9話 アズリア、そして海竜の女傑
「姿が見えてると連中が向かってくるかもしれないから、出来ればあの娘と一緒に船室にいてくれないかい?」
「……いや、それは出来ない」
レーヴェンに、生命を投げ打ってまで守ろうとした一人娘を連れて安全な場所まで退避してもらおうと促すアタシだったが。
二人はそれを頑なに固辞していく。
「君たちがあの海賊らに数の不利を承知で挑む状況を作り出したのは、私だ。その私が君たちか戦ってる間、部屋で怯えているなんてカッコ悪い真似……娘やこの娘の母親には見せられないさ」
「私も、お父様と同じ意見です……アズリア様、ユーノ様、どうかご無事で……」
金持ちの人間は、こういった状況になると安全な場所へと引き篭もり、荒事専門の人間に事態の収集を任せがちなものなのだが。
なるほど、このレーヴェンという貿易商はそうおった連中とは一味違う心意気の人間のようだ。
「ねえねえお姉ちゃん、ボク……ユーノ様、なんてよばれちゃったよ、えへへっ」
どうやらレイチェルに「様」付けで呼ばれたことに、ユーノも満更ではない様子だった。
まったく……魔王領にいた時は配下の魔族らから「ユーノ様」って呼ばれてたろうに。
そんな浮かれたユーノの髪をわしっと強めに撫でていき、アタシは商船から接舷している、連中が捨て置いていった海賊船へと移動していく。
こちらへと迫り来る、さらに大型の海賊船を迎え撃つために。
◇
「……ほぅ。で、お前らはその、たった二人の女に襲撃隊を壊滅させられ、さらに船まで捨てて逃げてきた、っていうのかい……」
ここは、このニンブルグ海域一帯を根城にしている海賊「海竜団」の旗艦である、海神の怒り号。
海軍が有する大型の木造帆船にも引けを取らない頑丈な構造となっているため、普段はもう一隻ある小回りの効く中型の帆船で襲撃を行っていたのだが。
その海賊団を取り仕切るのが、海に漂っていたところを拾い上げたあの海賊どもを甲板へと跪かせ、乱暴な口調で問い詰めていた女であった。
海風に揺れる長い赤銅色の縮れた髪、高価そうな服装を動きやすいよう袖などを切り裂いたり、短く折り畳み。腰には二本の長剣を挿しているその女性。
その顔には刃物による傷痕が二本ほど走り、海賊を仕切る立場の人間であるという迫力をいや増していた。
「……い、いえ頭ぁ……その女ってのが、とんでもなくデカい武器を振り回す、やたらと腕の立つ女だったんで──ひぃぃ⁉︎」
必死になって弁明を続ける男を、「黙れ」という意味を込めてぎろりとひと睨みし、甲板へと踵を落とし木床を踏み揺らすと。
小さな悲鳴を上げて口を閉ざし、甲板に額を擦り付けながらびくびくと震え出していた。
女の名はヘイゼル。
元々はレーヴェンと同じく、このニンブルグ海で貿易商を営んでいた裕福な家に生まれた少女だったが、彼女が成人を迎えた直後に海賊に襲撃され商船と家族を失ってしまう。
生き残った彼女は復讐のため、海の魔物や荒くれ者らに混じって密かに腕を磨き、果ては家族を破滅に追いやった海賊を壊滅させたのだが。
そんな彼女は、同業者らが好んで使用する海路や交易に立ち寄る港街の正確な位置など、父親譲りの知識を武器にニンブルグ海を荒らし回り。
……気が付いてみると。
帰る場所のなかった彼女は、かつては自分が激しく憎しみを抱いた海賊の、しかも頭領の座に収まることになっていたのだ。
「さて……と。これから俺たちはアンタらの尻拭いをしなきゃならねぇから、忙しい俺らに変わって……アンタらの始末は海の魚たちに代わってもらおうかねぇ────おい連れて行きなっ!」
そんな頭領のヘイゼルが、せっかく拾い上げた仲間である海賊連中に下したのは死刑宣告だった。
何しろ船を丸々一隻失った上に、生存者を逃したのだ。じきにこの海域に海軍が大挙して押し寄せてくるかもしれない。
周囲でこの遣り取りを見ていた海賊連中も、ヘイゼルの判断に異議を唱える者は誰一人としていない。
「ま、待って下さいお頭っ⁉︎……も、もう一度っ、もう一度だけ挽回する機会をっ……」
当然ながら死刑と断じられた海賊らは、つい先程胸ぐらを掴んだ女戦士にした時と同じく、必死になって木床に頭を擦り付けながら命乞いを始める。
そんな海賊の男の髪を掴み、無理やり引き上げた頭に睨みを利かせながら顔を近づけていき。
「──死にたくないなら死ぬ気で働きな」
先程まで発していた声よりも一段低い声で、男の心へと「恐怖」という名の楔を打ち込んでいく。
多分返事をしようと声を出そうとしたのだろうが、ヘイゼルの迫力と自分の生命が皮一枚繋がったことで緊張の糸が切れてしまったのだろう、身体を震わせながら無言のまま首を何度も縦に振る男。
「さあ野郎どもっ!まずは火砲の準備だ!奴等の船に乗り込む前に大きな穴を空けて、連中の顔を青ざめさせてやるんだよっ!」
『────へ、へいっお頭っっ!』
同時にヘイゼルの言葉は、周囲で男の行く末を薄ら笑いを浮かべながら他人事のように眺めていた海賊連中に緊張感を走らせるには十分だった。
ヘイゼルの指示に、皆が駆け足で決められた位置に着き、船内から「火砲」と呼ぶ、車輪の付いた大きな鉄の筒を数人がかりでアズリアらが乗る商船側に向いた船の縁へと運搬していく。
──火砲とは。
火を着けると激しく燃え上がり激しい音と共に爆発を起こす「火薬」とか「炸薬」などと海軍で呼ばれる黒い粉の威力を利用して大きな鉄の塊を発射する、投石器や大型弩のように城壁や城門を撃ち破るために使用される攻城兵器の一種だ。
別の海賊がその巨大な鉄の筒に、人間の頭ほどもある鉄球と、そして黒い粉を装填していくと。
「準備出来やした、いつでも撃てますお頭っ!」
「よし────全弾撃ち込めえぇっっ!」
縁にズラリと並べられた合計四本の鉄の筒の先端が火を噴き、先程筒に装填した鉄球がものすごい勢いで筒から撃ち出される。
⬛︎火薬について
今回登場した「火薬」、つまり黒色火薬ですが。
海の王国には火山島が数多くあるために、硫黄の産出には事欠かず。
また硝石(硝酸カリウム)は、海に無数に生息する海藻を焼き、酸で反応させることで生成が可能です。この世界では硝石という名前ではなく、あくまで木炭と硫黄の触媒扱いですが。
現在、ラグシア大陸では硝石の産出は東の大国の一つ・機械帝国ロータス以外では行われていないので。火薬を使用する武器は海の王国とロータス帝国以外では見ることはありません。




