5話 アズリア、海賊に剣を向ける
何故、商船に渡ろうとした海賊が海へと落下したのか?
それは、商船の縁に立っていたアタシが、海賊船から渡された木板を大剣で斬っていたからだ。
「……アズリアお姉ちゃんっ!」
「さっすがユーノだねぇ、海賊船は大体片が付いたみたいじゃないか」
「うんっ!こっちはもうだれもいないよおっ!」
白煙を上げる商船側にいたアタシは、海を隔てて海賊船側にいたユーノへと声を掛ける。
ユーノが海賊らをあしらい、海へと叩き落としていた間に、自分が乗る小型船を商船へと接舷させて乗り込んでいたのだ。
アタシの呼び掛けに、大きく手を振って海賊船側の敵を殲滅したと答えてくれるユーノだったが。
それと同時に。
アタシの背後からぞろぞろと湧く敵の気配に、アタシはその連中へと向き直る。
「……おいてめえ、仲間たちを殺ったのはてめえか?オレらをこの一帯を取り仕切る海賊……『海竜団』だと知って、こんな真似してるんだろうなぁ!」
「……な、何とか言ったらどうなんだ、あぁ?」
それは、まだ積荷を品定めしていた少し格上の連中なのだろう。
というのも、ユーノが殴り倒して海に浮かんでいた連中とは、体格や装備などが違っていたからだ。
人数は三人だが。
持っていた装備はそれぞれ、アタシへと脅しの台詞を投げ掛ける真ん中の男が大きな戦斧を。
無言の右手の男は、魔術師なのだろう発動の助けになる杖を。
真ん中の男に相槌を入れた左手の男は、引き鉄を引くことで短矢を発射出来る仕掛けのいわゆる十字弩と呼ばれる射撃武器を持っていた。
だが、その装備を見た途端にこの連中が本当の戦闘に身を置いたことがないのがアタシには一目瞭然だった。
まず、武器の手入れがなっていなかった。
真ん中の男の持つ戦斧の端々(はしばし)に錆が浮き出ていたのだ。いくら海風が鉄を錆びさせやすい特性があるとはいえ、寧ろだからこそ武器の手入れは欠かさず行うべきだろう。
僅かな綻びや失策から戦闘では生命を落とすことも少なくないからだ。
次いで、アタシと連中の位置と距離である。
確かにアタシが動かなければ、十字弩は強力な武器となるだろうが、反面十字弩は一度狙いを外してしまうと再装填には弓矢より時間が遥かに掛かる。
加えて、魔法を発動するにも小回りの利かない戦斧を振りまわすにも、アタシとの距離が近過ぎるのだ。
だからアタシはまず魔術師の無詠唱魔法を警戒し、荒事になると予想してあらかじめ指に作っておいた傷口の血でつま先へと魔術文字を刻んでいった。
「おいお前聞いてるの────うおおっ⁉︎」
アタシが使った魔術文字は、凍結する刻。
ホルハイム戦役の時に身に付けた、足元に氷を張ることで地面との摩擦を減らして、即座に魔術師の懐へと滑り込むように一瞬で移動する。
まるで瞬間的に転移したように思ったのだろう、魔術師らしき男は驚きの表情を浮かべて動きを止めてしまう。それもまた、弱い相手ばかりを襲撃するだけだったのだろう証明だ。
アタシは、そんな魔術師へ高すぎる授業料を払わせることにした。
珍しくアタシは右眼の魔術文字を発動させることなく、握った大剣を小さく纏めた動作で魔術師の男の胸へと突き立てていく。
周囲を海に囲まれており万が一海に落ちた際のために、三人とも鉄鎧を装着していなかったというのもあるが。
アタシの突き立てた剣先は簡単に胸板に沈んでいき、肋骨を斬り剣先が背中へと貫通していった。
哀れな魔術師は、詠唱も魔法を発動することもなく、握っていた杖を甲板へと力無く落としてカクンと首を項垂れる。
「……て、てめえ!よくもっ!」
魔術師を仕留めたことで動きが一瞬止まると判断した左手の男が、手に持っていた十字弩の照準をアタシへと合わせて、弩の引き鉄を躊躇なく引く。
「確かにいい判断だが……残念だったねぇ!」
アタシは大剣が貫通した魔術師の男に蹴りを放ち、無理やり大剣を男の身体から引き抜くと。
血塗れになっていた幅広い刀身部分を盾のように放たれた短矢の射線に構えて、飛来してきた矢を弾いていく。
「……う、嘘だろ、十字弩の矢をいくら馬鹿でかいからって剣で弾くなんて……く、くそがっ!」
一度外してしまえば、通常の仕組みである十字弩の再装填は戦闘をしながらでは無理だ。
悪態を吐きながら、役に立たなくなった十字弩を地面に投げ捨てて、腰にぶら下げていた予備の武器を握ろうとするが。
敵を目の前にして両手が空いている、そんな好機をアタシが逃すわけがない。
アタシはチラリと戦斧を持つ男を視線で威嚇して、武器を取ろうとした男の手首を狙い、胸の高さから真下へと大剣を振り下ろすと。
男の手首が骨ごと斬られ、ゴトリと切断された手首の先が甲板に転がっていく。
「ぎ……ぎゃああああ!腕ぇえ!オレの腕があああ!」
一瞬の出来事に、何が起きたのかを少し遅れて理解したのか。
足元に転がる自分の手首を見てから、腕を襲う激痛に絶叫しながら木床を転げ回る男。
「ひゃあぁ……何だいこの切れ味は。まるで連中の骨が木の枝みたいに斬れていくよッ」
先程の魔術師の男の胴体を貫通した時もだったが、大剣の切れ味の明らかに鋭いこと……さすがは大地の精霊が直々(じきじき)に鍛造し直してくれただけあった。
何しろ大剣を鍛え直した後に戦ったのが、「魔眼」バロールや偽神セドリックといったおよそ人外と呼べる存在ばかりだったので、その凄まじい切れ味を実感出来なかったが。
これでアタシの前に立っているのは戦斧を持った髭面の男ただ一人だ。
手首を斬り落とされ戦線離脱した男から、最後の一人へと視線を移してアタシは一度声を掛ける。
「さて、と。残るはホントにアンタ一人になっちまったようだけど……まだ続けるかい?」
先程、アタシが一睨みしただけで背中を見せた絶好の機会に攻撃を躊躇った時点で。自分とアタシとの実力差は充分感じ取った筈だ。
アタシは別に、海賊連中のように弱い相手を一方的に蹂躙するのが楽しいわけではない。
だからアタシには珍しく、目の前の海賊へと気紛れに情けを掛けたつもりだったのだが……
どうやら目の前の海賊は、それを自分の都合の良いように解釈したらしく。
「へ……へへへっ、強い、強いなああんた、な、なあアンタいや、姐さんっ。こ、今回の件はすっぱり忘れてやるからオレたち『海竜団』に入らねえかい?」
下卑た笑みを浮かべながら、アタシを自分たちの仲間へと勧誘してくる髭面の男だった。




