14話 アズリア、女傑の策略を見抜く
アタシは、あくまで視線は目の前にいる頭領の女へと向けながら、大剣を掲げた背中へと突き刺さっていた殺気を感じ取り、警戒する。
遠巻きにアタシを囲む海賊らの中から、その殺意を発する人間が誰なのか……そのおおよその位置を察知する。
人壁を利用して伏兵を忍ばせて、背後や側面など視界の外側から不意を突き、アタシに致命的な一撃を加える。
ホルハイム戦役にて紅薔薇軍へ単騎で突撃した際、帝国が誇る三将軍の一人ロザーリオと対峙した時にアタシが喰らった戦法でもあった。
周囲に気を張り巡らせなかったアタシは結局、背中に毒を塗った十字弩の一撃を受け窮地に陥ったのだが。
「……挑発的な言葉を吐いて自分に意識を集中させておいて、背中からアタシを狙い撃つ……さすがは海賊らしい戦法だよ」
「は……はぁ?な、何を言ってるのか……っ」
そうアタシが呟くと、その指摘に対して明らかに焦りの表情を見せ始める頭領の女。
と、同時に海賊の人壁の中から殺気が一層膨れ上がり、何かが爆発したような発射音がアタシへと何かが放たれたのを教えてくれた。
「だけどねぇ……その戦法はいい加減飽き飽きなんだよッ────はああああッッ!」
だからアタシは。
今まで睨み合い対峙していた頭領の女へ、一瞬だけ背中を見せて背後へと振り向き、頭の上へと構えていたクロイツ鋼製の大剣……その幅広い刀身を刃を寝かせて盾のように使い。
──ガキィィン!
何かから自分の身体を防御していくと。
案の定、大剣に何か硬いモノが激突する音と軽い衝撃が伝わってくる。
「……ひ、ひっ?う、嘘だろぉ⁉︎」
最初は十字弩だと想定していたが、目線を送ったその先の海賊が身体を震わせながら握っていたのは、握り手の付いた短い鉄筒だった。
その形状は、まるでアタシらが先程まで搭乗していた船に鉄球を撃ち込んできていた火砲を小さくしたような、そんな武器。
それが証拠に、短い鉄筒の空いた口からは火薬独特の臭いをさせた白い煙が立ち昇っていた。
火薬を使った武器ならば、十字弩以上に次に続く攻撃を繰り出すのは時間を要するだろう。
だからこそ、だ。
アタシは振り向いた動きを止めることなく、身体を捻りながら右脚へと力を込め、背中を見せたことで油断しきっていた頭領の女へと身体全体を回転させて、横薙ぎに大剣を放っていく。
「……な、なんだとぉ⁉︎」
遠巻きの海賊らにアタシを狙う輩を仕掛けてくる人間だ。背中を見せれば当然隙を突いて、その手に持った刺突剣で急所を一突きしようと思っていたのだろうが。
その甘い考えを粉砕するように、アタシが振り抜いた大剣の刃は頭領の女の首を刎ねようと襲い掛かる。
不意を突いたつもりが、まさかの不意を突かれることになり。
自分の生命を繋ぎたい一心で何とか聖銀製の刺突剣を構えるのには間に合ったが。
右眼の魔術文字による筋力増強の効果に加え、身体を回転させる勢いが上乗せされた剣撃の威力に。
しなりの利く細身の刀身を使って威力を逃して攻撃を逸らすのが刺突剣の使い方だ。
不意を突かれ、まともにアタシの重い一撃を受け止めてしまったら、たとえ材質が聖銀で出来ていたとしてもその細身の刀身が保つ筈がない。
「ああぁ⁉︎……あ、あたしの剣があっっ?」
アタシの大剣を一度は受け止めながら、小気味の悪い軋みを発していた頭領の女の刺突剣が、パキィン!と甲高い破砕音を響かせながらその刀身が真っ二つに折れ。
勢いを殺し切れなかったアタシの大剣が女の首目掛けて飛んでいく。
だが、高価な聖銀製の刺突剣を代償にした甲斐はどうやらあったようで。
一度は攻撃を受け止めたことで、何とか大剣の刃が首を捉えさせまいと背後へ飛び退くその一瞬の余裕を生み出すことが出来た。
横薙ぎに勢い良く振り抜いたアタシの大剣は、結局頭領の女の肩口を掠める程度にしかならなかったが。
なんと。
頭領の女は、斬られた肩口を押さえながらそのままアタシへと背中を向けて船の縁へと駆け出していくと。
「は、ははははっ……アンタら大した奴らだっ!特に赤髪の女戦士、アンタの顔とその馬鹿デカい剣はもう絶対に忘れないからねっ!」
と、一度だけアタシを指差して言葉を残すと。
女頭領はそのまま船の縁から海へと飛び込んでいったのだ。
アタシを含む、甲板上にいた全員がその行動に呆気にとられ言葉を失い、一瞬だけ交戦状態であることを忘れてしまっていた。
「……お、お頭ぁ?え?オレらを置いて……逃げた?」
「……逃げた、のか?」
そして、あの女頭領の行動がまさに敵前逃亡だと海賊連中が徐々に理解していくと。
最初にアタシがこの海賊船へと乗り込んだ際に、返り血を浴びて真っ赤に染まったアタシの姿を見て恐怖に震えていたのを何とか押し留めていた女頭領が、剣を折られて逃げ出したのだ。
「う、うわああああああああああ⁉︎」
もう連中の戦意を繋ぎ止めるモノは何もない。
本来ならば、このまま連中を放置してそのまま逃してしまったほうが面倒がなくて良いのだろうが。
アタシは大剣を握り直して、遠巻きにこちらを囲みながらも、カタカタと構えた武器を鳴らし恐怖に打ち震えている海賊らに狙いを定め。
「さて……あの女頭領は逃しちまったが、アンタらは一人たりとも逃がすつもりも生かすつもりもないからねぇ……覚悟するんだね」
そう連中に言い放ちながら、アタシは海賊の一人へと踏み込んで一気に間合いを詰めると。
無慈悲に大剣を海賊の頭へと振り下ろして、まるで木の実か何かのように大剣の重量で男の頭蓋をかち割っていく。
頭から血とそうでないモノを垂れ流し、甲板へと力無く倒れ込む犠牲者を見て。
小舟に乗り込んでいた海賊の数と、今この場に残っている海賊の数はほぼ同じ数であり、小舟で迎撃に向かった連中は一人残らず返り討ちに遭ったという事実を突き付けられる海賊ら。
数人が抵抗は無駄だと悟ったのか、持っていた武器を捨てて両手を頭の上に上げ、戦意のないことをアタシへと見せていくが。
そんな連中へアタシは一片の容赦もなく大剣を数度振るい、肩口から胴体を斬り裂き、あるいは首を刎ね、またあるいは胸板を一突きして生命を奪っていった。
「お、おいっ!連中は武器を捨てて降伏の意志を見せたのに、それを斬り殺すとか……お、女っ!お前には戦士としての誇りはないのかっ?」
さすがに戦意が喪失した仲間を無惨にも殺されるのを見て、義憤に駆られアタシへと批難の声を上げる連中だったが。
そんな男へと嘲笑うかのような表情をアタシは浮かべながら言葉を返す。
「……誇り?笑わせてくれるねぇ、ならアンタらは武器を持たない人間に何をしたんだい?」
そのまま、アタシを指差し誇りが如何とか大層な台詞を吐いていた男の身体に、水平に構えた大剣の切先をズブリと突き刺し、力を込めて刃を深く沈めていく。
「こうやって、無防備な人間をアンタらは殺してきたんだ……ならせめて最後くらいはアンタらが散々殺してきた人間の気持ちになって死んでいくのも面白いんじゃないかい?……ん?」
大剣が身体を貫通した海賊の男は、アタシに何かを言いたそうに口をぱくぱくと動かしていたが、結局最後まで言葉を発することなく。
やがて……男はまったく動かなくなった。
事切れた男の身体を蹴飛ばして、無理やり突き刺さった大剣を引き抜いていくと。
さらなる返り血で真っ赤に染まったアタシは、まだ動いている海賊らに殺意を込めた視線を送るのだった。
「さあ……アンタらも、逃がしゃしないよ」




