1話 アズラウネのせいちょう
あたしっ、アズ!
んーと……よくわかんないけど、パパがあたしのことを「妖血花」ってよんでたから、まわりのみんなはあたしを「アズラウネ」ってよんでくれてるのっ。
だから、アズ!
────ちょうど、ひと月前。
アズリアかエルの前から突如、魔王領へと召喚されたために姿を消してしまった後、一度は国王イオニウスの命令でアズリア捜索隊が結成され、ホルハイムの各地を探し回っていた。
捜索隊には王妃の懐剣であるリュゼ、第三騎士団長であるサイラスなど錚々(そうそう)たる顔触れが並んでいたし、ランドルおよびグレイ商会も全面的に支援していた。
だが、ひと月ほど経過したものの。
捜索隊がアズリアの姿はおろか、その痕跡すら見つけることは出来なかった。
その一方で、エルはアズリアの行方と無事を祈りながらも捜索隊に加わることはなかった。
吸血鬼に魂を喰われていたホルサ村の住人の体調も心配だったし、自分の教会を兼ねた孤児院の子供らが何より心配だったからだ。
エルは、アズリアと大樹の精霊の落とし子である妖血花を教会で預かることにしたのだ。
アズリアがもう一度、このホルサ村に無事帰ってくるその時まで。
こうして、妖血花であるアズと孤児らと共同生活が始まったのだが。
「ふーんふふふふーん♫」
雲一つない快晴の日になると、日差しを遮る木々のない開けた場所を見つけ、両手を広げながら鼻歌を唄いご機嫌な様子で隙あらば日光を浴びている。
まず驚いたのが、アズの食事情だ。
アズリアと一緒にラクレールや王都にいた頃には人間と同じ料理を口にしていた記憶がエルにはあったが。
孤児院に来てからというものの、食事の時間になると子供らと一緒に席には着いてくれるのだが、食事は取らずに水を一杯飲む程度で済ませてしまうのだ。
「なあ……お前。水、だけでお腹いっぱいになるのか?新入りだからって、食事……我慢しなくていいんだぞ?」
声を掛けたのは子供らのリーダー格である一番年長者のザック。
元からいる孤児たちには空腹ながら食事を我慢し、より幼い子に食事を分け与える事をしていたから、アズが自分らと同じ行為をしてるのではないかと気になり、声を掛けたのだろう。
ホルハイム戦役以前の孤児院では、あくまで子供たちが手作業で作っていた麦酒を隣村やたまにやって来る行商人に売った金や物々交換でやり繰りしていたため。
日々の食事を何とかギリギリ確保出来るという細々とした生活を余儀なくされていたが。
今は国王のお墨付きと支援金、そしてランドルが気にかけて頻繁にグレイ商会の行商人がホルサ村を訪れるようになり、細々とした生活は子供たちが毎食お腹を満たせる食事を出せるまでに改善した。
だからもう、我慢などする必要はないのだが。
「ううん?がまんなんてしてないよ。アズはね、おみずとおひさまがあればげんき!へいきなんだよ?」
「……お、おう、そうなのか、へ、へえ……」
そうなのだ。
アズラウネは、見た目こそ教会で一緒に暮らしている子供たちと何ら変わりはないが、妖血花という植物に近しい種族らしく。
水と日差し、それと土という食事を好んでいた。
話しかけたザックも満面の笑みを浮かべで答えるアズラウネが、食事を我慢して腹を空かせている様子には見えなかったので納得は出来ていないが、そこは無理やり笑顔で引き下がるしかなかった。
その様子を見ていたエルは後でザックに、アズラウネが妖血花という種族であることを説明しておいた。
そして、アズラウネの不思議な事はまだある。
エルがアズリアと一緒にラクレールから少し離れた木々が繁る場所でアズラウネを発見した際には、まだ5歳程度の女の子の姿をしていた筈だった。
それが教会で預かってからしばらく経つと、その姿は5歳程度だった身体はエルと同じ背丈にまで成長していき。
所々舌足らずでたどたどしかった喋り方も、今はまだ幼さこそ残すもののハッキリと言葉を話すようになっていたのだ。
人間で考えたら、あり得ない成長速度だ。
それだけならばまだ済んだのだが。
これは、王都からやってきた大工や職人が王の命令でボロボロになっていた教会を修繕していた時に、教会の外壁が崩れ大きな瓦礫が落下したのだ。
しかもその真下には運悪く子供たちがいて、瓦礫が落ちてきたことに気付いて子供らは逃げ出したのだが。
一番年下だったロッカが、慌てるあまり地面につまづいて転んでしまったのだ。
ロッカの頭上に迫る瓦礫。
続く悲劇に子供たちはロッカの名を呼び、ある子供は瓦礫に潰される瞬間を見まいと顔を手で覆う。
だが、その時だった。
アズラウネが両手を開いて地面に触れると。
「────えだよたてになれっ!」
急激に成長し地面を突き破ってくる複数の木の枝が絡み合いながら、ロッカの身体をくまなく覆うと。
木の枝で作られた柵に瓦礫が衝突する。
が、柵はこれっぽっちもビクともせず、柵に守られたロッカには傷一つついていなかった。
突然辺りが暗くなったのが瓦礫が眼前に迫っていたのだと思いながら、やってくる痛みがいつまでも来なかったことを不思議に思い。
恐る恐る目を開けるロッカが最初に見たのは。
「ろっか、だいじょうぶ?」
「う、うううう……あ、アズちゃんアズちゃんうええええんこわかったよおおおお!」
一番最初に目に映るアズラウネに、瓦礫に潰されるという恐怖から解放され、衝動的に抱きついて泣きじゃくるロッカ。
盛大に泣くロッカとはまるで対照的に。
周囲の子供らや職人、村人らは沈黙していた。
アズラウネが魔法を使ったことに、である。
「……い、いけない……っ」
イスマリアで聖女と讃えられ、それを嫌ったあまり逃げ出してきたエルは、その沈黙の正体に見覚えがあった。
それは、妖血花という未知な力を見せつけられた人間が抱く感情。
つまりは────畏怖と拒絶。
負の感情を周囲からぶつけられる前に、一先ずはこの場からアズラウネとロッカを連れ出そうと、二人へ向けて走り出そうとするエルだったが。
次の瞬間。
「すげえええ?お前、今の木の枝の壁……魔法?どうやって作ったんだよ?」
「ロッカちゃんを助けた時のアズラウネちゃん、すっごく格好良かったよ!」
「いやあ大の大人のワシらですら動けなかったのに、子供のくせにやるじゃないかお前さん!」
エルよりも先に、周囲にいた子供たちや村人ら、そして瓦礫を誤って落としてしまった職人らまでもがアズラウネに集まりながら、ロッカを助けた魔法と行為を大絶賛して揉みくちゃにされていたのだ。
大勢の人に囲まれて最初は戸惑っていた様子のアズラウネだったが、抱き着いていたロッカがようやく泣き止むと。
「ぐすっ、アズラウネちゃん、助けてくれてありがとう……」
「えへへっ!だって……パパならこんなとき、ぜーったいろっかをたすけたはずだもん!」
妖血花であるアズラウネが、その能力を発揮してもなお受け入れてくれた村人や子供らにホッと安堵し、胸を撫で下ろしていたエル。
「……まったく、妖血花とはいえさすがはあのアズリアの血を受け継いでいるだけあって、ホント冷や冷やさせるんだから……」




