7話 ハティ、砂漠竜へ剣を向ける
まさに、一触即発。
バルガスとユメリアが睨み合い、互いに拳を向けようとしたその瞬間、二人の足元が揺れた。
いや、二人のだけではなかった。
「ん?何だ?今……足元が動いたみたいだが?」
俺とリュードラ、そして襲撃者らがいるこの辺り一帯の足元が一斉に揺れ始めたのだ。
立っていられない程の激しい揺れに、バルガスとユメリア、そして俺の三人だけは地面が揺れて崩れた体勢を何とか立て直し、脚に踏ん張りを利かせて立っていることが出来たが。
「ゆ、揺れてるっ?お、おいっバルガスっ?お、オレを助けろっ……ぶべっ!」
戦意を喪失した襲撃者二人は尻を着き、碌に身体を鍛えていないリュードラは無様にも砂地に顔から倒れ込んでしまう。
「大丈夫かユメリアっ?」
「ええお兄様、ですがこの揺れは……もしや」
「ああ……捜し物が向こうから来てくれたってわけだ、本来なら感謝の言葉の一つでもかけてやりたいところなんだが……」
俺はこちらへと駆け寄ってきたユメリアの顔を一度見てから、辺りを見渡していく。
この場には、リュードラの依頼で俺とユメリアを襲撃したとはいえ、返り討ちにしたために身動きの取れない連中が六人も転がったままなのだ。
だが、少しばかり妙なことがある。
砂漠竜は確かに竜属の一種だけあり、一度出現すれば旅人や行商人、商隊にとっては絶大な脅威となり得るが。
砂漠竜はそこまで補食に獰猛な生物というわけでもない。
さらには。
先に話したように、集落には砂漠竜避けに、竜が嫌う臭いのする香木と魔力を付与した魔導具が配置してあるため。
こんな集落に近い場所に砂漠竜が現れるとは、俺も想定していなかったし。
ユメリアも「有り得ない」という表情を浮かべているところを見るに、俺と同じ考えだったのだろう。
……もしや。
俺の頭にはとある推察が浮かび、それを確かめるために、顔を砂まみれにして未だに立ち上がってこないリュードラへ怒鳴るような口調で問い掛ける。
「おいリュードラ!……あの連中、一体いつから砂漠に配置してやがった!」
「はあ?い、今そんなこと言ってる場合じゃ────」
「……いいから答えろっ!」
「────ひぃぃ?」
俺の態度に、こんな状況下でもまだシラを切り続けるリュードラを一喝すると。
両手で後頭部を押さえながら頭をすくめ、身体を震わせながら口を開いていく。
「……さ、昨晩遅く、お前らが寝静まってからバルガスと打ち合わせて、お前が通りそうな場所にあらかじめ連中を待ち伏せさせておく手筈だったんだ……」
「お前が雇った襲撃者の連中に、砂漠竜避けの護符は持たせて……」
「……馬鹿かお前?……そんなモノ渡すわけないだろっ!」
それで合点がいった。
竜避けの護符を持ち合わせていない連中が、何の警戒もしないまま頭の上を一昼夜ウロチョロしていれば。
砂漠竜からすれば、またとない絶好の機会を見逃すはずはない、というわけか。
「はぁ、はぁ……ば……バルガスさんっ、この揺れは?」
俺が放った赤の衝撃を受けて倒れていた襲撃者が何とか起き上がり、フラフラとバルガスの元へと歩いてくるが。
突然、男の背後の砂地が盛り上がると。
そこには、鋭い牙を持つ口を大きく開いた砂漠竜が顔を出していたのだ。
「────危ないっっ!」
「ま、待てっ────ユメリアっ⁉︎」
噛み合わされる砂漠竜の顎よりも早く、それに気付いた俺よりも早く身体が動いていたのはユメリアだった。
電光石火の速度で踏み込むユメリアの腕に突き飛ばされて、襲撃者の男は真横へと激しく吹き飛ばされるが何とか一命を取り留める。
だが、突き飛ばした側のユメリアは動きを止め。
獲物を襲撃者からユメリアへと変えたその牙は、彼女の脚を少しばかり掠めていたようで。
真っ赤な鮮血を脚から流して、その場に倒れ込んでしまうユメリア。
「う────うわあぁぁぁあああああああ?」
「に、逃げなきゃこ、殺されちまううううう!」
砂漠竜の出現と、傷つき倒れるユメリアを目の当たりにして。動ける襲撃者やバルガスは試練やリュードラの護衛などなかったかようにこの場から一目散に逃げ出していく。
……倒れた仲間や護衛対象のリュードラを放置したまま。
「ま、待てき、貴様らっ……ば、バルガスまで?貴様っ、金で親父に雇われた護衛の分際でオレより先にに、逃げるなぁぁぁあ!」
リュードラがこの場から逃げ出さなかったのは、砂漠竜の一部を持ち帰るという試練の内容を忘れていなかったのか。
もしくはただ単に逃げ遅れ、自分では立ち上がれなかったからなのか。
砂地に潜っていたその全体像を現わしていく砂漠竜は、流れた血の匂いに惹かれたのだろう。
血を流す脚を押さえたまま痛みで蹲るユメリアに狙いを定め、再び大きな口を開いて砂埃を巻き上げながら突進してくる。
「お、お兄様っ……い、今のうちに倒れている人間を連れて、に、逃げて下さいっ……」
「ふざけるなっ、ユメリア……お前を置いて行けるかっ!」
「お兄様……ここは私情を捨てて冷静に考えて下さい。私は治癒術師です、これから傷を回復すれば私は何とでもなりますが……未熟な襲撃者らはそうはいきません……」
確かに、今の俺では砂漠竜には戦いを挑み無事で済む可能性なんて無いに等しい。
だからこそ、今回の試練も砂漠竜が大人しくなったのを見計らって、興奮させないように鱗を一枚入手する手筈だったのだ。
「お、おいハティ!ユメリアの言う通りにして、ここはオレ様を、あ、安全な場所まで連れて行け!……そ、そうしたら、貴様にもそれ相応の地位をや、約束してやるぞっ?」
背後では尻を突いたままのリュードラが、あろう事か俺に向かってユメリアを見捨てて自分を助けろ、などという戯言を言ってのける。
「おいっ、聞いてるのかハティ貴様っ!」
「────黙れよ……リュードラ。それ以上ふざけた事を言ってみろ、砂漠竜より先に俺がお前を殺すぞ……」
背を向けたまま、背後で偉そうな口を利くリュードラへと殺意を込めた言葉を吐き捨てるように言い放ち、黙らせると。
7年前に両親を殺した火の魔獣。
黒い岩の表面から赤く輝く溶岩が噴き出す、小さな山程もある大きい四足獣の姿をした魔獣に怯え、隠れたばかりに迎えた結末を思い出していた。
これが勝ち目のない挑戦だとしても、不思議と俺の心の中から恐怖や躊躇が消えていく。
俺はもう、家族を目の前で失うなんて御免だ。
だから俺は決意と、覚悟を固めた。
「────ユメリア、さっさと傷を治せ。それまでは俺が砂漠竜を押さえ込む……私情を挟もうが、俺はもう逃げなくない……それに」
長剣を抜き放ち、脚の負傷で立ち上がれないユメリアの前に立ち塞がり。
「兄としてそろそろユメリア、お前に砂漠竜に挑む程度の格好をつけておかないと……アズに『だらしない』って見限られちまうからな‼︎」
俺は砂漠竜へと剣を向ける。
二度と、家族を失わないために。




