怖い怖いぃぃぃ!」
アタシの後をなぞるように、海に張った氷上を跳び上がり甲板へと着地し、跳び上がっていた間ずっと叫び声を上げ続けてすっかり呆けた顔をしていたレイチェルを木板へと下ろしていく。
二人が徐々に我に帰るのを少しばかり待ってから、アタシはまず依頼を完全には達成出来なかった事をレイチェルに謝罪する。
「……女頭領だけは逃しちまったよ。レイチェル、アンタの依頼をきっちり果たせてやれなくて悪かったねぇ」
「あ、い、いえっ!……ま、まさか、本当にあの海賊たちを壊滅させてしまうなんて、謝罪なんてとんでもない話です、あ、ありがとうございますアズリア様っ」
「娘の言う通りだアズリア君、それにユーノ君。たった二人であの悪名高い海竜団を壊滅させたのだ……妻も、きっと少しは気が晴れたと思うよ、ありがとう……」
二人の妻であり母親の仇を討つ、という依頼を果たせず謝罪していたアタシに向けて、逆にレーヴェンとレイチェルの二人が頭を深々と下げてこられたことに困惑し。
「……いやいやいやッ!頭を上げてくれよ二人ともッ、アタシらは食糧を分けてくれて近くの港街まで連れてって貰えりゃありがたいだけなんだからッ?」
実はというと。
ユーノの鋭敏な視力で、海賊船に襲撃を受けていたレーヴェンらの乗る商船を発見し、帆に受ける風に頼らずアタシとユーノの二人が人力で駆けつけたまでは良かったのだが。
その代償として、アタシらが使っていた二本の大型の櫂はすっかりボロボロに軋み、使い物にならなくなってしまったからだ。
この状態でもし海風が止まってしまえば、アタシらは魚以外の食糧を口にすることが出来ず、この大海原を彷徨うことになってしまう。
すると、アタシの言葉を受けて頭を上げたレーヴェンの目の色が変わり、籠手を装着していたアタシの左手を両手で握り締めてくる。
「……もちろんだともっ!私と娘の生命の恩人である君たち二人には出来る限りのことはさせて貰う、だから私らと一緒にモーベルムまで来て貰いたいっ!」
「……も、モー……ベルム?」
その街の名前にアタシは思い当たりがあった。
それは以前、何処かで見たことのある大陸西側を記していた地図に載っていた地名なのだが。
肝心の場所が思い出せない。
そんな喉まで出掛かっているのに言葉が出てこないアタシの様子を見兼ねて、モーベルムの説明をしてくれるレーヴェン。
「モーベルムは、この海域一帯を治めるコルチェスター王国の統治下にある港街ですよ、アズリア君」
────どうやら。
アタシたちが魔王領を旅立ってから数日が経過し。
アタシたちは知らず内に、コルチェスター王国の領海内に到着していたのだった。




