8話 ハティ、一度は竜を撃退するが
俺は大きく口を開けて突進してくる砂漠竜へと向き直り、状況を頭の中で整理していく。
俺の背後には脚を負傷してまだ身動きのとれそうにないユメリアが倒れている。
それより離れて、まだ腰を抜かしながらその体勢のままズルズルと後退しているリュードラ。
俺やユメリア、砂漠竜の周囲には俺らに撃退され、こんな騒ぎになってもまだ襲撃者が数名倒れたままであった。
「駄目ですお兄様っ!砂漠竜に立ち向かうなんて危険すぎます!私はいいですから……せめてお兄様だけでも逃げて下さいっっ!」
ユメリアも多分、この現状では自分を救出するのは無理だと判断したのだろう。
声が裏返るのも気にせず必死に、俺にこの場から離脱するように何度も警告するが。
確かに俺が今、ユメリアを抱きかかえてこの場から一旦離脱しようとしても、両手が塞がった状態で砂漠竜から追撃を受ければ二人とも無事では済まないだろうし。
追撃されなかったその時は、リュードラや倒れたままの襲撃者は突撃してくる砂漠竜の餌になるのはまず間違いないだろう。
ユメリアより自分を助けろ、などと吐いた糞野郎と俺らの生命を狙った襲撃者を助ける義理などないが、連中を証人に連れ帰らなければ族長のアストスはリュードラの独断だと責任を逃れ、集落の中でのうのうと暮らすのは明らかだ。
俺は、それが許せなかったのだ。
だから俺は、この場に留まり。
まずはユメリアを喰らおうとする砂漠竜の突撃を全力で止める。
「俺は逃げない!馬鹿な事だとわかっていてもだ!────筋力上昇」
突進してくる巨体の勢いに押されないよう身体強化魔法を発動し、威力を増した剣撃を。
迫り来る砂漠竜の牙に、命中させる刃の角度、そして衝突の瞬間を見計らって振り抜いていく。
「俺はっ────火の部族の族長になる男だあああああああっ!」
俺の長剣が、砂漠竜の牙を真上へと弾いていくと、頭部が反り返り。
砂地に潜っていた、鱗に覆われていない柔らかい弱点の一つである喉元が姿を見せる。
この絶好の好機、逃してなるものか。
「喰らえっっ!────火炎斬ええっ‼︎」
先程襲撃者に放った赤の衝撃のように長剣に火の魔力を込めていくが、今度はその魔力を「飛ばす」のではなく「触れて爆発」させる想像。
魔力を込めた剣撃が、砂漠竜の喉元に直撃した途端に、触れた箇所から魔力が具現化していき。
刃で斬り裂いた傷口に刀身に溜めた火の魔力が開放され、喉元で爆発を起こしていく。
「グオオォォォォォオオオオ⁉︎」
辺り一帯に響き渡る砂漠竜の絶叫。
まさか砂漠竜も、大勢の騎士らが集まる討伐隊でなく、たった一人の人間に手痛い反撃を喰らうなどとは予想していなかったのだろう。
竜は突進してきた動きが完全に止まったものの。
俺が喉元に与えた剣の傷は、砂漠竜を仕留めるには不足していたようで、鳴き終えた後に砂地に潜っていってしまう。
「くそっ……仕留めるつもりで振るったが、どうやら浅かったみたいだな」
「……い、いえ……お兄様……その、あ、ありがとう、ございます……」
「いや、それよりもユメリア……脚の怪我はどうだ?」
ともかく砂漠竜の突撃は凌いだのだ。
俺は、背後で自分の脚に治癒魔法を発動させていたユメリアの様子を確認していく。
「避けた、と思ってましたが……砂漠竜の牙が脚を多少掠めていたみたいですね。歩けるまで回復するには、もう少し時間が……」
ユメリアの脚の傷口を見ると、本人が言うように「多少」掠めていたような傷ではなく、膝下の肉が一部喰い千切られて、骨が覗く程の酷い状態であった。
今はどうにかユメリア自身が発動させている治癒魔法で流れ出す血は止まり、酷い傷による激痛も緩和している状態だが。
この場から無理やり動かせる状態でもない。
「……ごめんなさいお兄様」
「馬鹿、なんで謝るんだユメリア」
「私、自分からお兄様の護衛を買って出たにもかかわらず、肝心な時に足を引っ張ってしまうなんて……」
負傷して身動きの取れなくなった自分を責めるあまり、俺への謝罪の言葉を口にしながらその目に涙を浮かべるユメリア。
そんな健気な妹の涙を指で拭うと、俺はとある方向を指で差してみせた。
「なあユメリア、お前があの襲撃者を助けなかったら間違いなくあの男は砂漠竜に喰われてただろうな。それに……」
俺は、治癒魔法の魔力の光に包まれている負傷していたユメリアの脚に触れながら。
「あの男を助けようとしたのは俺も一緒だが、俺はユメリアより反応が遅かったんだ。だから……俺が飛び込んでたら今頃はお前より酷い怪我をしてたかもしれない」
「……お兄様っ」
「お前は足を引っ張ってなんかいない、だから自分を責めるな。それにさっきも言っただろう?少しは兄として格好くらいつけさせてくれ、な?」
俺が言葉を言い終えるかどうかのところで、再び地面が揺れ始める。
どうやら先程の一撃を受けた砂漠竜は俺たちを餌にするのを諦めたわけではなかったらしく、一度は砂地に潜り姿を隠したのは体勢を整えるためだったのだろう。
「……さて、と。さっきは突進を防ぐために躍起になって試練の事をすっかり忘れてたからな」
「で、ですがお兄様、あの竜はお兄様の渾身の一撃を受けてなお動いているのですよ?……それでどうやって」
先程、砂漠竜に俺が与えた傷は仕留める程の深傷ではなかったが、決して浅い傷ではなかった筈だ。
ならば、次はもっと強い攻撃を放つしかない。
だが、俺が使える剣技は「赤の衝撃」と「火炎斬」の二種類しかない。
ただ一つの例外を除いては。
「ああ、まだ未完成だが……アレを使う」




