13話 ハティ、族長として最初の仕事は
余談ですが。
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拘束されたアストスはまだ自分の無実を訴えていたが、湖の恩恵を授けてくれた水の精霊の言葉と、火の魔獣と魔族の大暴走を止めたアズの名前を出されて異議を唱える人間は部族の中にはいなかった。
全員がアストスの言葉を無視し、部族の老人たちが代々の族長の証である特別な帯を、試練を見事に果たした俺へと手渡してくる。
「色々あったが、試練を乗り越えた若き勇者ハティよ……ワシらが思いつかぬような発想と行動力、そして砂漠竜に立ち向かったその勇気で、この先の部族を率いてくれ」
「わかりました。このハティ、火の部族の族長の座を謹んで……就かせていただきます。まだ若輩者ではありますが、御鞭撻よろしくお願いします」
俺は老人が差し出す族長の証を、頭を下げながら受け取り。
その帯を肩に掛けてから、俺の帰還を出迎えに集まってくれていた若い連中を中心にした集落の人間へと、片手を高く上げてみせると。
湧き起こる大きな歓声とともに。
集まった皆んなが俺の名前を連呼してくれていた。
「……おめでとうございます、お兄様」
「ああ、紆余曲折はあったがな。これで少しは俺もアズに相応しい男に一歩くらいは近づけたかな?」
試練に同行までしてくれたユメリアも、ワザと他人行儀を装い恭しく頭を下げながら、俺に祝福の言葉を掛けてくれたので。
そんなユメリアに俺は片目を閉じてみせ、冗談めいた返答をしてみせるのだった。
そうだ、一連の騒ぎで忘れていたが。
俺は若い連中の中から何人かを手招きして呼び寄せて、大事なことを伝える。
「ん?何だハティ、族長になった宴会の手筈か?」
「……いや、それなんだか……実はな──」
それは、砂漠竜を倒した事だ。
その死骸は大切な部族の収入源になるので、出来れば俺が族長になった宴より優先して回収に行ってもらいたいと告げたのだが。
「……は?で、砂漠竜を、倒しただと?いや、ハティ……試練の内容は別に竜を倒す、じゃなかった筈だが?」
「しかもハティとユメリアの二人で砂漠竜を?……冗談なら少し笑えないぜ?」
「いえ、残念ながら私は砂漠竜の攻撃で早々に戦線を離脱してしまいましたので、竜は実質……お兄様一人で倒しました」
「…………ほ、本当なのかよ、そりゃ確かに一大事だ」
本来ならば騎士団が隊を率いるか、複数の部族で討伐隊を結成して倒すべき砂漠竜を、たった二人で倒してきた、と知った若い連中はというと。
慌てた様子でさらに数人に声を掛けて、集落の奥へと戻っていった。多分、砂漠竜の大きな死骸を運搬するための台車や人手を集めているのだろう。
その作業は一任しておくとして。
俺は、族長としての初めての仕事を済ませるため。
いまだ縄で拘束された状態で地面に座ったまま、無実を訴えているアストスと、憎しみが込められた視線で俺を睨みつけるリュードラへと向き合う。
試練に紛れて俺とユメリアを殺害しようとしたことは確かに許せないが、それで族長とリュードラを裁くことは出来ない。二人がやったのは、あくまで試練の掟に反しただけだからだ。
当初は俺も、素直に族長がそれを認めてくれればこれ以上の罪状の追及はしないつもりだった。
だが、水の精霊様が暴露してしまったことで、連中が呪い師マフリートに扮した魔族に手を貸し、再び部族に大厄災を引き起こそうとした事実を知ってしまった以上は。
俺は族長として、この二人に「裁き」を下さねばならない。
「元族長アストス、そして息子リュードラ。俺に危害を加えたことは不問にしても、族長の座を欲するあまり魔族に加担し7年前の大災厄を再び引き起こそうとした罪は許されない」
「……だ、だがそれは実際には起きていないではないか、そ、そんな些細な事で族長であるこのアストスを裁くというのか……?」
「そ……そうだそうだ、オレらは悪くないぞっ!」
苦し紛れに族長アストスは、アズが未然に防いだ事すら自分の責任を回避するために利用する、その態度に俺は怒り、拳を握り締めていた。
だがそんな族長へと、周囲から次々と不満を口にする声が浴びせられる。
「……何が族長だ!央都に迫った大暴走を指揮してたのはハティじゃないかっ!」
「族長の座を散々傘に着やがって!もうたくさんだ!」
部族の人間の不満を聞いて愕然とするアストス。
表立って口にはしていなかったが、この7年の間族長アストスは狩りや漁、農作業もせずその恩恵のみを族長であるという理由で不当に搾取し。
先日の央都アルマナに侵攻してきた魔族らの大侵攻でも、部族の戦士らの指揮をオレに任せ自分は息子リュードラと共にこの集落で待機していたのだ。
そもそも。元来なら代々世襲するはずの族長を俺に、という話が出たのは族長アストスがあまりに頼りなく横暴で傲慢だったからなのだが。
「……それで、二人への裁きだが」
俺の言葉に、族長らに罵声を浴びせていた皆が一旦黙り。
アストスと、そしてリュードラがゴクリと唾を飲み込み喉を鳴らす。
「……な、なあハティ?オレとお前は、族長の座を争った仲間みたいなものだ……そんなオレ様を、お前はまさか……斬首したりしないよ、なぁ?」
「安心しろリュードラ、斬首はさすがに考えてはいない」
と、俺が手をパン、パンと叩いて打ち鳴らすと。
あらかじめどのような裁きを下すのかを教えておいたユメリアと女衆が、鉄製の鏝を握り現れたのだった。
「……お、おいアレは……まさかハティよ、それを元族長のワシとリュードラにするというのか?」
それを見た族長アストスは、その鏝を見て明らかに顔を青ざめながら、俺へと恐る恐る自分がこれから何をされるのかを聞いてくる。
だから俺は、アストスが想定していた通りの答えを口にしていった。
「そうだ。お前たち二人は部族を追放する。この焼き鏝で『追放者の印』を刻んだ上で、な」
そう、俺が下す裁きは部族の追放であった。
しかも、ただの追放ではなく。
族長が言うように「追放者の印」という焼印を一番目立つ顔に刻まれての追放となる。この焼印を付けられた人間を砂漠の民は受け入れることはない、という不文律が砂漠に住む部族全てにはある。
アストスとリュードラの二人は、この部族からだけではなくこのメルーナ砂漠から追放されるのだ。
今まで身体を鍛えることも何もしてこなかった二人が、砂漠の民の助けを得ることなくこのメルーナ砂漠を抜けられるのか、は……正直言って難しいだろう。
そういった意味では、この場で即生命を奪われる斬首のほうが幾分か楽だったかもしれないが。
「……そ、そんなっ待ってくれハティ?お、オレ達は友達だろ?追放とか、冗談だろ?嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だああああああぎゃあ────熱い熱いいいィィィィィ⁉︎」
聞き苦しい命乞いを繰り返していたリュードラだったが、焼き鏝を右頬に押し付けられ、今度は焼印を刻まれる激痛に絶叫する。
辺りに漂う、人の肉が焼けるイヤな匂い。
続いてアストスにも焼印が施されるが、さすがに元族長だけありリュードラのようにみっともない様子を見せず、ただ焼印による絶叫のみを口にするだけであった。
焼印を刻んだアストスは、俺へと殺意と憎しみを込めて睨みながら、最後に。
「……ハティよ、ワシはお前をもう少し早く殺しておけばよかったと後悔している」
こうして追放者の印を刻まれた二人と襲撃者らは、僅かばかりの食糧と水、そして俺の情けで砂漠竜避けの護符を持たせて、この日のうちに追放されることとなった。
「……これで本当に終わりましたね」
「いや、だけど族長になってもならなくても、やらなけらばならないことは山積みだからな。ユメリア、お前にも色々と手伝ってもらうぞ……それと、あの格闘術は一体何処で──」
「……それはひ・み・つ、ですわよ、お兄様っ」
まあ、何はともあれ。
族長の座を巡る争いは、これにて一応の決着を見たのだ。




