6話 アズリア、船を散策する
見逃そうとした海賊の最後の一人から、突然アタシを仲間へと迎え入れる提案だったが。
「ぷ、ぷッ……あ、あははははははははははッ!」
さすがに仲間全てを失ったこの状況下で、敵であるアタシを勧誘してくる神経の図太さに、思わず笑い声が飛び出してしまった。
自分からすれば充分に妥協した提案を、一笑に伏されてしまい腹が立ったのか、明らかに声を荒らげる海賊の男。
「……っ!な、何がおかしいっ!」
「ははは……いや、悪ぃ悪ぃ。せっかくの申し出だけど、アタシは断りさせてもらうよ」
そりゃそうだろう。
この状況下で敗北を認め、見逃してくれと命乞いをするのならともかく。何故にアタシとユーノと自分らとの力量の差を見極められない卑劣漢どもと手を組まねばならないのか。
「……は、は!……いいのかよ女ぁ?」
だが、どうやら目の前の海賊にはまだアタシを口説き落とす材料を隠し持っている様子なので。
首を縦に振るつもりは微塵もないが、この海賊が懐から取り出す「切り札」とやらを見てみたくなったので。
「何だい?……今のアンタにゃ、今から一騎討ちでアタシに勝てる策でも隠し持ってるってのかい?」
と言って何の警戒もなしにズカズカと男へと歩み寄っていきその胸倉を掴むと、大の男の身体が右腕一本で持ち上がっていき、焦り出した男の足元がバタバタと何度も空を切る。
アタシはそのまま掴んだ海賊の身体を、真下には海が広がる船の縁の外へと突き出していく。
「……へ、へへ……お、オレたち『海竜団』はた、たった一隻程度の、ち、ちっぽけな海賊団なんかじゃねえって……こ、こった」
という男がアタシに宙吊りにされながらも、得物だった戦斧を捨てて、腰に仕込んであった短剣を抜き放つと。
「……痛ッ⁉︎……し、しまったッ?」
防具を身に着けていない右腕だったのが災いし、短剣で斬りつけられた痛みで、掴んでいた海賊の胸倉を離してしまったのだ。
そのまま男は海面へと落ちていくが、すぐに浮かび上がって泳ぎながら商船と海賊船から離れていく。
「女戦士と女のガキ、テメェら二人の顔ぁ絶対忘れねえからなっ!次に遭った時はその身体を散々切り刻んで最下層の奴隷に売り飛ばしてやるからな……くたばりやがれっ!」
こちらへの捨て台詞を残していって。
気が付けば、手首を斬り落とした海賊もいつの間にか海に飛び込んだのか、その男の隣を泳いでいた。
海賊が残していった十字弩こそ残っていたが、アタシは魔王領で軍神の加護の魔術文字と契約した際に「射撃武器を使ってはならない」という誓約を勝手に結ばされたために。
海の向こうに泳いで行ってしまった海賊らの残党へ攻撃を届かせる手段がなく、残念だが追撃は諦めるしかなさそうだ。
「……お姉ちゃぁぁあんっ!」
そんなアタシの背中へと、海賊船にいたはずのユーノが飛びついてきたのだった。
確かにユーノならば、渡し板などなくても二隻の船の距離ならば飛び移るのは些細なことなのだろうが。
「えへへっ、これできょうからおにくたべられるかな?」
「そうだねぇ、あの人数を乗せて航行してた大きさの船だからね……そこは期待してイイと思うけど」
「やったああっ!おにくっ、おにくっ」
あれだけの人数を相手にしたにもかかわらず、汗一つかかず息も乱していないことに、さすがは魔王様配下の四天将の一人に数えられるだけはあると、あらためて実感したのだが。
そんなユーノの関心は、あくまで船の積み荷である魚以外の食糧に向けられているようだ。
その点はアタシも心配していない。
まさか海賊船丸々一隻を、ほぼ無傷の状態で連中が放棄するという戦果は想定以上だったが。
これならば、商船の乗員との交渉が上手くいかなかったとしても、海賊船に積まれている食糧で間違いなく事足りるだろう。
問題は、白煙を上げていたこの商船だ。
最初は煙が上がっていたこともあり、海賊らが掠奪した後の発覚を下げるために、証拠となる船を燃やそうとしたのかと思ったが。
黒い煙ではなく、白い煙だということは既に燃えていた箇所が鎮火している可能性が高い。
なので然程急ぐ必要性はないにせよ、この商船に乗っていた人間は探しておきたい。
食糧確保の交渉のため、でもあるが。
一番の目的は、この商船がラグシア大陸のどの港街から出発し、何処へ向かおうとしていたのか、陸地へと向かう海路の情報を知りたかったからだ。
「お肉はもう少しだけお預けだよ、ユーノ」
「ええ〜っ……せっかくおにくがめのまえにあるのにぃぃ?」
「こっちの船に乗ってる人間から話を聞けば、港街に到着するんだ。そしたら……船の上で食べる保存食なんか比べモノにならない美味い料理が食べられるんだけどねぇ……?」
商船の内部の探索をしようとするアタシに、背中に抱きついていたユーノが駄々を捏ねるが。
もちろんそんな反応を示すだろうと見越していたアタシは、敢えてユーノと顔を合わさずに。
まるで独り言をつぶやくように、さらなる餌をぶら下げてユーノの未知なる料理への好奇心を刺激していくと。
「まっててね、にんげんさんっ!」
アタシの背中から離れたユーノが船内へと入ると、呼び掛けをしながらあちらこちらを忙しなく駆けずり回っていく。
アタシも遅れて船内へと進んでいくと、甲板で見なかった海賊の連中とは違う護衛らしき装備が整っていた人間らが三体ほど転がっていた。
「……なるほど、人数的不利を何とかするために甲板上で戦闘せず、狭い船内に立て篭って戦ったってワケだねぇ……」
アタシは倒れていた護衛らの身体を調べてみる。
すると、一人は背中を焼かれた痕が、さらに一人は胸に短矢が突き刺さっていた。
作戦は良かったのだが、魔術師や狙撃手がいたのは護衛の想定買いだったのだろう。
それに、被害は護衛だけではなかった。
そして、女中や武装していない人間も十人ほど血の海に横たわっていたからだ。
侵入を阻止していた護衛が倒れたことで、抵抗する間もなく殺害されてしまったのだと推察する。
「……ここは海の上だ。火に焚べるのも土に還すのもまだ先になるけど、安らかに眠っておくれよ……」
別にアタシはどの神様も信奉してはいないが。
旅の途中で知り合ったイスマリア教会の修道女の見様見真似で、生命を落とした人間に祈りを捧げていく。
「あっ!ねえねえお姉ちゃんっ……こっちこっち、こっちにきてっ?」
「……え、えと、ちょ、ちょっとユーノ?」
すると。
先行して船内を走り回っていたユーノが、アタシの手を引っ張って、とある場所へと連れて行こうとする。
そこは、一枚の木製の扉の前であった。
ちなみに余談ですが。
この世界の埋葬の方法についてですが。
一般的に信奉されている五大柱神のいずれかを信仰しているかによって違います。
土に穴を掘り遺体を埋める土葬は。
大地に還す、という意味でイスマリアと。
暗い場所に安置する意味でヴァルナ。
遺体を火に焚べる火葬は。
太陽の火で浄化するという意味でイェルクとゴゥルン。
魔術の火で同じく浄化するという意味でエスカリボルグ信仰に分類されます。




