5話 ハティ、襲撃を迎え撃つ
集落を後にして、ユメリアを連れて砂漠を歩くことしばらく。
俺は四方を囲まれないように警戒をしながら、出来る限り身を隠す岩場などのない、開けた砂地を歩いていく。
集団に囲まれた場合、気をつけたいのは弓矢を主とする飛び道具を使う輩だが。
砂風が強い今の時季は、この地に馴れ親しんだ部族の人間でも狙った対象に弓を放つのは難しい。
ましてや、族長やリュードラが外から招き入れた荒くれ者が弓を使ったところで、まともに使うことすら出来ないだろう。
「……あらお兄様、やたらと周囲に目を配っていらっしゃいますが。その警戒、砂漠竜を……ではありませんね」
「ああ。あの族長とリュードラの事だ、外部から人を雇い入れて襲撃の一つや二つは仕掛けてくるとは思ってるが……お前がついさっきアイツの自尊心をへし折っただろ?……あれで確定だ」
そう、俺の自慢の妹はというと。
集落を出発する直前に、集まった部族の皆んなの目の前でリュードラに言い寄られていたその恋文を暴露しただけでは飽き足らず。
リュードラの護衛の大男を力でねじ伏せてしまったのだから、恐れ入る。
「……にしてもユメリア、お前……治癒術師だってのに何であそこまで腕力鍛えてるんだ?」
「あら、お兄様?治癒術師というのはですね、怪我人を担いだり、危険な地域から一刻も早く離脱したりと、意外に腕力が必要なのですよ?」
「お、おう……そうなのか」
「ええ、そうなのです。あくまで治癒術師として必要な程度の腕力なのです、ふふふ」
アズに相応しい男になるために。そして部族の重鎮の老人を黙らせるために、過去の族長が持っていた「火の加護」を継承しようと俺自身の実力を鍛えている間に。
ユメリアは、この国の近衛騎士筆頭であるノルディア様と一緒に、帝国と戦争を続けていたホルハイムへの援軍であったコルチェスター海軍と同行したのだった。
自分を鍛え上げるために、と。
確かにユメリアの言うように治癒術師にも腕力は必要なのだろう、その腕力もホルハイムへ旅立つ以前に比べ格段に成長している様子だった。
昔から俺や部族の男衆が馬鹿な事をするたびに、冷静を装いながら小言を連続で言い放つ様は男らの中で静かに恐れられてきたユメリアだったが。
「もしかしてユメリアのやつ、俺より腕力強くなってるんじゃないのか?……な、なあ」
「……なんでしょうか、お・に・い・さ・ま?」
ホルハイムで何があったのか知らないが。
ユメリアの発する威厳というか迫力が増しているのは、鍛え上げられたこの腕力も関係しているのだろうか。
……兄としては、ここまで腕っぷしの強くなった妹に果たして嫁の貰い手が付くだろうか、そのことを密かに心配していたのだ。
さて、警戒しているリュードラが仕掛けてくる襲撃だが。俺の予想では、早いうちに仕掛けてくるものだと思っている。
というのも、リュードラとしては早々に俺とユメリアを始末しないと、いつまでも砂漠竜の一部を入手されるか戦々恐々としていなければならないし。
やたら傲慢で自尊心の高いリュードラの性格からして、勝手に対抗心を抱いている俺が入手出来たモノなら、絶対に自分で砂漠竜の素材を手に入れたがるだろうから、と推察しているのだが。
それでも対抗心や自尊心より、族長の座を優先してこないか少々不安ではあったが。
どうやら、その予想は見事的中したようだ。
向こう側も襲撃の頃合いを見計らっていたようで、俺たちの左右の砂地から屈めていた身体を起こして姿を見せる荒くれ者たち。
「……お兄様、どうやらお客様が現れたようですよ?」
「ああ、丁度いい頃合いだ……砂漠竜と遭遇する前に是が非でも襲撃を片付けておきたかったからな」
両の手の指よりは少ない人数の襲撃者らは無言で砂漠でよく使われる曲刀を鞘から抜き放ち、俺たちに殺意を露わにして襲い掛かってきたのだ。
せめて物盗りを装うくらいはして欲しかったものだが。
当然ながら俺も襲撃者を迎え撃つために、腰に挿していた長剣を抜き放ち。
三人の襲撃者に囲まれながら、連中が振るう凶刃を躱し、あるいは剣で捌きながらユメリアに視線を向けるが。
「────はあああああっ!」
どうやら、要らぬ心配であったようだ。
襲撃者を目視した瞬間に無詠唱で神聖魔法の「銀の右腕」を発動し、大男を圧倒する腕力や脚力をさらに強化していたユメリア。
妹のその脚から繰り出される蹴りが、向かってきた襲撃者の腹に突き刺さると、男は悶絶し口から色々なものを吐き出しながら背後に吹き飛ばされていった。
吹き飛ばされた男が砂地に埋もれ、倒れたまま起き上がる素振りを一切見せなかった。
ユメリアの一撃で戦線離脱する様を目の前で見せつけられた襲撃者らは、その蹴りに躊躇し、互いに顔を見合わせ動きを止める。
「蹴り一発で……う、嘘だろ?」
「女もだが、男も三人がかりなのに傷一つつけられねぇ、何だコイツら……聞いてた話と違うじゃねえか」
最初は襲撃者の実力の程を確かめるために様子見に回っていたが、剣筋や身のこなしなどを見るに大した腕を持ってはいない様子だった。
リュードラや族長がこの連中を雇う際に、俺たちの実力をどこまで過小評価していたのかは知らないが。
俺を含む部族の若い連中は、7年前に魔獣の暴走で家族を失った悔悟と。その時矢面に立って戦ったアズの勇姿への憧憬から。次に何があってもいいように普段から積極的に鍛錬を欠かさず行ってきた。
だから先日の魔族らの大侵攻においても、俺たち火の部族は一人の犠牲者を出すこともなかったのだ。
族長の座に着き安堵していた族長や、その威光を傘に着ていたリュードラはきっと、部族の若い連中がそれ程の実力を有していることなど知らないのだ。
だからこその過小評価なのだろう。
残念ながらこの襲撃者の実力は、部族で言えば鍛錬したての10歳程度の腕前とほぼ同じくらいだ。
その程度で俺たちに向かってくるとは片腹痛い。
「い、一斉に攻撃しろっっ!うおおおおおっ!」
「遅いっ!────赤の衝撃っ!」
俺は、剣に灼熱の魔力を込めて。
何度剣を弾き返し攻撃を躱しても、腕の差を認識せず向かってくる三人へと剣を真横へ薙ぎ払い、溜めた火の魔力を撃ち放つ。
「ぎ、ぎゃああああ!熱い熱い熱いいいいい?」
「お、おいっ砂だっ、砂に身体を擦り付けて火を消せっ!」
剣閃から放たれた火の魔力を曲刀を咄嗟に前に構え防御しようとする三人だが、純粋な魔力を剣で防ぎ切ることなど出来ない。
襲撃者らの身体を包んだ火の魔力がその肌を焼いていき、火傷の激痛から逃れたくて砂地を転がる三人だが、魔力で発生した火は砂に身体を擦り付けようがなかなか消えることはない。
そもそも、魔力による悪影響を打ち消すには物理的な手段よりも、自身の魔力を高めて相手の魔力に抵抗していくのが最善かつ最速の方法なのだが。
どうやらこの襲撃者は、魔法攻撃への基本的な対処法すら身に付いていないようだ。
そんな三人の襲撃者の火が消える頃には、彼らは一人の例外なく全身の火傷で動けなくなっていた。




