12話 ハティ、族長を断罪する
集落に帰還すると、その入り口では若い男衆が何故かそれぞれ武装した姿で俺たちを出迎えてくれた。
「ハティ!それにユメリアも!……二人とも無事だったか?」
「いや驚いたぞ!いくら砂漠竜の素材を持ち帰ってくるという試練だからって、まさかお前たちが出発した直後に『砂漠竜が出た』なんて知らされたら……」
よく見ると、リュードラを置いて逃げ出した護衛のバルガスや残りの襲撃者らは若い連中の背後で、麻縄で縛られて拘束されていた。
多分、あの連中が砂漠竜から逃れるために集落に逃げ込んだはいいが、事情を問われて拘束された、というところだろうか。
そんな心配そうな顔で俺とユメリアを見る連中に、戦利品である砂漠竜の牙と鱗を懐から取り出して、全員に見えるよう真上へと掲げてみせる。
「この通り、砂漠竜の素材はこの俺……ハティが手に入れた。試練は、俺の勝ちだ!」
『────おおおおおおおっっ!』
試練を見事に果たした俺を、この場に集まっていた部族の人間が歓声をあげて祝福してくれる。
「やったなハティ!これでお前が族長だっ!」
「いやしかし、試練の話を聞いた時は俺たちも冷や汗ものだったけどな!」
「おめでとうございますハティさんっ!」
「馬鹿騒ぎをやめろ!そこをどけ!……通せっ!」
集まった若い衆らの人壁を押し除けるように現れたのは族長のアストスと、その背後にはリュードラを支持していた集落の重鎮たる老人たち。
「試練の結果の前に、何故リュードラを拘束しているのだハティよ?返答次第では、貴様の次期族長という立場を考え直さねばならんぞ!」
「……それはそうとアストスよ、あれはリュードラの護衛じゃった男じゃが……確か試練の同行者は『部族の人間のみ』、そう宣言したのはアストス、お主じゃったが?」
族長のアストスは、自分の息子をあくまで庇い立てするような発言を口にしていくが。
既に拘束されてる護衛のバルガスが部族の人間でないのを、老人らが知ってしまう。
「……ぐっ……う、い、いいから俺の質問に答えろハティ!」
伝統を大事にするが故に保守派としてリュードラを支持していた老人らからすれば、代々の伝統ある試練の決まり事を反故にした、というのは絶対的に許されざる事だ。
今やこの場に族長の味方は誰一人いなくなった。
それでも。
アストスは俺を問い詰めることで、何とか状況の打破を考えていたようだが。
俺は、事実をありのままに答えていく。
「はい。リュードラは部族の人間でない余所者を護衛に付けたばかりか、その護衛の伝手からあらかじめ試練に紛れ、俺とユメリアの二人を砂漠で殺害する計画だったようです」
「……ば、馬鹿なっ、そんな大それたことをリュードラが考えるはずが──」
「そうですね、この計画はリュードラが立てたものではない」
俺はアストスを指差しながら数歩前に進み。
この期に及んでも白を切り続ける元族長に引導を渡すために、アストスを睨みつけながら言葉を続ける。
「護衛の男や捕らえた襲撃者、そして何よりリュードラが白状しました。この一連の計画は族長、あなたが立てたものだと」
「……う、う……嘘だっ!だ、大体こんな連中など知らんし、リュードラの言葉とて怪しいものだ!……貴様らが脅して言わせたに決まっているっ!」
俺のその言葉に、この場にいた部族の人間全員の視線が族長のアストスへと集中する。
さすがのアストスも多数の視線にたじろぎを見せるが、悪足掻きを止める気配はない。
ここで族長が一連の罪を認めてくれたのなら、俺もこの事実を持ち出す気はなかったのだが。
言い逃れようとするならば、仕方がない。
「……時に皆さん、族長が手厚く扱っていたマフリートという呪い師を覚えていますか?」
マフリート、という名を皆が知らない筈がない。
かの呪い師は、アストスの先代の族長の頃からこの火の部族にいた長老的立場だった。
つい、四月ほど前までは。
「覚えてるも何も、マフリートの爺さんならハティ、お前だって知ってるだろ?」
「……そう言えば、魔族らの大暴走を境に姿を見なくなったような……?」
俺がその名前を出した途端に、集落の全員が昔から慣れ親しんでいた人物をキョロキョロと探し始めるが。
対照的に、リュードラとアストスの二人だけは後ろめたい表情を浮かべ、誰にも視線を合わせないように顔を伏せる。
「あぁ、確かにアズちゃんと一緒に倒した魔族がそんな名前してたわねぇ」
と発言したのは、集落へと帰還する俺たちについて来てしまった水の精霊様だった。
もちろん俺以外の集落の人間は誰一人として、水の精霊様と顔を合わせたこともない。
見た覚えのない絶世の美女の登場に、族長に集まっていた視線が今度は一気に水の精霊様へと集まっていく。
「……あの、ハティ?どうやらこの女性はお前さんの知り合いで、かつアズリアさんを知ってるみたいなんだが……出来れば紹介してもらえないだろうか?」
「────信じてもらえないかもしれないが……こちらはアズ湖に住まう水の精霊様だ」
俺のその言葉に全員が驚愕し、言葉を失う。
火の部族、という名の通り俺たち部族は代々火を神聖視し、扱ってきたが。
7年前の大災厄が遭って以来、魔獣を撃退したアズと、その名を冠したアズ湖を守護する水の精霊を部族の人間は敬意を持って接する対象としていたのだ。
重鎮の老人らは火を神聖視する余り、火の魔獣を倒したアズを毛嫌いしてはいたが。水の精霊への信奉は湖を活用する若い衆と変わりはなかったためか。
「……どういう事じゃアストスよ?貴様……ワシらまで謀っていたというのじゃな?」
「違う!嘘だ!……この女が水の精霊様だというのも、マフリートが魔族だったなどという話もみんなみんな嘘だっ!」
そんな水の精霊様の発言は、もう族長アストスの立場を地の底にまで墜としてしまっていた。
「……アズから聞いた話では、族長はリュードラに跡目を継がせたい余りにもう一度この地にあの火の魔獣を召喚し、力を誇示しようとしていた」
「そうよぉ、そのマフリートって魔族が大暴走に加えるために、って計画に……そこの人間たちは利用されちゃってたのよぉ。まぁ……それも、アズちゃんが事前に止めてくれて事なきを得たのだけどねぇ〜」
「……だっ、黙れ黙れ黙れええっ!」
族長アストスが喋り続ける俺や水の精霊様の言葉を遮ろうと顔を真っ赤にして絶叫するが。
寧ろその必死な抵抗こそが、一連の話の信憑性を裏付けてしまうこととなり。
族長アストスの身体も、息子リュードラや襲撃者らと同じように麻縄で拘束されてしまう。




