9話 ハティ、火神の加護を使うが
アレ、とは。
俺がこの4月程の間に、アズが持ち帰ってくれた文献の解読と実践を繰り返してようやく、何とか発動出来るまでに至った「火神の加護」のことである。
だが、昨晩ユメリアに話したように。
指先に灯す程度の蒼い焔ならばまだ制御が効くのだが。
いざ実戦で使うとなるとまるで制御が効かず、発動させた蒼い焔が敵を焼く前に、まず術者である俺の身体を焼いていってしまう状態なのだ。
「だが……やるしかないみたいだな……っ」
地面の揺れが一層強くなる。
間違いなく、砂漠竜は俺たちを獲物と見做し、ユメリアの血の匂い、そして俺が手傷を負わせたことで興奮している。
……どうやら、見逃してもらうことは出来ないようだ。
「まあ……同行者のユメリアがこんな状態だ、砂に潜られて逃げられるよりはよかった……と前向きに考えるべき、なんだろうな」
案の定。
砂漠竜が再び砂地から頭を出して、大蛇のような長い身体で砂煙を巻き上げながら俺とユメリアへと一直線に向かってきていた。
砂地深くに潜った砂漠竜が何処から姿を見せるか、それを警戒していたが。
一度その姿を確認したのなら、俺の懸念材料は最早ただ一点に絞られていた。
如何に火神の加護を制御し、砂漠竜に致命傷を与えるか、だ。
俺は早速、火神の加護を発動させるために身体の中にある二種類の魔力を練り上げていく。
喩えるならば。通常の火属性の魔力と、火神の加護を発動させる魔力、それを俺の体内で交互に編み上げていく、そんな感覚だ。
火の部族の人間には、通常とは違った火属性の魔力が大小の差こそあれど潜在的に眠っているのだが、普通の魔法の使用法では眠った魔力を覚醒させることが出来ない。
鍛錬の最初の一月の間も、まずは体内で眠っていた火神の加護の魔力を叩き起こす地味なものであった。
そして次の一月で、覚醒した魔力と通常の魔力を体内で融合させていくことで、ようやく指先に蒼い焔を灯せる程度に発動することが出来るようになった。
「解き放て。そして焼き焦がせ……火神の加護!」
そんな4月にも渡る地味な努力の末に、実戦で使い物になる程度にまで発動が可能になった火神の加護を────解放していく。
そして、俺の右手に巻き起こる蒼い焔。
だが、危惧していたことはすぐに起きたのだ。焔が渦巻く右手の表面がヒリヒリとした感触に襲われる……俺が発動させた蒼の焔によって右手の肌が炙られているのだ。
「ああ……お兄様っ……やはりまだ加護の制御が不十分なのですわっ?……お願いですお兄様っ、加護の発動を止めて下さいっっ!」
「いや、充分だ……俺の身体が燃え尽きるよりその先に、あの砂漠竜を……倒すっっ!」
「え?────ま、待って下さいお兄様っ⁉︎」
ユメリアの制止を振り切って俺は握っていた長剣に蒼い焔を纏わせながら、大きな口を開け猛然と突進してくる砂漠竜へと、駆け出していく。
「ああ……私は、何て無力なのでしょうか……くっ」
ユメリアが強引にこの度の試練に同行した理由は、何らかの不測の事態で俺が「火神の加護」を発動することになっても。
自分の治癒魔法さえあれば、加護を発動させながら焼け焦げる俺の身体を回復することも出来ると考えていたからだ。
負傷し、それが出来ずにいる自分の不甲斐なさにユメリアは砂地を拳で殴り付けていた。
「────グルルオオオォォォォォオオオ!」
すっかり興奮して大口を開けて迫ってくる砂漠竜だったが、喉元の傷が効いていたのか最初の突進よりも勢いが弱まっていた。
俺を噛み砕き、餌にしようと開いたその口へと長剣の刀身を水平に突き出して構えると、俺はそのまま突撃してくる砂漠竜へと────駆ける。
その口で。
その牙で。
砂漠竜は俺の家族を傷つけたのだ。
許せるわけがなかった。
「そうだっ、かかって来いよ、来いっ……来い、来い、来いっっ……」
俺の視界を砂漠竜のびっしりと牙の生えた上顎が覆い、口目掛けて向かってくる俺へと牙を振り下ろしてくる。
「────ここだああぁぁあああ‼︎」
その上顎へと、俺は蒼い焔の魔力を纏わせた長剣での刺突を繰り出し、砂漠竜の口内からその刀身を突き刺していく。
口の中を俺の剣が突き刺さり、その痛覚からか突撃の、そして捕食する動きを一瞬だけ止める砂漠竜。
その一瞬の隙を、好機を俺は見逃さない。
「……制御出来ないなら、俺と一瞬に燃えてもらうぞ砂漠竜っっ!────蒼焔斬おおおお!」
そう叫んだ俺の身体から火神の加護の証たる蒼い焔が噴き上がると。
焔は両手を伝い、砂漠竜の肉に埋もれていた長剣を激しく燃やして、内側から竜を焼き焦がしていき。
直後、巻き起こる爆音。
鱗に覆われた砂漠竜の背中の何箇所が内側から爆ぜ、肉片や竜の血が辺りに飛び散る。
口からだけではなく、身体のあちこちから白煙を噴き出し、咆哮を哭くこともなく沈黙し動きを止める砂漠竜。
だが完全に動きが止まったわけではなく、砂地をズルズルと力無く這い、白い煙を上げながら炸裂した蒼焔斬の威力で真っ黒に焦げた口をゆっくりと閉じようとする。
俺は、上顎から引き抜いた長剣を瀕死の砂漠竜へと構えると。
身体から噴き上がる蒼い焔を再び剣に纏わせ、赤の衝撃と同じ要領で火の魔力と火神の加護、二つを織り交ぜたモノを剣閃に乗せて解放する。
「これで……最後だ砂漠竜っ────蒼の衝撃」
俺から放たれた蒼い焔の衝撃が直撃して、砂漠竜の身体の表面が激しく燃え上がり。
天を仰ぐように首を高く持ち上げる動作をする砂漠竜だったが、口の中が焼け焦げているために最後の咆哮すら上げることが出来ずに。
次の瞬間、持ち上げた頭部と身体が盛大な音を立てて砂地に倒れ、巻き起こる砂埃。
表皮や鱗がいまだ燻っていたまま、横たわる砂漠竜の目からは生気の光が完全に消えていた。
──こうして砂漠の覇者は息絶えた、のだが。
「……ぐっ……ぐうううう……火が、火が消えないっ?」
「────お兄様っっ!いけない……火神の加護の制御がっ!」
俺の身体から噴き上がっていた蒼い焔が、本格的に俺自身の身体をも焼き始めたのだ。




