6話 アズラウネのおてがら
「うんっ……これでよしっ」
アズラウネの花粉をまともに吸ったことで倒れた魔術師レバーナ以外の三人に「蔓の束縛」を再び使い、身体を縛っていく。
「そうだっ!わるいにんげんをつかまえたって、えるにおしえてあげなきゃ────えるぅ!」
さすがに大柄の体格の女拳闘士ラリスを含めた冒険者四名の身体を、小柄な身体のアズラウネが村にまで運搬するのは無理だと彼女自身も理解したのか。
蔓に縛られた四人をその場へと放置し、嬉しそうに飛び跳ねながら教会へと駆け出していく。
エルに不審者を捕まえたのを教えるために。
「ただいまっ、える……いる?」
これで子供たちも外に出られるようになると、満面の笑みを浮かべたまま教会に帰ってきたアズラウネは、保護者である修道女エルの姿を目で探していると。
「アズっ?……わたし、昨日の夜に外へ勝手に出ちゃ駄目って言ったよねっ!」
「え……あ……ご、ごめんなさい、える……える?」
朝から姿が見えなかったアズラウネが、久々の晴れ間に日差しを浴びに「勝手に外出しない」という約束事を破って外に出ていたことを知ったエル。
玄関から帰ってきたアズラウネは、明らかに怒っている剣幕で近寄ってくるエルに対して、叱られると思ったのか目を閉じて身体をすくめて身構えてしまったのだが。
次の瞬間、アズラウネの背中に回されたエルの両腕と、柔らかなエルの頬が顔に当たる感触に目を開けると。
アズラウネの眼前には、自分をぎゅっと抱きしめるエルの姿があった。
「……もう、心配したんだからねっアズ!」
「うんと……える、いっぱいしんぱいかけて、ほんとにごめんなさい……それでね、える。きいてきいて?」
アズラウネが何かを言いたそうにしているのを感じたエルは、一度抱き寄せた身体を離して、アズラウネの目を見たのだが。
「あのね、わるいにんげんつかまえたの、よにん」
「え?……捕まえ、た……ええっっ⁉︎」
アズラウネから告げられた言葉は、エルの想像とは違った驚きの内容であった。
アズラウネの案内で教会を出たエルが見たものは、蔓で拘束され草むらに転がっていた四人の冒険者らしき装備の連中であった。
慌ててエルは村へと戻り、村の男たちに声を掛けて拘束された冒険者らを一度村へと運び入れていった。
あまり危害を加えたくはないが、この冒険者らが村や住人らに悪意を以って被害を加える意図があったのならば、ただ拘束を解いて野放しにするわけにはいかないからだ。
村の広場に運び込まれたレバーナら冒険者は、まず男らが井戸から汲んできた木桶の水を浴びせられる。
スカイア山嶺からの雪解け水が湧き出る井戸水はとても冷たい。
「ひぃぃぃぃい⁉︎……こ、洪水でごさるぞレバーナ殿おお!……あ、あれ?」
花粉の影響で眠っていたオボロが盛大な叫び声を上げて目を覚ましていく。
だが、麻痺しているラリスと毒に侵されているグラッセは大きな口を開けて白目を剥いたままだ。
「修道女エルよ、どうやらこの二人はただ眠ってたわけではなさそうじゃな……治療を頼めるか?」
村長のゴードンが白目を剥いた二人の様子を観察していき、それが麻痺と毒によるものだと見抜くと、エルに治療をお願いしていく。
「それなら……解毒の指|、それに────治療の腕」
修道女という立ち位置でありながら神聖魔法の優れた使い手であるエルが、無詠唱で魔法を発動させると。
かざした両手から浄らかな光が女拳闘士と獣人の剣士の二人へと降り注いでいき。
「……う、うう、まだ身体に力が入らねぇ……何だったんだあの黄色い煙はよぉ、ちくしょうが」
「……し、死ぬかと思ったよ……」
みるみると顔色が戻り、意識を取り戻す二人。
二人の治療が無事に終わったエルは、蔓で連中を縛り上げているのがアズラウネだと思い、そんな彼女と視線を合わせ。
「ねえアズ?……あの魔術師の口の蔓を塞いでるのはアズの魔法か何かなのよね?……なら、解いてあげてくれると助かるんだけどなぁ?」
「うん?そうなの?なら……えいっ!」
エルのお願いを聞いて、アズラウネが指を立ててくるくると回し始めると、魔術師レバーナの口を塞いでいた蔓が解かれる。
口か自由になったレバーナは早速、魔法の詠唱に入ろうとするが。
その瞬間、自分らを取り囲んでいた村の住人らが持つ鍬や草刈り鎌などの農具や、数人ほどの若い男らが構える剣や槍を目にして。
「……レバーナ、ここは大人しくするのが賢明ってヤツだよ……悔しいけど」
女拳闘士のラリスの言葉が駄目押しになり、レバーナは抵抗する素振りの一切を放棄した。
そんなレバーナら『誇り高き角』の連中の前に、村長のゴードンが村人らの囲いから数歩前に出て尋ねていく。
「さて……まずは君たちは見たところ冒険者の格好をしているが、私たちの村の周囲で君たちが度々目撃されていたのは知っている。単刀直入に聞こう……何が目的だったのかな?」
ゴードンの声色はいつもよりも低い声で、日常での「温和な村長」という印象からはかけ離れた迫力を含んでいた。
そして村長の言葉に合わせて、背後にいた村人らも農具や武器を構えて、包囲を一、二歩縮めていく。
それが効果的な脅しとなったのだろう。
この集団の主格であるレバーナが重い口を開き、ぽつりぽつりと自分らが請けた依頼の内容を話していく。
「……お、俺たちはこの村に成長しきった妖人草がいる、と聞いて。その捕獲のためにこんな王国の端っこまでやってきたんだ……」
「成功報酬1フィレム金貨に惹かれて依頼を受けたけどさ……まさか成長しきった妖人草がここまで強力だなんて想定外だよ、まったく……」
悔しそうな視線を、自分ら四人組をまるで子供を相手にするかのように簡単にあしらったアズラウネに向ける女拳闘士のラリス。
アズラウネを「妖人草」と呼んで。
「……あず、まんどらごらじゃないよ?」
「ええ、アズの言う通り彼女は妖人草じゃないわ」
その勘違いを、首を傾げたアズラウネと。
その隣に並び立つ修道女エルが二人揃って否定していく。
「……おいおい修道女のお嬢ちゃん、どう見てもその娘は妖人草だろう?……いくらあたしらが負け犬でも、そこまで馬鹿にすることは──」
「この娘は妖血花。妖人草が私、大樹の精霊の魔力を浴びて変異した、いわば私の子供よ……それを捕獲しようだなんて、許せないわね」
アズラウネを妖人草だと思い込んでいるラリスは、それを否定されたことに呆れた口調で言葉を返すが。
その台詞を遮るように、澄み切った、冷たい口調の女性の声でアズラウネが妖人草ではなく妖血花なのだと説明する。
その声の正体とは。
「大樹の精霊様っ?……どうして此処に?」
エルが驚きの声を上げるのも無理もない。
一度、縁があり遭遇したどころか一晩言葉を交わしたり共闘することとなった、大樹の精霊ドリアード。
普通に生きているなら、まずお目に掛かる事すらないであろう精霊。
それが目の前にいるのだから。




