1話 アズリア、青い空を見上げる
まだ6章のタイトルの舞台が「?」になっている理由は、単純にまだネタバレするには早いと思ったからです。
最新話でアズリアらがいる場所が明らかになった時、章タイトルも修正するつもりです。
見上げると、そこは一面の青い空だ。
時折り、白い雲が流れていく。
「ねぇぇ……お姉ちゃぁぁん……ボクおなかすいたよお……」
「ゆ、ユーノ……あまり話しかけないでくれよ……き、気持ち、悪い……うぷ」
静かに揺られている船の甲板の上に、両手両足を広げて寝転がっていたユーノが、同じように寝転がり空を見ていたアタシに声を掛けてくる。
ユーノに言葉を返すより先に、この場にいた二人分の空腹を告げる腹の音が船上に鳴り響いた。
一方で、アタシはというと。
腹を鳴らしているにもかかわらず、何故か顔色を青くしながら口元を押さえている有り様だった。
だが、船にある食糧が尽きたのかというとそうではなく、周囲に広がる海で釣り上げた魚がまだ数尾は積んであったのだが。
その魚に手をつけることなく、何故か二人は空腹の状態で甲板に寝転がっているという不思議な状況だったのだ。
……何故こんな状況下にアタシとユーノが陥っているのかというと。
それは、体感で三日ほど前に話は遡る。
◇
ユーノの兄である魔王リュカオーン率いる魔族陣営と神聖帝国の人間たちとの抗争が終結し。
その機にアタシは和解したグランネリアの船職人に用意してもらった小型の木製帆船に乗り、こっそり忍び込んでいたユーノと二人で島を旅立つこととなった。
魔族と獣人族が暮らすコーデリア島に人間の船や海の魔獣らが迷い込まないよう、海を棲み処にしている海魔族の「海流操作」の魔法により、島の外海へと誘導されていく。
「アズリアさん、それにユーノ様。私たちが誘導出来るのはここまでですわ」
「ああ、船を此処まで運んでくれて礼を言うよ、あ……えっと、まだアンタの名前も聞いてなかったねぇ……いや悪い」
最後まで船を先導してきてくれた下半身が魚のヒレとなっている海魔族の女性が、海面から顔を出すと、いよいよ別れが来たことをアタシたちへと告げてきたので。
アタシも感謝の言葉を返すのだが、その時になって初めてその海魔族の名前を知らなかった事に気付く。
「ふふ、ミレナですわアズリアさん」
「あ、あはは……それじゃミレナ、島に帰ったら花嫁になって嬉しさで舞い上がってるネイリージュによろしく言っておいておくれよッ」
「お兄ちゃ……あ、ううん、魔王さまにボクはげんきだよってのもおねがいねっ?」
ミレナと名乗ってくれた海魔族の彼女はアタシに悪気がないのを理解してくれたのか、笑顔で答えてくれたのだが。
少し気まずくなったアタシはその心の動揺を、鼻の頭を指で掻いて誤魔化しながらミレナと最後の言葉を交わす。
海に潜っていったミレナが、何度か海面から顔を出して遠ざかっていくアタシたちに手を振り見送ってくれていたので。
アタシとユーノも返すように手を振っていたのだが。
「……行っちまったねぇ……」
「いっちゃったねえ」
……数度ほどのやり取りの後、ついに遠ざかる彼女の姿を見ることはなくなってしまった。
「それにしても、港から海を見たことはあったけどねぇ……まさかアタシ自身が船に乗って海を渡ることになるとは思わなかったよ」
「うんうんっ、わかるっ、わかるよお姉ちゃんっ!ボクもいま、すっごくわくわくしてるもんっ!」
もうコーデリア島も見えなくなり、アタシたちの目の前に広がるのは一面の青い海原だけだった。
鼻をくすぐる潮の匂いに、海面が揺れるたびに耳に入る波の音、海のど真ん中で感じるその全てがアタシとユーノにとって新鮮な体験だった。
「ねぇねぇっアズリアお姉ちゃん?」
「ん、何だいユーノ」
「お姉ちゃんはこのふねにのって、どんなところにいくつもりなの?」
「……うーん、難しい質問だねぇそいつは。この船が何処へ行くのかは、アタシにも見当がつかないんだよねぇ……」
というのも。
この世界において、大掛かりに地形や道、都市などを記した地図というのはとても貴重な品であり、国家ぐるみで仕上げた地図が一枚あるかないかというものであり。
ましてや世界の果てとまで称されているコーデリア島の正確な位置を記した地図など果たして存在するのかも怪しいところだ。
つまりは、この船がラグシア大陸の何処かに辿り着くのか……いや、そもそもラグシア大陸に辿り着けるのかも、アタシには知る由もないのだ。
という事情を簡潔にユーノに説明すると。
「じゃあ……どこにいくのかお姉ちゃんもわからないんだっ、うんっ!それってすごくおもしろそうだねっ!」
ユーノからは、予想外の反応が返ってきた。
いや寧ろ、目の前に広がる様々な未知なるモノに刺激され、好奇心で目を輝かせているこの反応こそユーノらしいのだろう。
「それに……ね」
だが次の瞬間、ユーノが顔を赤らめ身体をモジモジとさせながら、アタシの顔を上目遣いで覗くように言葉を続ける。
「だって、ふねにのってるあいだはアズリアお姉ちゃんとボクのふたりっきりだもん……」
「くぅぅぅッ、可愛いコト言ってくれるじゃないかユーノぉッ!」
いつもの活発そうな彼女とは違う姿に、保護欲を掻き立てられてたのか。
アタシは思わず衝動的に、隣にいたユーノの背中に両腕を回して、彼女の顔を胸へと抱き寄せてしまっていた。
「ふにゃあああっ……お、お姉ちゃんっ、は、はずかしいよおっ……はうぅっ」
アタシの胸の中にいるユーノは「恥ずかしい」と口にするものの、そんな言葉とは裏腹に大した抵抗も見せず為すがままにされていた。
……と、ここまではよかったのだ。
だが、問題はすぐに起きてしまったのだ。
「う……うわあああぁぁ──ん!アズリアお姉ちゃぁぁ──んっ!」
広い海原に船から響き渡ったのは、ユーノがアタシの名前を呼びながら発する大きな泣き声だったのだ。




