6話 ハティ、襲撃を跳ね除ける
半数が戦闘から離脱し、残りの襲撃者たちは分散している今の立ち位置に意味がないと、一旦全員が集まろうとするが。
「────遅いぜアンタたちっ!」
「あまり砂漠の民を侮らないで下さいね!」
連中が動き出すより前に、俺とユメリアがほぼ同時に襲撃者の最右翼と、真逆の最左翼の男へと狙いを定め、砂を蹴り駆け出していった。
接近する俺らに慌てて迎撃しようとするが、不意の接近に動揺していた上に、砂地に足を取られたようで対応が遅れたところに。
俺の剣撃と、ユメリアの拳がほぼ同時に放たれ、回避も防御も間に合わず直撃した両翼の男二人が呻き声を上げてその場に崩れ落ちていく。
これでほぼ間違いない。
砂地を動くための初歩的な歩き方すら知らないこの連中は、砂漠の国の人間ではない。
そして、襲撃者も残りは二人となったところで俺は連中に提案を持ち掛ける。
「おい!……お前たちがこの国の人間じゃない事や、野盗の類いじゃないことくらいわかってる。素直に黒幕を吐けば、この場は見逃してやるが────どうする?」
最初は八人もいた襲撃者も残り二人となり、状況は圧倒的不利。この二人が倒れている連中とほぼ同格の実力しか持ち合わせていないのであれば、俺やユメリアに敵わないのは理解しているだろう。
現に、襲撃側の二人も「どうする?」といった表情で互いに顔を見合わせながら、どうこの場を凌ぐかを考えているのだろう。
だが、俺たちは試練の最中だ。
余分な時間は掛けたくない、だから連中に考え、悩む暇など与えるつもりはなかった。
俺は二人に見せつけるように開いた片手を突き出して言葉を続けた。
「五つ数える。それまでに素直に黒幕を吐くか、倒れている連中と同じく痛い目に遭うかを決めろ────5」
「……ま、待ってくれっ?それはあまりにもっ、せめてもう少し考える時間を……」
こちらが設けた時間制限に、大きな声をあげて異議を唱えてくる襲撃者だが。
「4、俺らが待つ理由がどこにある?……3」
俺は数を数えるのを止めず、男らに見せつけるようにわざとらしく指を一本ずつ折っていく。
さらに、連中を焦らせる俺の意図を汲み取ってくれたユメリアは、「銀の右腕」で光輝いている両拳を男らに向け構えていく。
実は俺も、ユメリアがいつの間にあれ程の格闘術の実力を身に付けていたことに驚いていた。
その真相は試練が終わった後にゆっくりユメリアに聞いていくことにして。
妹のその脅しは、男たちを追い込むには充分過ぎる効果を与えていた。
さらに俺が指を追って時間を数えていくと。
「────2」
「ま、待てっ、わ、わかったっ……話す、誰に雇われたのかを話せば見逃してくれるんだなっ?……なっ、なら話すから、あの女を止めてくれっ?」
「……なら、さっさと話せ。誰に頼まれた?」
まあ、その人物の予想はついているのだが。
襲撃してきた二人は、敵意がないことの証明に手に持っていた曲刀を手離すと。
「……お、俺たちは、バルガスさんに頼まれて、あんたらを砂漠で始末するように動きを探って、ま、待ち構えてたんだよっ!」
「ん?バルガス?……は、お前たちはリュードラ、もしくは族長、いやアストスって人間に頼まれたんじゃないのか?」
出てきた名前が一切の聞き覚えのない人物だったことに驚いてしまい、思わず男にもう一度誰に雇われたのかを聞き返してしまったのだが。
「いえ、お兄様……私、バルガスという名前に聞き覚えがあります」
襲撃者が降参したことで、俺に向かって歩いてくるユメリアが、その名前の人物の正体について話し始める。
「……覚えていますかお兄様?集落を立つ時に私と力比べして打ち負かされたリュードラの護衛の男を……確かあの男、バルガスと名乗っていました」
「ってことは、この連中はあの護衛の男が手配したってことなのか?」
俺は、ベラベラと話してくれた男へと歩み寄っていき、その胸倉を掴んでユメリアの言葉が正しいのかを問い質していくと。
男は聞かれてもいない事まで饒舌に語ってくれたのだった。
「あ、ああ、間違いない……お、俺たちはシルバニアで冒険者の資格をと、取れなかった冒険者のなり損ないさ……バルガスさんは、そういった連中を集めてまともに出せない依頼事をこなしていたんだ」
「────まあ、つまりはそういう事だ」
突然、この場にいた二人の襲撃者とユメリア以外の野太い声が聞こえてきた。
俺とユメリアがその声が聞こえてきた方向を警戒し、視線をそちらへと向けると。
そこにいたのは集落の広場で顔を合わせた護衛の大男と、リュードラであった。
リュードラは俺とユメリアに倒され砂地に埋もれていた襲撃者を足蹴にしながら罵声を浴びせていた。
「……チッ、全然使えないじゃないかこの連中!バルガスっ、お前の話じゃ今頃はハティは死んでてユメリアはかろうじて生かしている手筈だっただろうっ!」
「……確かにそいつはこっちの誤算ですな、リュードラ坊ちゃん。まさか八人で挑んでおきながらこうも一方的に、しかもオレ様が到着する前にやられちまうとはねえ……」
多分、リュードラが過小評価した俺の実力からこの護衛は「八人程度で充分」と判断したのだろうが。
正直言って、あの程度の実力の連中であれば、さらに八人追加されたとしても問題なく勝てる。
しかも俺が選んだのは、いつの間にあれ程の格闘術を会得していたユメリアなのだ。
だが、そんなユメリアを籠手を装着した両の拳を打ち鳴らしながら睨みつけていく護衛の大男バルガス。
「……おい、まさか単純な力比べで勝ったからってオレ様より強い、と勘違いしてるんじゃねェだろうな……お嬢ちゃんよぉ……あぁ?」
どうやら部族の連中の前でユメリアにやり込められた屈辱が忘れなれないのか、俺に……ではなくユメリアへと敵意を剥き出しにしているのだが。
当のユメリア本人は、そんな殺意の込もった睨みを利かせた傷痕だらけの大男に対して、明らかに嘲りの視線を向けると。
「……あなた、身体が大きいだけで戦いに勝てると、私に勝てると思ってるんですか?……いいでしょう、今度はわからせてあげますよ」
ユメリアは銀色に輝く両腕を構えて、バルガスに普段の妹の声とはまるで違う低い声でこう言い放った。
「────あなたと私の絶対的な実力の差を」




